44.鬼教官と神店長
「た、崇影……あのさ、そのメニューは俺にとっては全然軽くないんだよ……」
「そうなのか……」
崇影は少し困ったように眉を寄せた。
……崇影なりに真面目に考えてくれているのは分かるんだけど……もう少し『一般の人間向け』メニューにしてもらいたいところだ……
「承知した。ならばまずは七戸がどの程度出来るか把握することから始めよう」
「あぁ、そうしてもらえると助かる」
──というわけで、崇影の指導の元、俺は毎日限界まで筋トレをすることになったのだった。
ついでに言うと、唯一ゆっくり行えるだろうと踏んでいたストレッチでさえ、地獄だった。
「七戸、伸びていないぞ。それではストレッチの意味が無いだろう」
背中を伸ばすために体を反らしていた俺の背後に立つ崇影。
……物凄く嫌な予感がする。
崇影は俺の両腕を右手で掴み、腰に左手を当てて後ろへと引いた。
「イテテテ!!!」
「…硬いな、七戸」
さすがに力は加減してくれるため怪我に繋がることは無いが、この調子で毎度体が壊れるギリギリまで筋を伸ばされる。
崇影、怖えよ……
そんな調子で、俺の早朝トレーニングは想像を絶する程強烈だった。
しかも休みなく毎日。
当然体は筋肉痛で悲鳴を上げるが、崇影は容赦無く前日と同レベル、もしくはそれを上回るメニューを課してくる。
何というか……軍隊にでも入ったような気分だ。
けど……トーキスさんが戻って来れば本格的な戦闘訓練も開始されることを考えれば、こんな所で音を上げてはいられない。
きちんと鍛えていなければ訓練開始の時点でトーキスさんに何を言われるか分かったもんじゃないからな……
「七戸くん毎日大丈夫かい? 何だったら、アルバイトの時間を減らして、少し休息を取っても構わないよ」
店長がふらふらの俺を心配してそう声を掛けてくれる。
「ありがとうございます。でも、まだ大丈夫です! 俺は強くならないといけないので!!」
その俺の言葉に店長は微笑んだ。
相変わらずの爽やかイケメンフェイス。
マジで整いすぎてて、同性なのに疲れが癒される気さえして来る……例えるなら美術作品を鑑賞しているような、そんな気分だ。
「では、そんな七戸くんにピッタリの物をあげよう」
そう言って店長はカウンター奥から何やら瓶を持って来た。
「もしかして、新しい調合薬ですか?」
「あぁ、と言っても……今回は正直君の体質への影響はあまり期待は出来ないと思っている」
俺は店長の手から瓶を受け取った。
「開店の準備は俺がやっておく」
カウンターで話す俺達に気を遣ってか、崇影がそう言い外へと出て行った。
「悪い、崇影! 助かる!」
相変わらず、良く出来た奴だ……
崇影は俺に指導すると同時に自らも同じメニューをこなしているのだが、筋肉痛にはならないんだろうか……?
いや……もうそういうレベルじゃ無いんだろうな、アイツは。
俺は崇影を見送ってから店長へ向き直った。
「体質への効果が期待出来ないっていうのは……?」
「今回の調合は主に体の不調や虚弱体質を治す、効き目の優しい薬なんだ。一般的に出回っている疲労回復の栄養剤とさほど変わらない」
「疲労回復の栄養剤……」
「緩やかに効く物だから、続けて三日は試して欲しいのだが……どちらかと言えば今のその体に溜まった疲労を軽減する効果の方が確実に実感出来るかもしれないね」
「なるほど……疲れが取れるならそれはそれで有り難いっす」
俺の言葉に店長は頷いた。
「飲み続けても支障は無いから、良ければ筋肉痛が治まるまで毎日服用しても構わないよ。味も悪くは無いはずだ。十分在庫は確保してあるから試してみてくれるかな?」
「はい! ありがとうございます!」
俺は有り難くその瓶の中の液体を喉へと流し込んだ。
確かに、味は悪くない。
美味しい! とまでは言えないが、苦味は無く、妙な甘さが口に残る程度だ。
体質治療には結びつかないとしても、今の体の痛みが軽減されるならそれはそれで非常に有り難い話だ。
実は店長がこうして俺のために薬を調合してくれるのは、今回が初めてのことでは無い。
以前にも既に二種類ほど試してみた薬はあった。
どちらも店長が独自に組み合わせを計算し調合してくれているのだが──やはり体質を治す薬を作るというのは一筋縄ではいかないようだ。
一つ目の薬は香水のような物で、俺の体質がくしゃみによって戻る部分に着目しその効果を持続するための試みだった。
結果は見事失敗。香水を付けていても結局体は縮んでしまった。
二つ目は目薬だった。
鏡を見た際に瞳が受ける刺激を軽減させるため、目に水分による膜を張る……という試みだったが、こちらも敢え無く失敗。
そして今回が三つ目。一般的な体の不調には効くが即効性が無いらしいし、連続しての服用も問題無いのであれば、しばらくは毎日飲むのが良さそうだな……
俺自身もリネットちゃんから教えてもらった調合学を元に店長の作業を手伝ってはいるが……正直何をどう合わせるのが正解なのかさっぱり分からない。
残念ながら、まだまだ体質治療の糸口は掴めないようだ。
外から崇影が戻り、間もなくドラセナショップオープンの時間が来る。
筋肉痛だらけの体は辛いが、今日も仕事はしっかりこなす!
これからの俺の課題は自分に厳しく! 出来ることには全て全力投球だ。
俺は腕捲くりをして、気合いを入れるのだった。




