14.フザケたことしてんじゃねぇぞ①
俺と崇影がドラセナショップへ戻ると、店長がすぐに俺達を出迎えた。
まだ閉店には少し早い時間だが、店長は店を閉め、子供姿で傷だらけの俺を崇影から受け取ると抱えて部屋まで運んでくれた。
……ちなみに当然のようにお姫様抱っこだ。
正直かなり恥ずかしいが、背に腹は代えられない。
子供の姿だったのがせめてもの救いだ……
俺はそっと自室のベッドの上に寝かされる。
ようやく帰って来たことを実感しホッとした。
「七戸くんお帰り。無事に帰って来てくれて良かったよ。」
店長は優しくそう言って微笑んだ。
「店長……ありがとうございます……」
てっきり勝手な行動を取ったことを咎められるのかと思っていた。
店長は相変わらず優しい。
まるで全てを見透かしてしているような、その上で全てを受け入れているかのような……寛大な笑顔だ。
「まずは 取り急ぎその全身の怪我を何とかしないといけないね」
俺の頭からつま先まで視線を滑らせ、店長が困ったように言う。
「すみません、お願いします……」
「うん、それは良いんだが……1つ問題があるんだ。」
「問題?」
「今の姿は、君の本来の姿では無いだろう? まずは元に戻ってもらう必要がある。この姿で傷を塞いだとして、元の姿に戻った際に傷口が広がらないとは言い切れないからね。」
そう言いながら、店長はトーキスさんが施してくれた止血用の布を順に外していく。
「た、確かに……」
この止血用の布もこのまま元の姿になればサイズが合わなくなり、食い込んでしまうことは必至だ。
ただ……元の姿に戻るということは、くしゃみをするということ。傷口に響きそうだな……
店長が困っているのもそれが原因なのだろう。
けど、瞬間的な痛みよりも早めの治療の方が大切なことくらいは俺にも分かる。
「じゃ、じゃあ、何とかして戻します……」
そう言った俺の目の前に店長が小さなビンを差し出した。
「これを使うといい。香辛料の一種なのだが、香りを嗅けば大抵くしゃみが出るからね。」
「ありがとうございます……」
つまり胡椒的なやつってことだな。こよりとかを使うよりはよっぽど良い。
俺はビンの蓋を開け、恐る恐る鼻を近づけた。
……うん、やっぱりほぼ胡椒だ。
細かな粒子が鼻の奥をくすぐる。
俺は堪らなくなって……
「っくしゅん! 痛ててててて!!」
体は無事に元の姿を取り戻したが、その衝撃が満身創痍の体にはめちゃくちゃ辛い。
店長は間髪入れず すぐに俺の体へ向けて回復魔法らしき物を発動させた。
暖かな光が体を包み込む。
おかけで痛みはすぐに落ち着いた。
「前にも説明した通り、私の魔法でできるのは基本的に応急処置の治療のみだ。一先ず傷口を塞ぎ痛みを和らげることは出来ても、専門的なことは出来ない。」
残念そうにそう言いながら、店長は俺の太もも……蜘蛛の針をマトモに食らった場所をじっと見た。
「これは一度医者に診てもらうべきだろうね。明日にでもアリエスに来てもらうよう手配をしておこう。」
アリエスさん……確か、リネットちゃんがお手伝いをしているっていう腕利きのお医者さんの名前だったな……と記憶を辿る。
とりあえず店長の回復魔法のおかげで痛みは随分マシにななったけど、まだそれで安心は出来ないってことか……
「ありがとうございます、お願いします。」
俺は店長に頭を下げた。
店長に恩返しするどころか、結局また迷惑かけてばかりだな、俺は……
自分が情けなくて仕方無い。
「七戸くん、あまり落ち込まなくていい。今回はネブラの洞窟についてきちんと説明をしていなかった私にも責任がある。すまなかったね。」
「いえ! そんな……全ては勝手な行動をした俺の自業自得ですから!! ……って、あれ?」
俺、ネブラの洞窟に行ってたって店長に言ったっけ?
「先日、リネットちゃんが欲しがっていた鉱物を採りに行こうとしたのだろう? 七戸くんは本当に優しい子だね。私も朝の時点で気付けていれば良かったのだが……」
店長はすべてお見通しなんだな……だったら始めから正直に行き先を伝えておけば良かった……
「今更の説明にはなってしまうが、ネブラの洞窟は魔族達の巣窟になっていてね。一般の者はまず立ち入らないようにしているんだよ。」
「そうだったんですね……あの、トーキスさんは?」
トーキスさんは自ら洞窟に残ると言っていた。立ち回りを見る限り心配はいらないのだろうけど……
「トーキスは根っからの狩人だからね、敵の多い場所でこそ彼の本領は発揮される。今頃は嬉々として魔物を狩っている所だろう。」
「な、なるほど……」
店長の口ぶりからは、トーキスさんに対する絶対的な信頼が伺える。
元々それだけの強さを持ったエルフなのだろう。
トーキスさんって実は凄い人だったんだな……
「さて、とりあえず私の役割はここまでだ。席を外すとしよう。崇影くん、後は君に任せるよ。」
「承知した。」
店長は笑顔のまま静かに部屋を出ていった。




