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3.まだ死ねない①


 俺がこの島ー『オルタンシア』で生活を始めて、1週間が経過した。

 慣れない地での生活を心配していた割には、特に不自由することもなく日々を過ごしている。

 それというのも、全てタウラス店長のおかげだ。


「おはよう、七戸(ななと)くん」


 借りている個室でいつもの身支度を整え、リビングのドアを開けると、爽やかに声を掛けられた。

 タウラス店長は今日も朝から相変わらずのイケメンだ。羨ましい……


「おはようございます、店長」


 ダイニング机の上には、綺麗に盛りつけられたモーニングプレートと、湯気の立つ香り高いカフェオレが用意されている。完璧すぎる朝食。

 俺は手前の椅子に着席して、両手を合わせた。


「いただきます!」


 住み込みアルバイトに誘われた時は、その条件の良さに色々と疑ったが、蓋を開けてみると想像以上に優遇だった。

 何より、店長の作る料理は美味い。

 食材は見たことが無い物も多かったが、食卓に並ぶ料理はどれも高級ホテルのようで、見た目も良ければ味も完璧。

 …正直なところ、この腕前なら雑貨屋じゃなくてレストラン開いた方が儲かるんじゃないかと思う。


 良かったのは食に関してだけじゃない。

 借りている個室も十分な広さで、何ならこの島に来る前の俺の部屋より一回り広い。8畳くらいだろうか…?

 掃除も行き届いており、家具も綺麗。

 置いてあった鏡だけは俺の希望で回収してもらったが…なんせ、毎朝縮むのは勘弁だからな。

 俺が借りている部屋は店の裏側にある別棟の2階の一室で、共有スペースであるリビングやダイニングは1階にあるため、食事の際はこうして店長と向かい合って話をするのが日課になっていた。

 一般的には「家族」ってこういうもんなんだろうな、とそんなことを考えてしまう。

 北斗(ほくと)さんはほとんど家に帰ってこなかったため、俺は今まで1人で食事をすることが当たり前だった。

 別に寂しいとか、誰か一緒にいてほしいとか、そんな風に考えもしなかったけど…こうして温かい手料理を口にすると、空腹だけでなく心も満たされるような気がしてくるから不思議だ。


「七戸くんは本当に美味しそうに食べるね」


 タウラス店長はふふっと笑いながら俺を見る。


「店長のメシ、マジで美味いんで!!」


 間髪入れずに答えた。正直な感想だ。


「嬉しいことを言ってくれるね」


 店長は微笑み、洗練された動作で皿の上のオムレツを切り分け口に運んでいる。

 対して俺は…大口でオムレツを頬張っている。

 育ちの違いが出るってモンだな…つくづくそんなことを思う。


 朝食を終えると、俺は店長とドラセナショップの開店準備を始めた。

 売り場の整理、掃除、在庫の補充、庭先の掃除や草抜きと言った雑務を一通り終えて、ちょうど開店時間というのが毎日のルーティンだ。

 ただ、開店したからと言って客が殺到するような店では無いし、開店後は割とゆったりと店番をしているだけなのだが…


「七戸くん、開店準備ありがとう。仕事は一通り覚えてくれたようだし、今日は開店を遅くして少し島の案内をしようか?」


 開店準備が概ね完了した所で店長にそう声を掛けられた。


「え、いいんですか?」


 島に来て日の浅い俺にとっては願ってもない申し出だけど…好意に甘えてしまって、いいんだろうか?


「あぁ、島に来て早々にスカウトしてしまったからね。まだ土地勘も無いだろう? 今後買い出しも頼みたいことだし、この島のことを知るのも仕事の1つだよ」

「ありがとうございます、是非お願いします!」


 俺は思い切り頭を下げた。

 島の地図やガイドは持っているものの…正直、1人で探索してもどこから回るべきかも分からず困っていた所だ。

 店長が案内してくれるのならこれほど心強いことは無い。

 頭を上げると、いつものように微笑む店長の顔があった。


「良かった。じゃあ行こうか」

「はい!」


 店長と俺は並んで店を出た。

 俺は店長の半歩後ろをついて行く。

 店長は、ドラセナショップ周辺の道や店から順に説明しながら俺を案内してくれた。

 資材屋、ごはん処、コーヒーショップ、花屋、病院、武器屋……

 聞き慣れた店から初めて見る店まで、様々だ。

 にしても……武器屋があるってことは治安はあまり良くないってことなのか…? と不安がよぎる。

 堂々と武器…剣や斧が売ってある所を見ると、この島に銃刀法は無いということなのだろう。

 狩りのための道具? それとも…敵が攻めてくるとか、そういう事態も起こり得るんだろうか…?

 武器屋の奥には杖らしき物も見える。

 魔道具があるくらいなんだ、きっと魔法も存在するんだろう…そう考えると、何だかわくわくしてくる。

 …と言っても、俺が魔法を使えるようにはなれないだろうけどな……

実際の魔法をこの目で見てみたいものだ。…戦闘に巻き込まれるのはごめんだけど。


 道行く人々に目を向けると、今日も様々な種族が行き交っている。

 耳の長いエルフ、背の低いドワーフ、獣の耳や尻尾を持つ獣族…と、それぞれの種族の特徴も少しずつ覚わってきた。

 とはいえ見慣れたかと聞かれると、まだどうにも不思議な感覚だ…


「初日にも聞いたが……七戸くんのいた場所とは大分景色が違うようだね?」


 そう尋ねられ、「はい、それはもう」と即答した。

 いつ見ても、この島の街並みは美しい。

 レンガの道は、風情があり、散歩をしながら眺める景色としては最高だった。

 ただ、どうしても気になる物が1つ……


「あの、店長、聞いてもいいですか?」

「うん? 構わないよ、遠慮なく聞いてごらん」


 俺は高台の上に見える、妙に近代的で無機質な巨大建物を指差した。


「あれって何の建物ですか? あそこだけ雰囲気が違う気がするんですけど…」


「あぁ」と店長は足を止めた。


「あれはこの島最大の施設、ラボだよ」

「ラボ…?」

「様々な研究を行い便利な道具を生み出す、この島の発展に最も重要な役割を果たしている施設」

「研究所…? 工場…? 的な感じですか?」

「そうだね、感覚としてはそれで間違ってはいないと思うよ」


 このどこまでも幻想的な島の景色にあって、そこだけまるで別世界から移設したかのような、とってつけた感。

 誰もこのミスマッチさが気にならないんだろうか…?


「便利な道具を生み出すってことは、魔道具もそこで作られているんですか?」

「いや…魔道具の模造品や量産型を作ることはあるが、魔道具そのものはラボでは作れない」

「じゃあ、魔道具はどこから…?」

「魔道具は魔族が作り出している物だよ。」

「ま、魔族!?」


 不穏な響きに思わず声が出た。

 魔族、ってアレだろ? デーモンとか、ゴブリンとか、魔獣とか…グロい見た目で、手段を選ばないイメージの悪役キャラ……。

 そんなヤバい種族もいるのか!?

 だが、店長は動揺している俺を気にも留めず、言葉を続ける。


「この街に出回っている物は、高度な技術と魔力を持った職人が魔族のオリジナル品を真似して作った物が多い。やはり魔力が最も高いのは高位魔族だからね」

「な、なるほど……」


 平然と話す店長の様子に、俺も少し落ち着きを取り戻した。

 ゲームや漫画だと、魔族は敵キャラのイメージだけど…便利な魔道具を生み出してるってことは、この島の魔族は悪い種族ってわけじゃないのかもしれない。

 先入観で話を聞くのは良くないよな。

 しかもオリジナル品が街に出回って無いってことは、魔族はこの街の中には住んでいないってことなのか…?

 そこまで考えて一旦思考を止めた。憶測であれこれ考えても埒があかない。まだまだ勉強不足だ…また別の機会に詳しく店長に教えてもらおう。


「魔道具については、簡単な物であればうちの店でも生産は可能だよ。魔道具を扱う資格をもらっているからね」


 そう言って店長は笑った。

そうか、魔道具を店で扱う時点で資格が必要なのか…やっぱり魔道具は特別な物なんだな……


 と、不意に店長が足を止め、空を見上げた。

 つられて俺も空を仰いでみる。

 その視線の先には、1羽の鳥が飛んでいた。


「大きい鳥ですね……」


 しかしよく見ていると、飛び方が妙だ。

 ぐらぐらと軸がぶれ、落ちそうになっては持ち直す、という動きを繰り返しているように見えた。


「怪我でもしてるんですかね?」


 俺がそう尋ねると、店長は「そうだね」と小さく答え、俺の方へ向き直った。


「七戸くん、今日の案内はここまでにしようか。少し用事を思い出した。すぐに店に戻るから、先に帰っていてくれ」

「へ?」


 笑顔でそう告げると、店長は俺の返事を待たずに突然駆け出した。


「店長!?」


 ちょっと待って、と止めようとしたが、足が長いからか、はたまたエルフの特性なのか…店長の足は異常に早く、一瞬のうちに声の届かない距離になっていた。


「はっや…」


 思わず呟く。

 仕方ない、帰るか……

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