112.出来損ないの集まり
俺と崇影がミタール鉱山へ通い始めて……早一週間が経過しようとしていた。
「七戸くん、今日もお疲れ様だね。ホラ、パン持って行きな」
「あ、ありがとうございます」
道行く顔見知りのドワーフに、バスケットいっぱいに入った白パンを渡され、俺は素直に受け取る。
「崇影さん、ちょいとあの木の上に成っている赤い実を採ってくれないか?」
「承知した」
また別のドワーフに頼まれた崇影はすぐさま飛び立ち、木の実を数個収穫して降り立つ。
「ありがとねぇ。本当、君たちが来てくれて助かってるよ」
「いえ、お役に立てて何よりです」
嬉しそうに笑うドワーフの住人に、俺は何とも言えない気持ちで笑い返した。
毎日ミタール鉱山へ通っていたおかげで、すっかりこのリーテン村の住人達と打ち解け、時には家にお邪魔してご馳走になることさえあった。
とても有り難いことだ。
けど──
申し訳ない気持ちが先に立ち、素直にその好意を受け取れないというのが正直なところだ。
確かに俺達は鉱山の様子を偵察して伝えたり、村の困りごと解決の協力をしたり……出来る範囲の手伝いはしている。
だが、肝心の魔族の子供の件については、未解決のまま。
ミタール鉱山は未だにバルトと雅月に占拠され、使用できない。
それを何とかするための糸口を掴まないといけなんだけどな……
ミタール鉱山内ではバルトと雅月から情報を引き出すため、なるべく友好的に他愛無い話を積み上げている。
なかなか有力と思しき情報は見つからないのだが……
話をしている限りは、バルトも雅月もそんなに悪い奴には思えなかった。
ただ、鉱山をドワーフ族に返してほしいという趣旨の話をすると、すぐにバルトが不機嫌になり、追い出されてしまう。
だから俺は趣向を変えて、何故ミタール鉱山を選んだのか、この先どう発展させるつもりなのか──といったバルトの未来の展望を聞き出すことにした。
「別に、ここじゃないといけないってことはねぇんだ。ただ、オレ様達魔族は明るい場所が好きじゃねえから、こういう暗い場所は都合がいい。それに、ドワーフ達はオスクリタの連中と違って弱気だからな。簡単に奪えるだろ」
そう言って嬉しそうに笑うバルト。
口元に覗く鋭い牙は魔族の証なのだが、こうして少年のような笑顔を見ていると、その牙さえ可愛らしく見えてしまうから不思議だ。
まぁ、見た目は完全に少年だしな。……子供化してる俺に言えたことじゃないけど。
「けど……弱い奴から奪うってさ、ちょっとカッコ悪くないか? オスクリタでは、強さこそが正義なんだろ?」
「……」
俺の指摘に、二人が押し黙った。
「その考え方、好きじゃないのよねー」
雅月がポツリと漏らす。そして「ウチは強くないし」と呟く。
なるほど、確かに……強ければ生きやすいだろうが、弱い者にとってはオスクリタはこの上なく生きづらい場所かもしれない。
「バルトは強いわよ。すごく。けどさ……」
雅月がチラリとバルトに視線を送る。
それを受けたバルトが、小さな溜め息を吐いた。
「オレ様は、弱耐症だからよ」
思い切った様子でそう告げられたが……
残念ながら、オスクリタの住人でない俺にはその言葉の意味がさっぱり理解出来なかった。
えぇと、何つった? じゃくたい、しょう?
なんだ、それ?
俺は思わず崇影を見る。
「弱耐症とは、体が保有している魔力と釣り合わず、生活に支障が出るという、あの弱耐症か?」
ナイスだ、崇影!!
ごく自然に俺への解説をしつつバルトの会話に返答してくれたおかげで、その『弱耐症』という言葉の意味が何となく分かった。
「そうだ。オレ様は、魔力量が多い。故に強い!! だが、体が付いていけねぇんだとよ。だから、周りはオレ様を『出来損ない』って言うんだ。ふざけてんだろ?」
「そうか……ならば俺も、似たような物だ」
不意に崇影が笑ってそう言った。
『出来損ない』という言葉に『半端物』と呼ばれる自分を重ねているのかもしれない。
「オマエも、弱耐症、なのか……?」
バルトが呟いたその瞬間……ふっと、張り詰めていた空気が緩むのを感じた。
雅月も目を見開いて崇影を見つめている。
その視線に敵意は無かった。
崇影、ファインプレーだ……!!
そう心の中でガッツポーズを取った、次の瞬間。
不意に外から僅かな風が吹き込んだ。
口元を覆うために後頭部で結んだハンカチが揺れる。
「はっ……くしょん!!!」
くしょん……
くしょん……
くしょん……
洞窟内にこだまする、俺のくしゃみ。
これはかなりの羞恥プレイだ……と思うと同時に、俺の体は元の……十七歳の姿へと変化した。
やっちまった……!!!
ゴツッ!
「……痛……!」
恐れていた通り、俺は頭を天井で強打した。
この狭い坑道内、この姿ではとても立てない。
ぶつけた頭を手で庇い、うずくまったまま慌てて魔鏡を開いて元の姿へと戻す。
「お前……」
顔を上げると、バルトと雅月が目を丸くして俺を見つめていた。
そりゃそうなるよな……
「何だよ、お前も弱耐症なのかよ」
「へ?」
予想外な言葉に、今度は俺が目を丸くする番だった。
「その妙な変化、どう見たって弱耐症の一種じゃん? 隠しても無駄だし」
雅月はそこで言葉を切り、少し笑った。
「何よ、この中じゃマトモなのはウチだけってこと?」
……ってことは、雅月は弱耐症ではないのだろう。
にしても、俺のこの体質が『弱耐症』?
弱耐症って、そんな見た目の変化もあり得るのか?
「ちなみになんだけどさ、弱耐症って、魔族以外でもなる可能性あるのか?」
思わず浮かんだ疑問をそのまま口にしてみたが、バルトは「何言ってんだ?」といった表情で俺を一瞥した。
「さぁ? 知らねーけどさ、弱耐症は保有魔力量がある程度多くないと発症しねぇんだから、他の種族には無いんじゃね?」
「そ、そっか……」
保有魔力量が多くないと発症しない。
俺は魔力なんて無い。だから、違う、よな……?
弱耐症なんていう特異体質が魔族に存在するというのは初めて知った情報だ。
胸が妙にざわつく。
──いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「雅月は弱耐症じゃないんだな」
「そうよ。てか弱耐症自体そうそう出るもんじゃないし。こんなに集まること自体がレアすぎんのよ」
笑いながら言う雅月。
正確には俺と崇影は弱耐症では無いのだが、今は変に水を差すべきではないだろう。
強い魔力を持ちながら、体がそれについていかないバルトと、自分は強くないと自覚している雅月。
それを知ってしまうと、はっきり『オスクリタへ帰れ』とも言いづらい。
けど、ミタール鉱山はドワーフに返さなければならない。
一体どうすればいいんだ……!?
「にしてもさ、弱耐症ってことは……あんた、実は強いんだ?」
そう言って俺を見上げた雅月の瞳に妖しい光が宿る。
弱耐症=魔力が強いというのが常識なのだとすれば、そう認識されるのは当然かもしれない。
けど……
「え、えっと……」
俺は言葉に詰まった。
魔力なんて持ってない。
とはいえ違うと言ってしまえば、こいつらを敵に回すことになるかもしれない。
俺はどう答えていいか分からず狼狽える。
「オイ、雅月!」
バルトが焦った様子で雅月の腕を掴んだ。
「……何よ」
「お前は、オレ様の女だろ?」
「そうだけど?」
バルトの不安の滲む問いかけに、雅月は即答する。
その返事に頷き……バルトは七戸を睨みつけた。
「お前、雅月に色目使うなよ……?」
「い、色目って……!!」
大きな誤解だ。
そもそも……自分で言うのも何だが、俺にそんな魅力は無いしモテたこともない。
しかもこいつらの見た目は子供。
正直、恋愛対象には入らないよ……なんて、言ったら怒られるんだろうな。
けど、今のバルトの行動が俺に対する嫉妬から来ていることは恋愛偏差値の低い俺でも分かる。
「雅月はバルトのことが好きなんだろ? 俺が付け入る隙なんて無いって」
俺はあくまで明るくそう言うが、バルトはまだ俺を睨んでいる。
……良くない風向きだ。今日はここで退散した方が良いかもしれない。
俺は隣の崇影に目で合図を送った。
崇影は小さく頷く。
「そろそろ帰る時間だし、俺らはもう行くよ。また来るから」
「七戸、オスクリタまで帰るのめんどくない? 良ければ一緒にここで……」
雅月が俺の袖を引こうとしたところで、バルトがその手を掴んだ。
「雅月!!」
「いや、俺達は帰る場所がある」
ごく冷静に答えた崇影の言葉に「……そう」と雅月は腕を下ろす。
「それに、ここじゃちょっと……落ち着かないからさ。バルト達は、平気なのか? こんな何もない坑道じゃ不便なんじゃないのか?」
不便、という部分を強調して伝えてみたが……
「オレ様はいいんだよ。これからここを住みやすく改造すんだから」
と返されてしまった。……それは、マズイな。
バルト達が本気でリフォームを始める前に何とかする必要がありそうだ。
「じゃあ……またな」
俺は軽く手を振り、バルト達の元を後にした──
────
リーテン村に戻ると、モルガン村長が坑道の入り口で迎えてくれた。
いつもより少し遅くなってしまった。
陽が落ち始めている。
早い所ドラセナに戻り、もう一度店長に相談してみるとしよう。




