46.一度きりの保険
……あれ?
俺は不思議なことに気付いた。そのガラス片の中心がぐるぐると渦を巻いて見える。
ずっと見つめていると吸い込まれそうだ……錯視的なやつだろうか?
俺の反応に気付いてか、店長が口を開いた。
「これは反面結晶という鉱石でね。流通が無いわけではないのだが、割とレアな石なんだ。たまにこうしてトーキスが入手して来るのだが、一つ七戸君にも持っていてもらうのが良いかもしれないと思ってね」
「俺にですか……? 売り物なのにいいんですか?」
正直、店長から何かと色々貰いすぎている気がして気が引けるんだけど……
服──は俺のために仕立ててくれたという話だからともかく、三口銃もペンダントも、そしてこの石も……本来であればドラセナショップの売り上げに繋がる品物のはずだ。
俺はすぐに受け取ることが出来ずその場で逡巡していた。
「確かに七戸が持っていると役立つかもしれないな」
いつの間にか背後に立っていた崇影がそう言って俺の手元を覗き込む。
「崇影もこの石を知ってるのか?」
「あぁ…主に魔力による攻撃から身を守るための、身代わり石だと聞いた」
「身代わり石……」
崇影の説明に、店長も頷いた。
「その通りだよ、崇影くん。君の主も人間だったのであれば、使用していたのかもしれないね」
店長の説明はこうだ。
この反面結晶は魔力を籠めることが出来るという性質を持ち、溜めた魔力の分だけ魔力による攻撃を反射……つまりカウンター攻撃を行なってくれるのだという。
ただし硬度が低いため物理攻撃にはめっぽう弱く、対近接戦では何の役にも立たないというのが欠点。
また使用する際には地面に叩き付けるなどして破壊し、魔力を放出する必要があるため使用出来るのは一回のみなのだそうだ。
蓄えられる魔力量は石の大きさによって決まり、この掌サイズ大なら中レベル程度の魔力攻撃をギリギリ反射するのが限界とのことだ。
「確かに俺は人間だから……魔力による攻撃や毒を受けると致命傷に繋がるってアリエスさんも言ってたな……」
「あぁ、元より魔力を扱える我々エルフにはあまり必要の無い物だが、七戸くんの役には立つかもしれないよ」
「あ、でも……」
一つ問題があるよな……と思い、俺は店長を見上げる。
「魔力の供給はどうしたら行えるんですか?」
どこかガソリンスタンドのように魔力を補充できる場所があったりするのだろうか?
俺の質問に、店長は「それは心配いらない」と微笑んだ。
「ここには私とトーキスがいる。このサイズの石に籠める程度の魔力ならいつでも提供可能だよ」
そう言いながら店長は石を俺の掌からつまみ上げ、両手で包み込んだ。
すると掌の隙間から暖かい光が漏れ出す。
……魔力ってこんな簡単に籠められる物なんだな……
光が落ち着くと、店長は再び俺の掌の上にその石を乗せた。
「さぁ、これでこの石は『身代わり石』として使えるようになった。身に付けておくことをオススメするよ」
店長から渡されたその石は、魔力を受けた影響なのか仄かに人肌程度の温もりを宿している。
色も──先程はブルーに見えたが、今は角度によっては虹色のように変色しているようだ。
すごく不思議な石だ……レアだというのも頷ける。
「ありがとうございます。あの……何だったらバイト代から差し引いて下さい。先日から色々といただいてばかりですし……」
俺の言葉に店長は僅かに驚いたように目を見開き、それからいつもの眩いばかりの笑みを浮かべた。
「気遣いありがとう七戸くん……ではこうしよう」
そう言って店長は笑顔で人差し指を立てた。
「この石は君に『預ける』。いずれ君の体質が治り、この島を出る際には返してもらおう。だが必要と判断すれば使用してもらって構わない」
預り品なのに使用……つまり破壊したら返せなくなるよな…?
店長の言葉の意図が読めずに首を傾げる俺に店長は続けた。
「もし君がこの石を使用した際には、この反面結晶を君に採ってきてもらうとしよう。仕入れの仕事だね」
成る程、それなら確かに納得は出来る……けど……
「この石レアなんですよね……? 採れるんですか……?」
「……採れるよ」
俺の問い掛けに意味深に微笑む店長。
言葉では肯定しているが、含みのある表情だ。
「ネブラか?」
崇影の温度の無い言葉にビクリとしてしまった。
先日の洞窟での光景はまだ頭に焼き付いている。
正直、二度とあの洞窟へは行くまいと思った……けどトーキスさんは仕入れのためによく探索に行っているという話だし、俺も鍛えて強くなれば怯えずに堂々と入っていけるのかもしれない……
しかし店長は静かに首を振った。
「ネブラにも多少はあるようだが、他にも反面結晶が採れる場所はある」
その言葉に俺は内心ホッと胸を撫で下ろした。
「ただしその場所はハッキリとは分かっていない。だからこそレアなんだよ」
え。
分かって無い……ってことはつまり……
「その石を使用した場合は、七戸くんの仕事の一つとして採掘場所を調べ、探索に行ってもらいたい」
「調べて探索……」
それはまた随分と骨が折れそうだ……
バイト代から差し引かれる方が確実に負担は少ない。
けど──ちょっと面白そうだと思う気持ちも正直少なからずある。
探索だろ? だってほら、何か漫画とかでよくあるギルドの依頼みたいじゃないか?
それに複数採掘が出来れば、当然ドラセナショップの在庫も増やせる。
「七戸、行く時は俺も同行しよう。役に立てるハズだ」
「サンキュー崇影。助かるよ」
「まぁ、一先ずその石を使うような場面が無いことを祈るよ。だけど、もしもの時は迷わず使用するんだよ」
店長の言葉に俺はしっかりと頷いた。
新アイテムゲットだ。
物理攻撃には弱いってことだし、しっかり保護して持ち歩いた方が良さそうだな…
俺は貰った反面結晶をハンカチで包み、小振りの巾着袋に入れてポケットへ仕舞った。
色々な装備が整ってきた。
あまり危険な場にわざわざ足を踏み入れるつもりは毛頭無いが、備えあれば憂いなし! きっと今なら前回と同じ轍を踏むことは無いだろう。




