30.そろそろ頃合いだぜ?②
トーキスさんの目は洞窟の奥を見据えている。
俺の視力ではまだ『奥に何かいる』程度にしか認識が出来ないが、トーキスさんにはターゲットの姿がハッキリ見えているのだろう。
「幸木、ノクスモスの弱点くらいは知ってんだろうな?」
「弱点は……」
そうだ、それは調べてある。
「風です。羽根がデカい分風の影響をモロに受ける。あとは顔と胴体を分離すれば……」
「いいじゃねぇか、その通りだ。」
よし! 勉強の成果は出てる。
普段が口厳しい分、トーキスさんにストレートに褒められるとかなりテンションが上がる。
俺は戦闘に備えて三口銃の風来石をセットした。
「キィィィィ……」
甲高い鳴き声が響く。
闇の中に蠢く影が急にデカくなったのが確認出来た。
……羽根を広げたのだろう。
来る─!!
俺は影の中心に向けてトリガーを引いた。
ギュンッと風切り音を立てて銃口からカマイタチを纏った弾が発射される。
だが…タイミングの悪いことに、俺がトリガーを引いたのとソイツが羽ばたいたのはほぼ同時だった。
俺の放ったカマイタチはノクスモスの起こした旋風に威力を削がれ、さらに悪いことにノクスモスが宙に舞い上がったため、俺の弾丸はノクスモスの腹部を掠めるに留まった。
「しまった…!」
俺はすぐさま二発目を準備する。
だがそれより早く、ノクスモスがこちらへ迫って来た。
「幸木、屈め!!」
トーキスさんの叫ぶ声。
首に下げた魔鏡も下へと俺の体を引っ張っている。
「っ、くそ!!」
俺は銃を構えるのを止めて腹這いに地に伏した。
その俺の頭上を、ノクスモスのブレスが通過する。
真っ白な煙のようなブレスだ。
慌てて起き上がり周囲を確認すると、ブレスがかかった場所からジュウジュウと湯気が上がっている……
地面がえぐれて色が変わっているのが確認出来た。
溶けてるのか…? 直撃した場合、ただじゃ済まないことは間違い無さそうだ。
「マジかよ……」
恐怖でヒュッと呼吸が詰まる。
啞然とする俺をトーキスさんが思い切りどついた。
「ボサッとしてる暇はねぇ! さっさと仕留めろ、早くしねぇと…」
と言いかけた所でトーキスさんが「チッ」と舌打ちをする。
何だ…?
トーキスさんの視線の先を追い、俺は息を呑んだ。
奥から、他のモンスターがこちらへ近づいている……
それも一匹ではない。
ひたひたと二本足で歩いている…あのシルエット……まさか、コボルトってやつか!?
ヤバイヤバイヤバイ。
コボルトは今まで俺が倒したモンスターと比べたら上位にあたる。何ならこのノクスモスより魔力も体力も上のはずだ。
実物を見るのは初めてだが…獣達とは明らかに出で立ちが違う。
ノクスモスとコボルトを同時に相手なんて、正直無謀だ。俺の頭が混乱しかける。
「落ち着け、幸木」
それに気付いてかトーキスさんが低く呟く。
「モスの匂いと音に誘われて来やがったコボルトだ……あっちは俺が片付ける。オマエはモスだけに集中して確実に仕留めろ。」
「は、はい!!」
俺の返事を確認するなり、トーキスさんは一瞬にしてコボルトの元へと突進した。
トーキスさんならこの場から弓で仕留めることも容易だろうが、敢えてそうしないのは恐らく…コボルトの注意を俺から逸らすためだろう。
俺はトーキスさんの言葉でようやく正常な思考を取り戻した。
今はコボルトのことは考えるな。
一刻も早くノクスモスを仕留めるんだ。
でないと匂いに誘われたモンスターが増殖してしまう。
トーキスさんが俺の側を離れたということは、ノクスモス戦においての手助けや助言といった後ろ盾は無くなった。
俺は一人でコイツを倒さなければならない。
こんな大物相手に……行けるのか?
一瞬不安が過ぎる。俺はすぐさまそれを強制的に頭から追い出した。
行ける。今の俺なら出来る。
デカいだけで、相手は下位のモンスターだ。
このくらい倒せなくてどうすんだ!!
俺はノクスモスの動きを改めて確認する。
ブレスは連続噴射は出来ないのかもしれない…ブレスを放った後の口元はしっかりと閉じられている。
ノクスモスの腹部には、複数のかすり傷…さっき俺が放った風来弾による物だ。
おかげでノクスモスは完全に俺を『敵』として認識している。
こちらを見据えながら天井に足を止めようとするノクスモス。
次のブレスが来る前に仕留めたい…
なら、チャンスは今だ!
俺は即座に狙いを定めてトリガーを引いた。
ゴウッ!!
風が刃を纏ってノクスモスを襲う。
ノクスモスは天井に止まり、口を開けていた。
ブレスの白い煙が広がる…風来弾の風圧で凌げるだろうか!? ブレスが溶かす範囲はどのくらいだ!?
いや、ごちゃごちゃ考えるより今は兎に角、この場を離れろ!!
俺は即座に地を蹴って全力で左へ走った。
…ジュッ、という音が予想より大分前方で聞こえた。
見れば、溶けているのは俺のいた場所より二メートル程度前方だ。
…外したのか? いや、風圧でこちらまでは届かなったのか。何にせよ助かった。
風に弱いって情報は伊達じゃないな…それなら!
俺は追い打ちを掛けるようにしてもう一発風来弾を放った。
ブレスを吐き切った今なら、次のブレスまでに多少の猶予があるはずだ。
ギュンッ!!
カマイタチによる斬攻撃がノクスモスの身体へと到達した。
ノクスモスは、風に羽根を持って行かれぬよう必死に天井にしがみついているように見える。
お陰で、俺の攻撃は直撃だ。
やったか? いや……
ノクスモスの首元から体液が垂れているのが確認出来る。けど、まだ仕留められていない…
ノクスモスは羽根を広げ、大きな両目を光らせた。
「─っ!!」
不気味な紫の光を放つ瞳に射すくめられ、一瞬呼吸が止まる。
…ダメだ、ビビるな! 気圧されるな!!
俺はノクスモスから目を離さないまま薬莢を捨てて弾を込め直した。
カマイタチは有効だ。けど……さっきと同じ場所を狙っても仕留められないことは分かった。
首を打ち落とすには寸分違わず首の真ん中を撃ち抜くしかない。
そうすれば周囲のカマイタチが繋がった首を切り落としてくれるだろう。
ノクスモスはぼたぼたと赤黒い体液を垂れ流しながら、天井から俺を目掛けて飛び掛かって来る。
上空で大きく口を開けたのが確認出来た。
怪我による影響か、速度は遅い…けど、このまま迎え撃つのはあまりに無謀だ。
何よりあのブレス直撃はヤバすぎる…!
俺は咄嗟に地を蹴り走りながら魔鏡を開き、自らの体を縮めた。
標的は小さい方が狙いにくいだろう。少しでも当たらない可能性を上げたい。
シュコォォォォ!!
ブレスが吐き出される音。
距離は取った。あとは一か八かだ!!
俺は飛行するノクスモスの腹の下目掛けて飛び込み、前転による受け身を取った。
小さい体なら、地面近くを飛ぶノクスモスの腹の下でも潜り抜けられる。
背後でジュッと嫌な音がした。
大丈夫だ、体に痛みは無い。回避成功だ。
ただ、ノクスモスが垂れ流した体液を頭から浴びてしまったため、若干体がベトベトする。
ふぅ、と小さく息を吐き……俺は屈んだまま振り返ってノクスモスへ銃口を向けた。
そのまま躊躇いなくトリガーを引く。
ギュンッ!!
背後からの風圧とカマイタチにノクスモスの体勢が崩れた。
行ける―!!!
俺は斜めにぐらり、とふらついたノクスモスの首元を狙い、ハンマーを下げ、すぐにトリガーを引いた。
ゴウンッ!!
風来弾がノクスモスの首元へ吸い込まれていく。
「キィエェェェェ!!」
耳をつんざく叫び声。
ノクスモスは体を仰け反らせて一回転してこちらを向き、羽根を思い切り仰いだ。
「うわっ!!!」
風圧で俺の体が宙に浮く。子供の姿では体重が軽い分簡単に吹き飛ばされてしまう。
ノクスモスは動きを止めてブレスを吐き散らす。
マズイ、これはさすがに避けられない―!!
俺は本能的に両腕を顔の前でクロスさせるが、そんな物で防げないことくらいは重々承知だ。
宙を舞う俺の体に容赦なくブレスが襲いかかる…
と思った瞬間、撒き散らされたブレスが全て突然現れた竜巻に飲まれて消えた。
「え……?」
一先ず助かった、と思ったのも束の間、宙に浮いていた俺の体は思いきり飛ばされて洞窟の壁に激突した。
背中に強い衝撃と痛み。
「っあ…!!」
「悪ぃ悪ぃ。拾いそこねたわ」
背中の痛みでクラクラしながら辺りを見渡した俺の目の前に、いつの間にかトーキスさんが立っていた。
そうか、さっきの竜巻はトーキスさんの精霊魔法…
「ノクスモスは!?」
俺は慌てて顔を上げる。
「よくやった、幸木。オマエの手柄だ」
「え……?」
トーキスさんが顎で示した方へ視線を向けると、ノクスモスは地面に大きな羽根を広げて伸びていた。
頭と胴体の間から漏れた赤黒い体液がじわじわと周囲へ広がっている。
「最期の足掻きでブレスを撒き散らしたんだろうな。オマエが飛ばされた時にはもうアイツは死んでたぜ。」
「そう……ですか。」
俺はホッと胸を撫で下ろす。
「トーキスさん、コボルトは…!?」
慌てて聞いた俺にトーキスさんは眉を潜めた。
「んなもん瞬殺に決まってんだろ。」
そう言ってトーキスさんが親指で後方を示す。
そこには、完全に伸びたコボルト達の山が出来上がったていた。
流石だ……この人は俺からしたら規格外だな…
「よし、んじゃさっさとノクスモスの羽根をいただいて帰んぞ」
「はい!!」
俺は預かった香辛料で体を戻し、トーキスさんと手分けしてノクスモスの羽根を剥離。
慎重に切り分けて革袋へと収納した。
一先ずこれで必要な材料の回収は完了だ。
無事にこなせた達成感で胸が熱くなる。
「よし、こんで面倒な依頼はなくなったからな。明日からは自由に洞窟内で暴れられんな!」
トーキスさんがニヤリと口角を上げてそう言った。
「暴れる…って…」
「今のオマエじゃまだまだ未熟だ。明日は…そうだな、コボルト一匹仕留めてみろ。」
「えぇ!?」
「難易度上げてかねぇと意味ねぇだろ。今のままじゃ足りねぇ。根性見せろよ、幸木。」
やはりあっさり課題クリアとはいかないらしい。
まぁ、そんな気はしてたけどな……なんせ相手はトーキスさんだ。生温いことはしない。
それに、最終試験も迫って来てきている今、甘ったれた泣き言を言っている場合じゃないだろう。
「……っわかりました! 倒します、コボルト!!」
俺はぐっと拳を握り締めてハッキリと答えた。
トーキスさんに、と言うよりは自分に言い聞かせるつもりで…決意の表明だ。
「いい顔してんじゃねぇか」
トーキスさんが目を細めて笑う。
いつもよりどこか優しい笑顔だった。




