53.震える指先
トーキスさんとの訓練も始まり、俺の生活はますますハードスケジュールになった。
朝は崇影とのトレーニング、昼間はアルバイト。閉店後はトーキスさんとの射撃訓練。
休む間も無いとはまさにこのことだ……
俺の体調を気遣った店長が数日に一度は休日を与えてくれるのだが……
休日もトレーニングと射撃訓練は変わらず行われる。
ドラセナショップのアルバイトの仕事よりそっちの方が断然キツイ訳で……休日って何だっけ? という気分になってしまう。
肝心の特訓の成果としては──
射撃訓練は二週間ほどで何とか目標物の大凡狙った部分に当てられるようにまで成長した。
実弾が当たるようになった所で、魔弾を使用した射撃訓練も開始。
氷結石は命中した目標物を一瞬で氷塊に変える。
風来石は弾道上にカマイタチが出現するため、命中した目標物の周囲二メートル程度に範囲攻撃が可能だ。
どちらも発射の際の感覚としては実弾と大きな違いは無いため、実弾の狙いが安定してからは問題無く使用することが出来た。
用途がそれぞれ違うため、使い所を上手く見極めるという課題はまだ残っているのだが……
トーキスさん曰く俺は射撃に関しては「筋が良い」のだそうだ。元々投球が割と得意だった影響かもしれない。
そう褒められると俺もまんざらでもない。マジでゲームキャラみたいな一流ガンナーになれる日が来るのかも……などと妄想だけは大きく膨らむ。
なんせ三口銃でしかも魔道具なんて、夢武器ドンピシャだからな……
「静止物相手の射撃はもう十分だろ。次は動く標的に向けて撃つ訓練だな」
その日は裏庭に到着するなり、トーキスさんにそう告げられた。
「とりあえず……そうだな、幸木、今日は俺を撃て」
「え」
「俺の移動範囲は裏庭内。当たらねぇように動き回る。一発でも当ててみせろ」
「そ、そんなこと……!!」
出来ません、と言いかけた俺をトーキスさんは容赦なく睨みつけた。
「出来ねぇとは言わせねぇ」
「……っ」
だって、トーキスさんと言えど銃に当たれば無傷ではすまないだろ?
当たりどころが悪ければ最悪──命に関わる可能性だってあるはずだ。
俺の腕が未熟でそんな心配をすること自体がおこがましいことくらいは自覚している。
それでも、紛れで当たってしまう可能性だってあるかもしれないじゃないか……
頭でそんなことをぐるぐる考える俺を、トーキスさんは鼻で笑った。
「ご心配どーも。本気で俺に当てられるとでも思ってんのか?」
「でも……これ、当てるための練習じゃないんですか?」
「そりゃそーだ。すぐに当てられる気でいんなら上等だよ、オマエ」
「……」
返す言葉を探す俺にトーキスさんは続ける。
「悪ィけど、静止物相手に当てられるようになったばっかの奴に撃たれる程マヌケじゃねぇよ……舐めんな」
トーキスさんは俺の額を軽く指でぱちんと弾いた。
「っつ!」
微かな痛みを額に受け、少しだけ気が引き締まる。
そうだよな……トーキスさんは遠距離戦のプロフェッショナルだ。
この障害物も無く視界の開けた場所で、俺なんかの弾道で捉えられる訳が無い。
「ハナからマトモに撃てるとは思ってねぇ。とにかく『動く対象』を狙うって感覚を養え。いいな?」
「は、はい!」
俺は覚悟を決めて大きく頷いた。
「んじゃ、スタートな。」
そう言葉だけを残してトーキスさんは地を蹴り、風の如く俺から離れた。
めちゃくちゃ早い。
精霊を使用している様子は無い……ってことは、この速度は恐らくトーキスさん自身の身体能力だ。
すげぇな……狙える気がしない。
いや、そんなこと言ってたらまた怒られる。
とにかく構えろ!
俺は足を肩幅程度に開き、トーキスさんの姿を目で追いながら、銃を握った腕を前に向けて構える。
──トーキスさんの動く速度を鑑みれば、狙いを敢えてトーキスさんの体よりかなり前方……予測される行き先に向けるべきだろう。
そう考え、銃口を縦横無尽に飛び回るトーキスさんの方へ向け──
「……っ」
俺は突如妙な感覚に襲われた。
銃口越しに見えるトーキスさんの姿。
手が、体が──言うことを聞かず震え始める。
射撃訓練で初めて銃を握った時と同じ……いや、それ以上に俺の鼓動がドクンドクンと激しくなっていくのを感じる。
同時に、呼吸は浅く、荒くなっていく……
「……っ、はぁ……っ、はぁ……」
なんだ、これ……苦しい。
緊張? いや──そんな単純な物じゃない。
恐怖……俺は今……怯えているのか?
──落ち着け。呼吸を整えろ。
トーキスさんの動きが早くて狙いが定まらないのもあるが──それ以前に俺の震えが大きく、とても撃てる状況ではない。
静止物相手なら当たり前のように撃てるようになっていた。この三口銃の扱いにも大分慣れた……つもりだったのに。
撃てない。
トリガーを引けない。
人を狙うということが、ここまでプレッシャーになるなんて……知らなかった。
けど、そんなこと言ってたら訓練が進まない!!
くそ、落ち着け、俺!!
大丈夫だ、トーキスさんには狙ったって当たらない。
撃て! 強くなるんだろ!!
「くっそ!!」
俺は半ばヤケクソでトリガーを引いた。
パァン!!
銃口はトーキスさんのいる方角を向いてはいるが、狙いは定まっていない。
今までの特訓の成果も何も無い。腑抜け弾だ。
俺の放った弾丸は何も無い虚空を飛び……数十メートル先の地面に勢い良く突き刺さった。
「馬鹿野郎!」
トーキスさんの怒号が背後から響く。
バシンっ!!
続いて後頭部に鈍い痛み。
「痛っ!!」
振り向くと、眉を吊り上げたトーキスさんが腕を組んで俺を見下ろしていた。
「オイ、フザケてんのか? あァ?」
ぐいっ、と胸ぐらを掴み上げられる。
「す、すいません……フザケてるわけじゃ……」
「どこ狙ってたのか言ってみろ」
「……っ、それは……」
俺は言葉に詰まり、思わず視線を反らした。
はぁ、と溜息を吐き、トーキスさんは俺の襟元から手を離した。
解放された俺は……何も言えずに俯く。
「怖いか?」
トーキスさんの言葉に顔を上げると、真剣な瞳と視線が重なった。
そこに嘲笑の色は浮かんでいない。
「怖いです……怖くて、体が震えて……狙えませんでした」
俺は正直に白状した。
トーキスさんは真剣な眼差しのまま「だろうな」と吐き出した。
「幸木、何が怖い? 正直に言え」
「トーキスさんを狙うのが……怖い。当たるか当たらないかじゃなくて、銃口を向けるだけで怖くなって、震えて……」
「真っ当な反応だ。想定内だな」
「え?」
また叱責されると構えていた俺は、予想外な返答に力が抜け……汗塗れになっていた手から三口銃が滑り落ちた。
ガシャンと地面に転がる三口銃。
トーキスさんはそれを拾い上げ、ハンマーを下ろしてトリガーへ指を掛ける。そして何も無い空間へ銃口を向けた。
パァン、と銃口が火を吹き──風に吹かれて飛んできた枯葉の真ん中を綺麗に撃ち抜く。
相変わらず見惚れる程鮮やかな手つきだ。
「いいか、いくら訓練を積んだ達人でも実戦で戦えるとは限らねぇ……今までの特訓はあくまで銃を扱うためだけの練習だ。半分お遊びみたいなモンだな」
「お遊び……」
「今ので少しは分かったみてぇだが、リアルな戦場っつーのは生身の奴を相手にしなきゃなんねぇ。オマエみてぇなお人好しにゃ最も向かねぇ場所なんだよ」
お人好しって……そりゃ、自覚が全く無いでもないけど……そんな風に見られてんのか、俺。
ただ、トーキスさんの言うことはよく分かる。
今までのように藁人形が相手なら抵抗無く撃てる。
銃を握ることに対する抵抗も無くなったが、銃を向ける対象が生き物だったら──俺は多分撃つのを躊躇ってしまう。
ネブラでは咄嗟に撃てたが、それも恐らく相手が不気味な見た目のモンスターだったからだ。
相手次第ではあの場で死んでいた可能性は十分にあり得る。
「けどな、身を守るためにはそんな事言ってられねぇんだよ。殺すか、殺されるか……それしかねぇ」
「……」
それはその通りだ。
分かる。頭で理解は出来る。出来るけど……
頭で分かって実践出来るなら苦労はしない。




