115.迎撃戦─迫る黒霧
広い採掘場に到着してトロッコを降りるなり、俺は口元のハンカチを外した。
ポケットに持ち歩いていたお馴染みの香辛料で無理やりくしゃみを引き出す。
「はっっくしゅ!」
口元にハンカチを当てて微妙に控えめにしたのは、先ほど坑道内に響いたくしゃみの音が思いの外目立って恥ずかしかったからだ。
「七戸……本当に人間、なの?」
「あぁ、七戸は人だ。そして俺は灰色種だ」
崇影の声に振り向き……雅月は目を見開いた。
「崇影……?」
愕然としている。
先程まで鷹の姿で喋っていた奴が突然こんなデカイ男の姿になったら、そりゃそうなるよな。
「やだ、こんないい男だなんて思わなかった……」
雅月がうっとりと崇影を見上げた。
……って、そっちの反応かよ!!
いやまぁ確かに……雅月は妖だ。動物が人型になっただけでそこまで驚きはしないかもだけど。
「雅月、今はそれどころじゃないだろ」
俺の言葉に雅月は「そうね……」と立ち上がった。
「恐らく、バルトは追って来る。七戸が人間なら、悪いけどあんたに勝ち目は無いわ。崇影も……灰色種なんてあまり見ないけど、要は魔力が無いんでしょ? よく挑もうなんて思ったものだわ」
「けど、俺らはバルトを納得させないといけないんだ。そのためには……勝つしかないんだろ?」
「……っ」
突然、雅月の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「え、ちょ、何で泣いてるんだ……!?」
俺か? 俺が泣かせたのか!?
「何でこんなことになっちゃったの……ウチは、ウチはバルトが隣にいてくれるならそれで良かった。ただ一緒に居たかっただけなのに……」
ポロポロと溢れる雅月の涙は止まる様子が無い。
ど、どうしたらいいんだ!?
泣いてる女の子を慰めるスキルなんて俺には無いぞ!!
俺はオロオロしながら、一先ず雅月の背中を優しくさすってみた。
崇影は、バルトがやって来るであろう洞窟へと警戒を続けている。
「泣かないでくれ、雅月……俺は、二人には無事にオスクリタへ帰ってほしいと思ってる。その、結婚……については、俺じゃどうしようも無いけど。ここで離ればなれになったり、死んだり……それだけは絶対ダメだろ? さっき雅月が言ったように、未来の事は帰ってから考えればいい」
「七戸……」
雅月が顔を上げる。
濡れた睫毛の下で輝く真っ直ぐで純粋な瞳にドキリとした。
「……とりあえず、バルトが向かって来る以上、迎え撃つ。けど、俺はバルトの命を奪うつもりは無いから、協力してくれないか?」
「協力……」
雅月が俯く。
すぐには同意しない……当然の反応だよな。
なんせ俺達は今、雅月にとって大切な恋人を打ち破ろうとしているのだから。
だが、雅月は一つ深呼吸をし、決心したように俺を見上げた。
「分かったわ。七戸、ウチはアンタを信じる。だから……バルトを、お願い」
その強い視線に応えるように、俺はしっかりと頷いた。
「七戸、来る」
くそ、タイムオーバーか。
崇影の言葉で俺は立ち上がり、ホルスターから三口銃を取り出した。
雅月を含めて戦略を練りたかったが……そこまでの猶予はもらえなかったようだ。
この際仕方がない。
雅月を味方につけられただけ良しとしよう。
魔族相手にどこまで俺の戦術が通用するかは分からない。
けど、やるしかない──
俺はぐっと風来石を押し込んだ。
まずは範囲攻撃で迎え撃つ。
相手の出方を見たいところだ……そんな余裕があるかは分からないけどな。
「七戸ぉ!! 貴様、人の女を勝手に連れて行くとはいい度胸じゃねぇか!!」
バルトの怒号が地響きのように採掘場に響き渡る。
と同時に、何か黒い靄のようなものが坑道から湧き出てくるのを感じた。
ものすごく……嫌な気配だ。空気が重い。
体が無意識に強張る。
心臓がドクドクと脈打ち、背筋がゾクゾクする。
俺は意識を持っていかれないよう自分を奮い立たせながら──迫りくる何かよく分からない黒いもやに向かってトリガーを引いた。
バギュンッ!!
鈍い風の銃声がこだまして、カマイタチが黒い霧を霧散させる。
中心にいたのは……黒い翼を纏ったバルトの姿。
その禍々しさに一瞬、息をするのを忘れかけた。
魔族……いや、あれは紛れもなく悪魔だ。
白目の無い真っ赤な瞳。逆立った真っ赤な髪。
白い肌に浮き上がる青白い血管──
バルトは、広げた漆黒の翼で俺のカマイタチを軽く振り払った。
マジか……全く効いてない。
バルトが燃え上がるような怒りのにじむ瞳で俺を見据え、その手を翳した。
あいつ、さっきまであんなに爪長く無かったよな……!?
なんて分析している場合じゃなさそうだ!!
俺は本能的に咄嗟にその場を飛びのいた。
ドゴンッ! と聞いたことのないような低い音が響き、さっきまで俺が立っていた場所にクレーターが出来上がった。
なんっ……っつー攻撃してくんだ、アイツ!!
逃げといて正解だ……マトモに食らったらタダじゃ済まない。
魔力が強いってのは本当のようだな……
俺はドキドキと早まる鼓動を必死で抑えながら次の手を考えようと思考を巡らす。
バルトはゆらり、ゆらり、とゆっくりこちらへ接近して来る。
完全に俺をターゲットにしている。
けど、こっちは一人じゃない。
俺は目だけで辺りを伺い……俺の発砲に紛れてバルトの背後、採掘場の道具入れのような棚の上で身を隠している崇影へと視線を送った。
完全に気配を消しているのだろう。バルトは全く崇影に気付いていない様子だ。
これなら、行けるかもしれない……
俺は再度銃を構え直してハンマーを下げる。
風来弾はほとんど効かなかった……けど、氷結弾が有効とも思えない。
相手が魔力攻撃の場合、もしかして物理攻撃の方が効果的だったりするんだろうか?
──試してみるしかないな。
俺はセットしてあった風来石を再度押してキャンセルし、通常弾へと切り替える。
だが、俺が狙いを定めるより先に──バルトがこちらへ突進してきた。
「うぉぉぉぉぉ!!」
「っ!!」
バルトは獣のように両手を構えて一直線に迫って来る。
長く伸びた黒い爪が不気味に光を反射した。
避けられない──!!!
「くそっ!!」
俺は半ばヤケクソでバルトへ銃口を向けてトリガーを引き、瞬時に態勢を低くして右方向へと身を投げ出した。
致命傷にはならぬよう狙いを慎重に定めるつもりだったが、それどころじゃない。
まず最優先は身を守ることだ。
俺が咄嗟に放った弾丸は真っ直ぐにバルトへ向かったが、バルトは広げていた黒い翼でそれを跳ね返した。
辺りにカラスのような漆黒の羽が舞う。
と同時にバルトの爪は空を切った。ヒュンッと風切り音が鳴る。
……マジか。この距離で、銃弾のスピードに対しての適応力。
早い。
判断力も、動きも……人間のレベルじゃない。
けど──俺は舞い散る黒い羽根に、微かに血液のような物が付着しているのを見逃さなかった。
攻撃自体は有効だ。
つまり、俺の通常弾でも、狙いを外さなければ十分ダメージを与えられる。
俺は数回転がり、態勢を立て直そうとするが、バルトがこちらへ向かって地を蹴るのが見えた。
ヤバイ──!!




