113.最後の通告
◇◇◇
……マズイことになったぞ。
俺は今、非常に焦っていた。
早足でバルト達の元へと急ぐ。
「……七戸、落ち着け」
後ろから崇影にそう声を掛けられるが、落ち着いてなどいられない。
「冷静さを欠いた交渉は裏目に出る」
あくまで平常心な崇影の言葉に、ようやく俺は足を止めた。
ゆっくりと後ろを振り返る。
崇影が真っ直ぐに俺を見つめていた。
「そうだな……確かにその通りだ。ごめん、崇影」
「いや。七戸の焦る気持ちは理解ができる。だが、こういう時だからこそ、落ち着いて行動をすべきだ」
「あぁ……崇影、もし俺がおかしなことを口走るようなら、止めてくれるか?」
「無論。俺はお前の相棒だからな」
「ありがとう。頼んだよ、崇影」
「承知した」
いつも通りの崇影の返答。
それにどこかホッとした俺がいる。
本当に、コイツがいて良かった。
俺は一度深呼吸をして……改めてゆっくり足を進めた。
今俺達は、バルトと雅月を再度説得するために彼らの元へと向かっている。
それ自体はいつもと何も変わらないのだが……
今回は、失敗すれば後が無い。
「おぉ、七戸、崇影。やっぱ来たな!」
嬉しそうに響いたのは、聞き慣れたバルトの声。
「バルト、雅月!」
「遅いじゃん、二人とも。そろそろこの鉱山を開拓して広くしようって、昨日バルトと決めたの。いよいよウチらの計画が動き出すんだよ……! 七戸達にとっても居心地のいい場所になると思うわ」
ふふん、と誇らしげに笑う雅月。
「記念すべき開拓の初手はお前らと一緒にやろうと思ってよ。待ってたんだぜ?」
バルトの瞳はキラキラしている。
「あ、あのさ、二人とも……」
俺はおずおずと口を開く。
言わないといけない。二人に──これ以上ここにいちゃいけないって。
「どうしたんだよ、七戸。これから楽しくなる所なんだぜ? 景気よく行かねぇと!」
楽しそうなバルトの口調が、余計俺にプレッシャーを与える。
「バルト、雅月……ここは、間もなく破壊される」
あまりに躊躇している俺の様子がじれったくなったのか、崇影が静かにそう言った。
「はぁ?」
「何ですって?」
バルトと雅月が大きな声を上げた。
当然の反応だろう。
俺が彼らでもそうなる。
「ちょっと、七戸……どういうことよ!? 説明してよ!」
「適当なこと抜かしてっとぶっ潰すぞ!!」
二人が声を荒げ、今にも飛び掛からんばかりの勢いで俺に迫る。
「いや、適当じゃなくて……本当の話なんだ。だから……」
「何でだよ!! 破壊ってどういうことだよ!! ここはドワーフ達の仕事場なんだろ!? 壊したら困るって話なんじゃねぇのか!?」
「バルト、落ち着け」
崇影が諭すが、バルトは顔を真っ赤にして捲し立てる。
「おかしいだろ!? いよいよこれから! ここからなんだぜ、オレ様達は!!」
「バルト。あんたが言った通りここは『ドワーフ達の仕事場』だ。魔族の国を作るための鉱山じゃないんだよ」
「そんなこと最初から知ってるし!! だからウチらが力で奪うんじゃん!!」
俺は一つゆっくりと息を吐き、なるべく落ち着いたトーンで言葉を繋ぐ。
「だからだよ」
「は? どういうことだよ?」
「バルト、雅月……落ち着いて聞いてほしい」
俺の深刻な様子につられたのか、バルトと雅月は眉根を寄せて口を閉じた。
「さっき雅月が言った通り、ここはドワーフの仕事場なんだ。だけど……あんたらがここを占拠しているせいでドワーフ達は仕事が出来ない」
「だから、何よ?」
どうやら一から十まで説明しなければ理解してもらえないらしい。
相手は一応子供だしな。仕方が無いか……
俺は下手に刺激しないよう慎重に言葉を紡ぐ。
「つまり、ここはもう仕事場として機能していないと、そう判断が下されたんだよ」
一瞬の沈黙。
「……だから、破壊するってか?」
怒りを滲ませながらそう尋ねたバルトに、俺は小さく頷いた。
──そう。俺が今日焦っていた理由は、それだ。
俺達の報告を聞いた店長が下した最終的な結論。
それは、このミタール鉱山を破壊し、閉ざす……という何とも強引な手立てだった。
勿論俺は反論した。
せっかく出来上がっている鉱山をそんな簡単に破壊されてはドワーフ達にとっては大打撃のはずだ。
それに、こうして少しでも仲良くなったこいつらを見殺しにはしたくない。
だが……店長はいたって冷静で、そして一貫してあくまで島の『守護者』だった。
◇◇◇
時は少し遡り──
先日俺達がドラセナショップに帰り、店長に報告をした時のことだ。
俺達の報告を聞いた店長は少し考える仕草をしてから、俺達を見た。
「現在の状況ではミタール鉱山は鉱山として機能を果たさない。加えて魔族の子供がそこを拠点に集落を作るとなれば、ドワーフ達どころか島全体の均衡を脅かしかねない。このままそのバルトと雅月とやらを野放しにしたところでこれ以上の改善は望めない」
そう話す店長の表情は穏やかだった。
「すみません……俺がもう少し上手く話を運べたら……」
自分の無力さを痛感して俯く俺を、店長は決して責めなかった。
「七戸くん、君が責任を感じる必要は無いんだよ。むしろ……ここまで魔族の行動の激化を防ぎ、毎日通って情報を持ち帰ってくれた、君達には感謝をしている。彼らを刺激せず情報を引き出せたのは、君たちのおかげに他ならない」
「種族に関わらず、誰からも信頼されるのは、七戸の才能だろうな」
崇影のその言葉は、フォローなのか、率直な感想なのか……真意は汲み取れないが、とても有り難い言葉だった。
そしてその後店長はこう続けた。
「島のため、ドワーフ達のため、一度ミタール鉱山を封鎖して破壊するとしよう。再建に少し手間は掛かってしまうが、最も分かりやすく有効な手段だ」
「え!?」
その宣言に、俺は返す言葉を失った。
思いもしなかった解決策。
封鎖して、破壊。そして再建……
対策の規模がでかすぎて、現実味が湧かなかった。
「あ、あの……その場合、中にいるバルトと雅月は? 再建って、どうやって……?」
混乱する俺に、店長はいつもの穏やかな笑みで淡々と説明を続けた。
「当然、そこに居座るのであれば、鉱山と共に彼らも消えることになるだろうね。残念ながら、彼らを救うのは私の役目ではない。私は島の民のため、ドワーフ達のために動くのみだよ。そして一度破壊した場所に再び鉱山を再建するのは骨が折れる。新たに鉱山に相応しい場所を探す必要がありそうだね……」
「それが次の仕事になるかな」と店長は微笑む。
穏やかにしか見えない店長の表情と声音。
俺は初めて店長を……この『守護者タウラス』という人物を、怖いと感じた。
「店長、俺に……もう一度だけチャンスを下さい! バルトと雅月に、オスクリタへ帰るように頼んでみます。だから、もう少しだけ……!」
「七戸、それは何度も試したことだ」
懇願する俺の肩を崇影が掴んで止める。
「けど、このまま何も知らないあいつらが鉱山と一緒に殺されるなんて……俺は嫌だ!」
「七戸くん、子供とはいえ彼らはオスクリタの住人。我々とは違う世界の生き物なんだよ」
「違う世界じゃない。だって、触れられる場所にいて、話だって出来る。種族が違うだけです。ネブラを抜けたら異世界なんてことは無いハズだ!!」
「……七戸、店長の言う違う世界とは、価値観についての話だ」
「分かってるよ! 分かってる……分かるけど……」
これ以上どう言えばいいか分からず俯いた俺に、店長は「ふむ……」と腕を組んだ。
「ならば、今回の内容を踏まえて、もう一度だけバルトと雅月に会いに行ってもらうとしよう」
「!!」
俺は思わず顔を上げる。
店長の表情には珍しく笑みが浮かんでいなかった。
稀に見る店長の真剣な表情……その底の見えない瞳に射すくめられ、俺はごくりと生唾を飲んだ。
「さすがに拠点を破壊されるとなれば、彼らも諦めるかもしれない」
「鉱山を破壊というのは、魔族との関係上問題は無いのか? モルガン村長は魔族からの報復を恐れていると見たが……」
口を挟んだ崇影の指摘に、店長は一つ頷く。
「当然、単純にドワーフが魔族の子供と喧嘩になり傷付けたとなれば、オスクリタとの関係に影響する。ただ、今回の事態は放置すれば島の民全体……さらに突き詰めればオスクリタにも不利益をもたらす状況と判断される」
「オスクリタにも不利益?」
俺が首を傾げると、店長は再び頷いた。
「オルタンシアとオスクリタにも交流はある。魔導具がこちらへ流入しているように、ドワーフの掘り出す鉱物や金属、石炭はオスクリタの民にとっても必要な素材だ。それが滞るのであれば、それはオスクリタにとっての不利益に他ならない」
「なるほど、確かに……」
「それを打開する有効な手段として、鉱山を閉じ、新たに立ち上げ直す。これは、オスクリタとオルタンシア……島全体に関わる事柄だ。であれば、魔族も文句は言えまい」
つまり……モルガン村長やドワーフの村民達が直接バルト達に攻撃を仕掛けると魔族達を怒らせる可能性が高いため危険だが、守護者である店長が介入し、破壊せざるを得ない理由を明確にした上でバルト達を排除するのであれば、正当な手段として通用する、ということか……
「分かりました。店長、その話をバルト達に伝えます。それでもその場に居座る選択をした場合は、オスクリタの住人に報告をして強制的に連れ帰ってもらうか、本当に鉱山を破壊するしかない、ということですよね」
店長は微笑んで頷いた。
いつもの穏やかな表情に戻った店長に思わずホッとする。
「崇影……明日、もう一度だけバルト達の元へ行こう。最後のチャンスだ」
「承知した」
崇影は元々この島にいた存在。
俺の考えに同調しかねる部分もあるのだろうが、それ以上は何も言わず、俺に従う姿勢を見せた。
従順な奴だ。こいつのためにも、俺は恥じない自分でいたい。
俺はそう決意を新たにし、翌日に備えた。




