7.カルムの森④
セイロンさんに攻撃を弾かれたトーキスさんは、「チッ」と舌を鳴らし、思い切り地を蹴った。
そのままセイロンさん目掛けて一直線に接近する。
「一発くらい殴らせろ!!」
「お断りします。」
セイロンさんは表情を変えないまま、両手をトーキスさんへ向けた。
「げ」
何かを悟ったトーキスさんがそう声を上げるのと、セイロンさんの掌から突風が生まれたのは、ほぼ同時だった。
ゴォォォと音を立てて風が渦を巻き、トーキスさんへと襲い掛かる。
「っ!!」
間合いまであと一歩という所で、トーキスさんは吹き飛ばされ、高く舞い上がってしまった。
「お借りした物はお返ししておきますね。」
セイロンさんはそう言ってニッコリ笑う。
お借りした物…つまり、さっきの突風は、トーキスさんがセイロンさんに向けて放った竜巻なのか。
それを体内に溜め込み、そのまま反撃として放ったのだろう。
森の主怖えぇ…
飛ばされたトーキスさんはと言うと、数メートル先にドサリと落ちたのが見えた。
大丈夫なのか!?
俺と崇影は顔を見合わせて頷き合い、トーキスさんの元へと駆け寄った。
「トーキスさん! 大丈夫ですか!?」
トーキスさんは、草の生い茂った柔らかそうな地面の上に、仰向けで倒れていた。目はしっかり開いている。
「くっそ、マジで腹立つ!!」
イライラとした様子で吐き捨てるように言い、トーキスさんは体を起こした。
どうやら無事なようだ。良かった…。
「ほらほら、トーキス。いきなり攻撃なんてするから、2人がビックリしてるよ?」
ヒラヒラと飛んできたソラちゃんが、困った顔でトーキスさんの周りを飛び回る。
トーキスさんは「あ〜…」と面倒そうに頭を掻き、俺達の方へ視線を向けた。
「悪かった。アイツの顔見るとつい、な…」
つい、で魔法攻撃とかどういう神経なんだ…
セイロンさんのことが好きなのかと思ったけど、この様子じゃそれはあり得なさそうだな…
「ひどく嫌われたものですね、僕は。」
「!!」
柔らかい声がして振り向くと、いつの間にかすぐ隣にセイロンさんがいた。
ビックリした。いつの間に…
セイロンさんはトーキスさんを覗き込むようにして、右手を差し出した。
「僕はトーキスのこと、好きなんですけどね」
トーキスさんは「どの口が」と言いながらも、素直にセイロンさんの手を取り、立ち上がった。
ソラちゃんはにこにこと2人を見守っている。
正直…この2人の関係性がよく分からない。
喧嘩するほど仲が良いというアレだろうか…
「それで、今日わざわざ新規のお2人を連れてここに来た理由は何でしたか?」
セイロンさんに尋ねられ、俺はようやく当初の目的を思い出した。
そうだ。採取をしなければ!!
と思ったのだが…さっきまで集めていたはずの日照草と雫花が無い。
「あれ!? 日照草と、雫花は……」
と辺りを見渡し…思い出した。
足を滑らせた時に全て落としたんだ。
せっかく集めたのに…
「これでしょ? はいどうぞ」
「え?」
目の前に、俺が集めていた日照草と雫花の束を出され、慌てて受け取った。でも、どうして?
顔を上げると、ソラちゃんが無邪気な笑顔をこちらへ向けていた。
「森の中での落し物ならソラが見つけるから、心配いらないよ。せっかくたくさん集めたのに、無くしたら悲しいよね。」
「ありがとう、ソラちゃん…」
思わずじーんとする。可愛い上にめっちゃ良い子だ、ソラちゃん…
「薬草採取でしたら、僕達もお手伝いします。何が必要ですか?」
後光が差しそうなほど尊い笑顔のセイロンさんが、そう申し出てくれた。
この人も美人な上に超優しい…
さしずめ天使と女神だな……などと思っていると、トーキスさんが辺りを見渡しながら口を開いた。
「目的は薬草っつーか、特異体質を治すのに使えそうな素材探しだな。何か効きそうなやつ、知らねぇ?」
「特異体質の治療ですか…あまり聞かない話ですね」
「そうなんですか?」
俺が尋ねると、セイロンさんはこちらを振り返り頷いた。
「体質の改善であったり、怪我や病気の治療と言った目的であれば、適切な素材を案内出来るんですが…特異体質となると難しいかもしれません。」
「ま、そーだわな。そんな気はしてたけどよ」
「そ、そっか……」
やっぱり、そんなに簡単に上手くはいかないらしい。
がっかりと肩を落とした俺を、ソラちゃんが「落ち込まないで!」と励ましてくれる。
「効くかどうか分からなくても、色々持って帰ったらいいよ! ね、セイロン!」
「はい。僕もそう思います。一先ず体質改善に使われる植物をいくつかお渡ししましょうか。僕達も採取に協力しますね。」
「ありがとうございます!」
「これだけ人手があれば、大量に集められそうだな」
「良かったな、七戸」と崇影が俺の肩を軽く叩く。
その表情が心なしか優しいのは、多分俺の勘違いでは無い。こいつなりに励ましてくれてるんだ…
そもそも、そんな簡単にこの体質が治ると思ってたわけじゃない。
これだけ協力してくれる人達がいるんだ、ちゃんと前進してるはず。
俺はそう気を取り直し、顔を上げた。
「よーし、採取するぞ!!」
自分を鼓舞するように大声を上げた俺に、ソラちゃんが嬉しそうに「おー!!」と右の拳を上げて便乗してくれた。
やっぱりこの精霊は可愛い。
セイロンさんも笑顔で頷いてくれている。
崇影も、微かに微笑んでいるのが分かった。
ただ、1人…トーキスさんだけは眉をひそめて「なんだそのノリ……」と若干引き気味だ。
こうして俺達5人は手分けして様々な植物や木の実を採取し、背負ってきた俺のリュックは、採取を切り上げる頃にはパンパンに膨れ上がっていた。
「さーて、そろそろ十分だろ」
トーキスさんのその一言で、採取は終了となった。
「たくさん採れましたね。」
「あの、これだけ採っておいて今さらなんですけど、これってどうやって調合するんですか?」
「その辺りはタウラスに任せときゃいい。帰ったらアイツに聞いてみろ。」
トーキスさんが興味無さそうにそう言う。
ここから先は丸投げってことか…でも確かに、店長なら何でも知ってそうな気もする。
「薬を調合するのか? 副作用は無いのか?」
崇影が鋭いことを指摘する。確かにそうだ。
何が効くか分からないとはいえ、薬をあれこれ試すと言うのは、正直ちょっと抵抗がある。
「今採取したのは、主に体質改善に使われる植物ですから、そんなに危険な物はありません。あとは調合と飲み合わせさえ誤らなければ、問題無いですよ。」
「材料が足りなくなったり、他の物が必要になったら、また来てね。ソラ、いつでも手伝うから。」
「ありがとう、ソラちゃん。セイロンさんも…助かりました。一先ず、店長に渡してみます。」
「はい。良い結果が得られると良いですね。」
「んじゃ、とりあえず目的達成だな。ソラ、こいつらを森の出口まで案内しといてくれ」
「へ?」
「森を抜けた後の帰り道は分かるよな?」
てっきり一緒に店に帰る物だと思っていたのだが…トーキスさんの口ぶりから考えて、俺と崇影だけ帰れ、ということなのだろう。
帰り道…正直あまり自信が無い。
カペロの乗り場にさえ辿り着くことが出来れば、何とかなりそうな気はするが。
「トーキスは一緒に帰らないの?」
ソラちゃんの疑問に、トーキスさんは「あぁ」と即答した。
「ようやくセイロンを捕まえたんだ。俺はここに残る。」
そうか、トーキスさんはずっとセイロンさんを探してたんだもんな…それは分かるけど…分かるけど。
こんなにドラセナショップから離れた場所に来て、帰りは自力で帰れって、厳しくないか!?
「七戸、大丈夫だ。森さえ出ればその先は俺が道を覚えている。」
「崇影…!!」
コイツは本当に優秀な奴だな。崇影がいて良かった…!
「トーキス、ちゃんと帰らないと、タウラスさんが心配しますよ」
セイロンさんがそう声を掛けるが、トーキスさんは「んなわけねーだろ」と突っぱねた。
「体よく俺を追い出そうったって、そうはいかねぇよ。」
「仕方ありませんね…トーキスが満足するまで付き合いますよ。」
セイロンさんは困ったように笑ってそう言うと、ソラちゃんに向き直った。
「ソラさん、すみませんが…七戸さんと崇影さんを任せます。」
「りょーかいだよ!」
ソラちゃんはそう答えて俺達の側へと飛んできた。
「じゃあ、出口まで案内するね。ソラに着いてきて!」
「うん、ありがとう、ソラちゃん。お願いします。」
俺と崇影はソラちゃんに着いて歩き出す。
…けど、本当に良かったんだろうか?
トーキスさん、またセイロンさんに攻撃仕掛けたりしないだろうか?
「七戸、心配してくれてる?」
ソラちゃんが俺の顔を覗き込んだ。読まれてる…
「あの2人、また喧嘩になるんじゃないかって。俺が口出すことじゃないんだろうけど…」
「七戸は優しいんだね。でも大丈夫だよ。トーキスとセイロンは、本当はすっごく仲良しなんだから。」
すっごく仲良し…そうなのか? 魔法攻撃したり、弓を撃ったり、吹き飛ばしたりする関係が?
俺には全然理解が出来ないけど、ソラちゃんがこれだけ自信たっぷりに言い切るのだから、そうなのだろう。
「そ、そっか。ならいいんだけど…」
「さ、出口まで急ごう。ドラセナショップまで帰るなら早く向かわないと、道中長いからね。日が暮れちゃうよ」
ソラちゃんにそう急かされて、俺達は帰路を急いだ。
森の出口まで辿り着くと、ソラちゃんと別れ、崇影を先頭にカペロ乗り場へと歩く。
無事にカペロへと乗り込むことが出来ると、ようやくほっと安堵した。
そして慣れない森の探索と、予想外の出来事の連続で疲れていたのか、俺は帰りのカペロの中で、睡魔に負けて眠ってしまうのだった。




