30.そろそろ頃合いだぜ?①
それから毎日、俺はトーキスさんと共にネブラに通い詰めた。
森でのサバイバル訓練が実を結んだのか、ネブラに入っても下級のモンスター…虫や爬虫類系の奴なら問題無く攻略することが出来た。
たまに小型の魔獣が姿を現すこともあったが、野生の熊や猪を狩ってきた今の俺には、勝てない相手では無かった。
さすがに無傷で余裕…とまではいかないため、怪我をした際はドラセナへ戻ってから店長の治療を受けることで対処をする。
幸い魔法攻撃等、危険度の高い攻撃に対してはトーキスさんが手助けをしてくれるため、今の所、医者であるアリエスさんを呼ばなければならないほどの事態にはなっていない。
ただ……目的の無光蝶はなかなか姿を現さなかった。
鍾乳石晶は十分収穫が出来たが、十日経っても無光蝶の羽はゲット出来ないままだ。
「トーキスさん、無光蝶の羽ってこんなに巡り合えないなら……十分な在庫確保は厳しくないですか?」
洞窟を進みながら尋ねた俺の問い掛けにトーキスさんは「問題ねぇよ」と答えた。
「一匹採れりゃ十分だ。俺らが狙うのは無光蝶っつーか、ノクスモスだからな。」
「ノクスモス!?」
思わず声が裏返った。
ノクスモスは大型モンスターに分類される種類の筈だ。対して無光蝶は小型モンスターの中でも小さい方に分類される。
いや、必要なのは無光蝶だろ? 何のためにそんなデカくて危険な奴狙うんだよ……
そんな俺の疑問を見抜いてか、トーキスさんは言葉を続けた。
「オマエ知らねぇの? 無光蝶っつーのは成体だが成熟体じゃねぇ。無光蝶の成熟体はノクスモス。サイズが全然違ぇから、採るなら断然そっちだろ。」
マジか……
正直想定外だ。
無光蝶は蝶にしては大きいという程度のサイズ…十五センチからデカくても三十センチ程度。
そのぐらいの奴を何匹か仕留める気でいたんだが、ノクスモスとなると話が違う。
ノクスモスと呼ばれる種は確か…三メートルから五メートルだ。
「つーか、無光蝶はこの辺りじゃ採れねぇ。デカく成熟したノクスモスが餌を求めて出て来た所を狙う。」
無光蝶もノクスモスも図鑑に載ってはいたが、まさか同じ種だとは思いもしなかった。
ノクスモスを図鑑で見た際に、そんなデカい蝶はお目に掛かりたく無いな、などと思ってたのに…まさか狩る対象がそいつだったなんて……
羽ばたき一つでふっ飛ばされてしまいそうだ。
それ以前にそんなデカい蝶、想像しただけで気持ちが悪い……
そんな俺の不安を他所にトーキスさんは言葉を続ける。
「だから、一匹狩れりゃ十分なんだよ。巨大な羽が四枚手に入る。それを傷つけねぇよう割いて持ち帰んだよ。薬の調合ならそれだけで数ヶ月は余裕で持つ。」
「な、なるほど……」
無光蝶と呼ばれるサイズは洞窟では出会えないのか……
けど、ノクスモスも現状一度もお目にかかれてないんだよな……本当に大丈夫なのか?
そうんなことを思いつつ、俺は弾を装填し直して前方に見える黒い小型の豚のモンスター…ノワルグ目掛けて撃った。
ノワルグは魔獣だが動きが鈍いため、遠距離からなら簡単に仕留められる。
パァン!
洞窟内に銃声が響く。
ノワルグはその場に倒れ、動かなくなった。
「様になってきたじゃねーか」
トーキスさんが満足そうに言う。
「一つ、聞いてもいいですか?」
俺の言葉に「あぁ?」と面倒そうな声が返ってきた。
けど、それはいつものことだ。トーキスさんは質問にはちゃんと答えてくれる。
「倒した時に、黒い霧になって消える奴と、こうして死骸が残る奴がいますよね? それって…どういう違いなんですか?」
「あぁ、それな」とトーキスさんはこちらを見た。
「ここに居る奴らはほとんどが元々洞窟の外で生きていた種で、洞窟内に移り住み環境に適応して進化したと考えられてんだ。ただ、オマエの言う霧になって消える奴。そいつらは別で、奥に住む魔族が魔力で作り出してるって話だぜ? 元々実体が無いんだとよ。」
「へぇ……」
「ま、ホントかどうかは俺は知らねーけどな」と付け足すトーキスさん。
魔族は、生物まで作り出せるのか……だとしたら凄いことだ…魔力量がめちゃくちゃ多いってことなのか? 魔族についてはとにかく得体の知れない部分が多すぎるな……
図書館で調べても、ざっくりとした情報しか得られなかった。
いつか俺も魔族に出会う時が来るんだろうか…?
ちなみに、俺が特訓のために使用している場所は洞窟の入り口から十キロ圏内に留まり、魔力の高い魔族が暮らす所謂魔界村…『オスクリタ』はもっと奥に存在している。
つまり、今俺がモンスターを倒している場所…ネブラの洞窟はオスクリタへ向かう連絡通路のような場所だ。
当然オスクリタに近付くににつれモンスターや魔獣は増えるため、奥へ行き過ぎないようにとトーキスさんが壁に目印を付けてくれている。
先程の話でいくと、恐らく無光蝶はオスクリタに生息しているのだろう。
「けど、ノクスモスは全然出て来ないですね……このまま一ヶ月採れなかったり……」
不安を口にした俺の言葉に、トーキスさんは不敵な笑みを浮かべた。
「いや……そろそろ頃合いだぜ?」
「頃合い?」
真意が汲み取れずオウム返しする。
「毎日オマエがこの辺りのモンスターやら魔獣やらをぶっ殺してんだろ? そうすっと、この付近に倒された奴の魔力が拡散する。そんでそれを吸収するために来るんだよ…奴ら。そのために、死骸も敢えて放置してんだ。気付いてなかったのかよ?」
言われてみれば……
森でのサバイバル訓練の際は狩った獣はその場で血抜きと内臓の処理をしたが、洞窟では何を倒しても全て放置だ。
てっきり、ネブラではそれが当たり前なのかと思っていたが……
「さっきのノワルグなんか、肉としちゃ割と上等だから勿体ねぇけどな。ノクスモス呼び出すにゃ格好の餌だろ。」
「でも、放置したら腐ったり、他の獣が集まって来たりするんじゃ…」
「元々魔力を持ってる獣は腐りにくいんだよ。魔力を完全に拡散してから腐食するからな。他の獣は集まるだろうが、今回はその方が都合が良い。なんせ狙いは集まって来る側の奴なんだからよ。」
理屈は分かる。
分かるけど……集まって来るのはノクスモスだけに限らないんじゃないのか!?
あまりに多くのモンスターが同時に出てきたら…俺じゃ対処がし切れない。
そりゃ、トーキスさんにとっちゃそれでいいのかもしれないけど……
と不安が膨らんで来た所で…ふわりと鼻腔に届いた微かな甘い香り。
俺は思わずトーキスさんを見る。
「ほらよ、言っただろ……お出ましだ」




