2.手品かな?①
そんな感じで、俺の体質治療の旅はあれよあれよのうちに出発が決まり……
気付けば俺は、見たことも聞いたことも無かった、未知の島、『オルタンシア』の地へ足を踏み入れていた。
「マジでどこまでも放任主義だよな、北斗さん……」
初めて目にするオルタンシアの景色を前に、思わず呟いた。
ていうか、本当に実在したんだな、未知の島……
北斗さんは、宣言通り俺をこの島まで空路と海路を利用して運んで来てくれた。
ただ…それだけだ。
オルタンシアに到着するなり、「到着だ、あとは自分で何とか出来るだろ」と爽やかな笑顔を残して早々に島を出て行ってしまった。
「何とか、って言われてもな……」
そりゃ、人が暮らしてる島だから、無人島に取り残されるよか全然マシなんだろうけど、未知の島で1から1人で生活しろってのはなかなかハードモードだ。しかも、帰りとかどうすんだよ……
世界を転々と渡っている北斗さんのことだ、そのうちこの島にも寄るつもりで気軽に考えているのかもしれないが…不安要素が多すぎる。
俺、ちゃんと生きて帰れるんだろうな?
「……はぁ。」
思わず漏れるため息。
まぁ、そんなことをぐちぐち考えていたところで何にもならないことくらいは俺にでも分かる。
それに…サバンナに俺を1人置いていく程北斗さんもヒドイ人間じゃない。
とすれば、このオルタンシアは、俺が1人でも何とかやっていける場所だと、そう判断しての行動なのだろう。
そう、信じたい。
「とりあえず、動くか…」
目下必要なのは、寝泊まりする場所。
出来れば毎日の腹ごしらえが出来る場所だとなお良い。
北斗さんから託されたガイドブックによれば、案内所なる場所があり、移住者や旅行者はまずそこに行くべし、とのことだ。
宿泊施設等も紹介してもらえるとか…
「安い宿があるといいけど……」
今までバイトで貯めていた自分の貯金は全て持って来た。
北斗さんからも、当面困らないようにと、お小遣いにしては随分太っ腹な金銭を持たされた。
しばらくは何とかなるだろうが、滞在期間が分からない以上、不安はついて回る。あまり贅沢は出来ない。
そんなことを考えながら、案内所のカウンターへ向かった。
そうそう、忘れずに通貨の変換手続きもしておかないとな…
入国時の手続きについては、ガイドブックで念入りに予習をしておいたため、問題は無いはずだ。
カウンターにある羊皮紙のような用紙に、出身地と、氏名と生年月日を記入して、一見宝箱のような外見をした提出用のBOXへ入れる。
するとBOXの下にある小さな口から、時計のようなバングルがストン、と排出された。
手に取ると、とても軽い。
それを左の手首に通すと、シュルン、と小さな音を立てて縮み、手首に収まった。
ガイドブックによれば、これは、この島の最新の技術で作られた翻訳機のような物らしく、入国者がどこから来た人間であっても、島の住人と言語によるコミュニケーションが取れるようになっているらしい。凄い技術だ。
俺はさっそくカウンターにいる、案内所の職員と思しきお姉さんに声を掛けた。
「あの、すみません……」
「はい。入国者の方ですね。ようこそ、オルタンシアへ」
一瞬、目を疑った。なぜなら、ニコッと笑ったその女性の耳が、妙に尖っていたからだ。
こういう耳、アニメとかゲームで見たことあるな…妖精とか、そういう類の種族でよく描かれるやつ。
最近はコスプレグッズにもあるんだって、クラスの奴が言ってた気がするけど……こういうファッションが流行りの島なんだろうか…? 独特な文化だな…
「どういったご要件でしょうか?」
案内のお姉さんに尋ねられ、我に返った。
「あ、ええと、しばらく泊まれる場所が必要なんです。安めの所で……紹介してもらえますか?」
「かしこまりました。お一人で利用でしたら、こちらの…」
「安い宿を所望しているんだね、青年」
ふいに頭上から声が降ってきた。
落ち着きがありよく響く低い声。
「あ、あら! タウラスさん!!」
宿泊施設の資料を並べていた案内のお姉さんが顔を上げるなり頬を染めた。
振り返ると、背が高く、非の打ち所が無いほど整った顔面の美青年が立っていた。
肩で跳ねた髪の色は深い海のように青く、切れ長な目、通った鼻筋……瞳も髪とよく似た濃い群青色をしている。
そして…
やっぱり耳が尖っている…というより、長い。
俺の耳の3倍くらいの長さがある。
この耳はアレだ。ゲームやアニメでは当然のように登場する、『エルフ』って言われる種族。
付け耳? にしては妙にリアルだ…右と左、それぞれに黒いストーンのピアスとリングのピアスがいくつか付いているのも見える。
え、まさかと思うけど、本物の耳? 本物のエルフ? そんなこと、あり得るのか?
俺は慌てて周囲を見渡した。
当然、案内所には俺以外にも利用者やスタッフがいる。けど……なぜ入った瞬間にこの違和感に気付かなかったんだろう。
耳の尖ったスタッフの他にも、猫のような耳や尻尾がついている少年までいる…
しかもよく見れば、尻尾は少年の動きに合わせて微妙に動いている。
それを見て悟った。これは、本物だ。
コスプレとか、そういう次元じゃない。
国によって肌の色や髪の色が違うとかいうレベルじゃなくて、この島の住人は、多分俺とは種族が違うんだ……
てことは。
改めて案内のお姉さんの尖った耳を見る。
これも、本物ってことか…
「おや、青年、という呼び方はお気に召さなかったかな? 失礼したね」
人当たりの良さそうな笑顔でエルフの美青年にそう言われ、慌てて「いや、そうじゃなくて」と手を横に振った。
現実離れした目の前の光景に、俺は思考が大混乱状態だ。
しかし、目の前のエルフはそんな俺の様子には気を止めず、言葉を続ける。
「宿を探しているわけでは無かったと?」
「そ、そうでも無くて! すみません、あの、俺、この島にさっき来たばっかで、混乱してて……! 宿、探してます!」
口早にそう説明すると、エルフの美青年はニッコリと笑みを深めた。
「もし良ければ、私の店に来ないか? 今ちょうどアルバイトを探していてね。住み込みで働いてもらえれば、家賃は発生しないよ」
なんだって?
「ま、マジですか!!」
思わず前のめりになる。
いや、でも待てよ…そんな都合良く美味しい話があるか?
何か裏があるとか、ヤバい商売とか、宿泊する部屋がめちゃめちゃ狭いとか…ふとそんな考えが頭を過る。
そもそも、種族が違うんだとしたら、アルバイトの観念自体も違っているかもしれないし……
「食事に関しても保証しよう。毎日3食付き。買い出しのお使いくらいは手伝ってもらいたいがね」
3食付き、だと…?
「食事まで…!?」
「タウラスさん、彼はまだ入国したばかりで、土地勘もありませんから、それなら他で募集した方が良いのでは…?」
案内所のお姉さんがおずおずとそう口を挟んだ。
あぁ…うん、ごもっともな意見だと思う。
だが、タウラスさん、と呼ばれたエルフは、笑顔のまま、「いや、彼がいいんだよ」と答えた。
え、何で?
口には出さなかったが、案内所のお姉さんもそう言いたげな表情をしている。
「妙な先入観や偏った知識を持たない、入国したばかりの人材の方が有り難いんだよ。」
「なるほど、そういうことでしたら、確かに…」
お姉さんが改めて俺を見る。
「え、えぇと……」
俺はタウラスさんを見上げたまま、どうしたものかと逡巡する。
条件は文句無しに良い。ただ、上手い話には裏があるのでは、という気持ちも消えない。
そもそも、このタウラスさんという人物が何者なのかも分からない。 多分、人間じゃないし…
「あの、アルバイトって、どんな内容の仕事ですか? それから、その…」
時給とか。勤務時間とか、シフトとか…
色々確認したいことはあるが、いきなりズケズケ聞いて良いものか、少し躊躇してしまう。
俺が口籠っていると、タウラスさんはそれを見抜いたかのように微笑んだ。
「初対面の相手を信用しろというのも無理な話だね。もし良ければ、一度私の店へ見学に来てもらえないかな? 返事はその後で構わないよ」
「はい! そういうことなら、是非行ってみたいです」
百聞は一見に如かず、って言うしな!まず自分の目で確かめる。そうすればこの不安の大半は解決するはずだ。
ということで。
俺は案内所を後にし、タウラスさんに着いてオルタンシアの街並みへと繰り出した。
この、オルタンシアという島の街並みは、何と言うか……妙な雰囲気だった。
建物は、割とレトロ、というか、観光雑誌で見た西洋の建築物のようなお洒落さがある。
通りはレンガの道が主で、自動車のような物は走っていない。道行く人々は大半が徒歩で移動をしている。
ただ、時折馬車のような乗り物は見かけた。
最も、車を引いているのは馬ではなく、見たことも無いような動物だった。
一見すれば、形は馬だが、目が大きく、睫毛が長い…鼻も馬よりは短く、顔立ちとしてははラクダに近い、と言えば伝わるだろうか。体は割とスレンダーで、たてがみは銀色。体も、淡いグレーで、一言で言って、美しい動物だ。
そんな感じで基本的にはレトロで美しい景色なのだが…俺が違和感を抱いたのは、山の向こうに覗く、大きな建物。
それだけが、まるで未来から引っ越して来たかのように、無機物感の強い、機械的な外観をしていた。
そして、すれ違う人々は、やはり耳が尖っていたり、長かったり、獣耳だったり……
背が妙に低いおじさんや、角の生えたような人種もいる。
俺がキョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていたからか、タウラスさんが振り返り、少し笑った。
「この街の景色は、珍しいかい?」
「あ、はい。あの、失礼だったらすみません。タウラスさんは、人間では無いんですか?」
思い切って聞いた俺の言葉に、タウラスさんが少し目を見開いた。
「あぁ、私は見ての通りのエルフだよ。君は、エルフを見るのは初めてなのかな?」
エルフ! マジで本物なんだ…!
ゲームの世界に入り込んだような妙な感覚だ。
一回死んで、ファンタジーワールドに転生するって話は漫画で読んだことあるけど『未知の島』って、まさかリアルファンタジーワールドの島ってことなのか!?
気分が高揚し、心臓が高鳴っているのが分かる。
今俺、本物のエルフと話してんのか…!
と、そこではた、と気付いた。
て言うか、逆に『人間』とすれ違って無くないか?
「あの、街の方々も、人間ではない方が多いようですけど…」
「そうだね、勿論人間もいるよ。ただ、人間は寿命が短いからね…自ずと比率は少なくなる」
そうか、そういえば確かに、エルフは何百年も生きるって聞いたことがあるな…
この島では、人間は寿命が短い種族っていう位置づけなのか。なんかちょっと、寂しいな……
「さあ、着いたよ。あぁ……そういえば、君の名前を聞いていなかったね」
とある建物の前で立ち止まったタウラスさんが、しまった、と呟きながらこちらへ向き直った。
「改めて自己紹介しよう。私の名はタウラス。このドラセナショップの店長をしている。君の名前も聞いて良いかな?」
「はい。俺は幸木七戸といいます。日本という国から来ました」
「七戸くん。さあ、店の中へ案内しよう」




