7.カルムの森①
翌日、『カルムの森』へと出発しようとする俺達に、タウラス店長が3人分の弁当を用意してくれた。
出発は朝食の直後だったが、カルムの森までは随分遠いらしく、1日仕事になるとの話だ。
「カルムの森までの距離だと、俺はともかく、オマエらが徒歩で向かうのは厳しいかもな」
と言うトーキスさんの提案により、俺達はあの馬車のような乗り物を利用する流れとなった。
車を引くラクダのような馬のような動物は『カペラ』と言い、カペラが引く車は『カペロ』の名で親しまれているそうだ。紛らわしいな…もう少し分かりやすい呼び分けは出来なかったのだろうか。
そんなことを考えながら、トーキスさんの案内でカペロ乗り場に並ぶ。
カペラは近くで見ると、思ったよりも大きかった。乳牛の2回り分くらいは大きい。足も、随分筋肉質で太い。
銀のたてがみと睫毛が風にそよいでいる。
こうやって見ると、割と可愛い顔をしてるんだな……
ふれあい動物園や牧場で見る、羊や馬を彷彿とさせる愛嬌のある顔だ。
「お待たせしました、どうぞ」
「カルム前通りまで頼む」
御者らしき獣人の男性にトーキスさんが行き先を告げ、俺と崇影はトーキスさんに続いてカペロへと乗り込んだ。
乗ってみて気付いた。座席の最後方に大振りなグレーの魔石らしき石がはめ込まれている。
座席は3列程度。1つの列に、詰めれば4人座れる広さだ。定員は12名ってところか。
カペラ1頭で引いていることを考えると、デカいだけあってかなり力のある動物なのだろうか? それとも、あの魔石の力で引いているんだろうか…?
周りを見ると、俺達の他にも数組の乗客が乗っているが、ざっと数えて7人程度だ。
利用者は多くないのかもしれない。
「あの、カペロって、運賃はいらないんですか?」
動き出したカペロのふわふわとした不思議な乗り心地を感じながら、素朴な疑問をトーキスさんに投げかける。
トーキスさんは片眉をひそめて「あぁ?」と怪訝な顔をした。
「うんちん? んだよ、それ。」
あれ?『運賃』って単語自体が通じないのか? まさかこの島にはそういう概念が無いとか…?
「乗り物に乗る時に払うお金のことなんですけど…」
一応言葉の説明はしてみる。だがトーキスさんは怪訝な顔のままだ。
「カペロ乗るのに金なんて払ったことねぇよ」
無料の乗り物! 乗り放題じゃないか!
てっきり空いてるから高級な乗り物なのかと思ったのに。
けど、待てよ…
「…それって御者さんの給料とか、カペラの世話にかかる費用はどうなってるんですか?」
「変なとこ気にする奴だな。カペロの運用は案内所の管轄だろ。金は案内所から出てる。」
案内所…最初にお世話になった場所だ。
そこがカペロに給料を払って委託してるって感じなのか? にしても無料なんて太っ腹だな…
そんなことを考えていると、
「種族間の能力差によるハンデを埋めるために、無料で運用されているんです。」
前の座席の女性がこちらを振り返り、そう説明してくれた。
淡い栗色の髪をハーフアップにし、片方の耳の上で小さく団子にまとめている。
優しそうな顔立ちに柔らかい声。
多分だが、俺と同じ人間だ。
白いパフスリーブの服と、お揃いのベレー帽。どこかの制服だろうか?
清純そうな彼女の雰囲気によく似合っている。
「ハンデ、って?」
思わず聞き返すと、女性は丁寧に教えてくれた。
「私達人間は、徒歩での移動だとあまり遠くへは行けませんよね…? けれどエルフ族や獣族は移動速度も早く、移動出来る距離も広範囲です…つまり種族によってはカペロは不要なんです。」
なるほど、おかけでよく分かった。
トーキスさんがさっき、俺達のためにカペロを使うって言い方をしていたのは、そういう理由か。
いや、崇影は鷹なのだから、正しくはカペロが必要なのは俺だけなのかもしれない…
そして、やっぱりこの女性は人間なんだな! ようやく同じ種族と会話が出来て、何だか嬉しくなる。
「ありがとうございます。理解できました!」
俺がそう言うと、女性は優しく微笑んだ。
癒される笑顔だ。
せっかく道中一緒なら、もう少し仲良くなれないかな…
などと考えているうちにカペロは停止し、その女性が立ち上がった。
「お役に立てて、良かったです…それでは、また…」
「あ……!」
名前も聞けないまま、女性はふわりと髪をなびかせてカペロから降りて行ってしまった。
せっかく人間の女の子だったのにな…年齢的にも俺と大きくは違わないだろう。
もう少し話をしたかった…思わず小さくため息が漏れる。
カペロはすぐに出発し、女性の後ろ姿は遠ざかって行った。
「おい、幸木、ナンパは他でやれ」
「ナンパじゃないです!」
「ナンパでは無かったのか…」
トーキスさんはともかく、崇影にナンパだと思われたのは心外だ。
やがてカペロは先程よりもかなりスピードを上げて走り始めた。
こんなに早く走れたのかと驚くほどだ。
景色がどんどん流れていく。
「こんなスピードで走って、事故ったりはしないんですか?」
ふと疑問に思って聞いてみる。
車ほどでは無いだろうが、このスピードで衝突でもすれば大怪我では済まないだろう。
「こいつがスピードを出す区間は決まってる。人通りの多い道はここまで飛ばさねぇし、魔石の力でカペラの負担を軽減しつつスピードの底上げと制御、安全確認のための補助をしてんだよ」
トーキスさんの説明に納得がいった。
確かに先程まで街の中を走っている時はせいぜい自転車程度の速度だったからな……
それに、後方に見える大きな魔石。あれが様々な要素をコントロールする作用を持っているのだとすれば、カペラ1頭でこれだけの箱と人を運べるのも理解出来る。
魔石の大きさと作用の大きさは比例しているのだろうということも予測が出来た。
◇◇◇
カペロに乗ってどのくらい経過しただろうか、流れる景色を眺めるのにも少し飽きてきた頃、トーキスさんが店長から渡された弁当を袋から取り出した。
「到着まであと少しだ。今のうちに腹ごしらえだけしとけよ。なるだけ荷物は軽い方がいいしな。」
そう言われ、俺と崇影も弁当を取り出し、蓋を開けた。もう出発から数時間は軽く経過していた。
言われてみれば、腹が減っている。
カペロの中は飲食OKなのか。それも覚えておこう…
店長の持たせてくれた弁当を開けてみると、その中身は期待通り、いや期待以上に完璧だった。
食べやすいサンドイッチを中心に、揚げ物とサラダとフルーツ。
彩りと量も申し分ない。
味は、言うまでもなく絶品だ。
マジでこういう弁当も商品として販売したらすぐに売り切れそうなんだけどな……
そんなことを思いながら昼食を取り終えた頃、カペロの速度が少しづつ緩やかになってきた。
外の景色を見ると、建物はほとんど見えず、背の高い木々の間に小さな家らしき建物がポツリポツリと建っている程度だ。
あとはひたすら長閑な田園風景が広がっている。
走る速度が徐々に落ち、やがてカペロがゆっくりと停車すると、トーキスさんが「降りろ」と手で合図をした。
無事に目的地に到着したようだ。
カペロから降りて周りを見渡すと…草の生い茂った細道の続く通りだった。
「ここからは、一本道だ。着いてこい」
トーキスさんに言われるままに真っ直ぐ雑草を踏み分けながら歩いていく。
後ろを振り返ると、カペロが進行方向を変えて走り出した所だった。
歩いていくうちに周囲の草の背が少しづつ高くなり、やがて道を囲むように低木が並び始めた。
その樹木の身長も、進むにつれ高くなり…いよいよ森らしい景色が見えてきた。




