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15.眠れる王子様②

「おい、本来の目的を忘れていないか?」


 冷めた瞳で始終3人の様子を眺めていた崇影が痺れを切らしたように呟いた。


「そ、そうですよ、先生! 早く七戸さんの手当てをしないとです!!」


 リネットちゃんが救いを得たように早口で言った。


「全く…そう焦らずとも、少しくらい交流を深めても良いだろうに。せっかちな子羊ちゃん達だ。」


 アリエスさんは大袈裟に両掌を上に上げて肩を竦めて見せる。それから俺へと向き直った。


「じゃ、とりあえず…脱ごうか、青年。」

「え。」


 俺が承諾するより早く、アリエスさんは俺のTシャツへと手をかけた。


「ちょ、ちょちょちょ!! 待って下さい!! 自分で脱げますから!!」


 そのまま俺の服を強引に剥ぎ取ろうとするアリエスさんから、俺は何とか身を守った。

 この人強引すぎる…リネットちゃんが仕えているお医者さんだと聞いていたから、もう少し落ち着いた人物を想像していたんだが…これは正直予想外だ。

 俺は自分で上の服を脱ぎ、下は…リネットちゃんの前でズボンを脱ぐのは流石に躊躇われる。短パンだし裾を捲り上げれば何とかなるだろう。

 洞窟で受けた傷が全て見えるように準備をして、アリエスさんへ視線を投げた。


「傷は、これで全部です。」


 正直、崇影のあの均整の取れた筋肉質な上半身を見た後で自分の体を改めて見ると…情けなくて恥ずかしくなってくる。

 自分で言うのもなんだが、ひょろひょろだ。スポーツが嫌いな訳では無いが、どちらかと言えばインドア派。わざわざ筋トレを行ったりもしていない。

 ……怪我が完治したら、少しくらい鍛えるか。

 アリエスさんは、俺の傷口を上から順に確認していき、頷いた。


「なるほどねぇ…少し毒に当たっているねぇ。解毒が必要だ。リネット。」

「はい!」


 名を呼ばれたリネットちゃんが、手にしていた救急バッグから粉の入った瓶を取り出し、アリエスさんへ渡した。


「少しの間動くなよ、青年。」


 アリエスさんはそう言い、俺の傷口にその粉を少量振りかけながら、手を翳す。

 その手から暖かい光が生まれ、粉が光を纏って俺の傷口へと吸い込まれていく。


「……っ」


 傷口の奥にチリチリとした痛みがあった。解毒の影響なのだろうか…


「多少は痛みがあるかもしれないが、毒の根源を絶たなければ、残った毒は体の侵食を続けてしまうからね。…勿論この程度の痛みは耐えられるだろう?」


 アリエスさんが眼鏡の奥から俺を覗き込む。

 俺を試すかのような笑みを浮かべながら。


「だ、大丈夫です。」


 傷が多い分、痛みを感じる箇所も多いが、『この程度』で情けない声を上げる訳にもいかない。

 リネットちゃんも見てるしな。これ以上カッコ悪い姿は見せられない。


「よし、治療は終了だ。服を着るかい?」

「あ、はい。ありがとうございます。」

「無理に着なくてもいいんだよ?」

「すぐ着ます!!」


 俺は急いでTシャツを着て、ズボンの裾を直した。

 アリエスさんは少し残念そうな顔で俺を見ている…掴みどころのない人だ。


 治療はあっという間だった。


「回復にはどの程度かかる?」


 壁に寄り掛かって様子を見ていた崇影がアリエスさんにそう尋ねる。


「そうだね…幸いそこまで深い傷は無いから、1週間もあれば今まで通りの生活をして構わないよ。痛みが無くなるまでにはもう少しかかるだろうがね。」

「1週間…」

「長いと思うかもしれないがね、青年。君が受けた傷は魔力の含まれた毒による物なんだよ。魔力の毒など、今まで受けたことなどないだろう?」

「はい……」

「その体を見れば分かる。耐性が皆無だね。だから、無理をすれば他の箇所に支障を来す可能性もあることを肝に命じておきたまえ。」

「他の箇所に支障を…?」


 どういうことだ? 怪我をした場所以外に影響が及ぶなんてことがあるのか?


「七戸さん、私達人間には、基本的に魔力がありません。ですから、魔力への耐性が他の種に比べて極端に低いんです。魔力に触れるうちに少しづつ耐性を獲得することは可能ですが、今の七戸さんの体は、体内に侵入した魔力に抑制されて本来の回復力を発揮出来ない状況なんです。」


 なるほど…魔力を含んだ毒を受けるっていうのは、傷そのものだけでなく、体全体に影響が出るものなのか。

 つまり、俺の体は自分が思っていたよりももっと深刻な状況にあったということだろう。

 トーキスさんが急ぎ俺を帰らせた理由、店長がすぐにアリエスさんを呼んだ理由がよく分かった。


「……気を付けます。」


 項垂(うなだ)れて答えた俺の頭を、アリエスさんがポンポン、と軽く叩いた。


「うん、良い心掛けだ。リネット、彼に伝えることがあるんだろう?」


 名を呼ばれ、リネットちゃんは「はい」と小さく返事をして俺のベッドの横に屈んだ。


「七戸さん、あの…ありがとうございました。」


 真っ直ぐに俺の目を見てそう言うリネットちゃん。


「え? えっと、何の話……?」


 確かに、俺はリネットちゃんに炭苔(すみごけ)鍾乳(しょうにゅう)石晶(せきしょう)を渡したくて洞窟へ入った。

 けど、それをまだリネットちゃんには伝えていない。収穫した鉱物もまだ店長に渡せていない。

 しかも、結果として怪我をして死にかけ崇影に助けられた挙句、こうしてリネットちゃんとアリエスさんにも迷惑をかけている。

 礼を言われるようなことは何一つ思いつかないんだけど……


「先日私が炭苔と鍾乳石晶が欲しいと言ったから、洞窟へ行かれたのですよね…?」

「あ、えっと…」


 今回の件は店長からの依頼ではなく、完全な俺の独断だ。リネットちゃんに変に気を遣わせたくない。

 でも、他に言い訳にできる理由が思いつかない。


「違うんだ…俺、道に迷って、間違えて洞窟に入っちゃって…」


 我ながら厳しすぎる言い訳だ。

 間違えて洞窟に入るって何だ、ただのアホじゃないか。


「嘘…ですよね?」


 リネットちゃんは少し眉を潜めて俺を睨む。

 ……睨んだ顔も、可愛い。と言ったらさすがに怒られるだろうか……?


「だって、そこに置いてあるのって、炭苔と鍾乳石晶じゃないですか…」


 そう言って、リネットちゃんが机の上を指した。

 しまった!! 昨日の夜、店長に渡すのを忘れないように鞄から出して机に置いたことをすっかり忘れていた。

 証拠を突き付けられては、これ以上言い逃れも出来ない。


「ごめん。俺、リネットちゃんと店長に良い顔したくて、店長に内緒で洞窟に行ったんだけど…結局こんなカッコ悪い姿を見せることになって…何やってんだか分かんないよな……」


 言いながら、ははっと笑ってみる。


「いやいや、カッコ悪くなどないぞ、青年!!」


 アリエスさんが大きな声で言った。


「誰かのためになりたいという気持ちは美しい…その結果がどうであれね。私は素晴らしいことだと思うよ。」

「は、はぁ……」

「私も、そう思います、七戸さん。だから、『ありがとう』です。炭苔と鍾乳石晶、いただいてもいいですか? お代は後ほどタウラスさんへお支払いします。」


 リネットちゃんに優しくそう言われ、俺はすぐさま「勿論!」と答える。


 何だかジーンとしてしまった。

 良かった…いや、俺のした行動は決して正しくは無かったけど、それでも、報いはあった。


「けど、量は足りますか?」

「はい。十分です。七戸さんが採って下さった鉱物…大切に使わせていただきますね。」

「リネットちゃん…ありがとう。」

「こちらこそ、ありがとうございます。採取、お疲れ様でした。」


 俺とリネットちゃんは視線を交わして笑い合う。

 

「しかし今後は1人で洞窟に入るな、七戸。」


 緩んだ気を締めるように、崇影のツッコミが入った。

俺は背筋を伸ばして「はい、そうします!」と大きく答えた。

 俺としても、もう二度とあんな思いはごめんだ。



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