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111/116

111.信念と約束と現実の狭間で

 そして、それなりの魔力量──戦うとしても勝てない可能性の方が高いってことか?

 挑んで負けたら……ミタール鉱山はバルト達の物になってしまう。

 それはダメだ。絶対に。


「……じゃあ、どうしたら……?」

「そうだね、穏便な方法としては……崇影くんの主のように変装してオスクリタへ行き、占拠している子供たちを連れ帰ってもらえるよう交渉をするか……」

「それは、ダメです」


 思わず食い気味にそう言ってしまった。

 店長が「どうしてだい?」と不思議そうに俺を見つめる。


「あいつら……バルト、雅月と約束をしたからです。オスクリタの住人には言わないって」

「七戸……俺は、お前のその真っ直ぐな正直さが好きだ。 しかしそれは場合によっては不利な状況を生み出す」


 崇影が珍しく言葉を選ぶようにして慎重に俺に言葉をかける。


「……」


 俺は口を噤み、崇影を見つめ返した。

 崇影が言っている意味は分かる。

 俺も馬鹿じゃない。正直に生きることの全てが良いとは限らない。

 けど……


「約束は……守りたいんだよ」


 俺は力なく呟いた。

 分かってる。こんなの、綺麗事だって。


「七戸くん、君の言いたいことは分かる。しかし、相手は我々とは異なる価値観を持つ種族だ。我々の常識は通用しない」

「だとしても、あいつらにも『心』はありますよね? あいつらは、俺が口外しないと約束したから、それを信じて話してくれた。そりゃ、会ったばかりの相手を信頼したあいつらが軽かっただけだって済ませることもできるかもしれないけど……」

「……」


 俺のまとまらない主張に、店長は難しい顔をして溜息を吐いた。

 呆れられただろうか?

 店長は守護者……だとすれば、街に害をなすかもしれない存在に対してこんな情をかけるような俺は足手まといだと思われてしまうかもしれない。


「いや、そうだね……七戸くんの言うことも一理ある」

「え?」


 予想外な言葉に俺は慌てて顔を上げて店長を見る。

 そして隣で同じく驚いた様子で店長を見上げる崇影。


「約束を破ることになるのであれば、他の手を考えよう」

「しかし、穏便に済ませることのできる唯一の方法だ。優先すべきは魔族をオスクリタへ帰すこと。ならば……」


 珍しく崇影が店長に異論を唱えようとする。

 しかし店長はそんな崇影を手で制した。


「崇影くん。君のその冷静な意見は一見、的を射ているようだが……先まで見据えた場合、後々彼らが脅威となる可能性も生まれる」

「……そういうことか」


 崇影は納得した様子で口を噤んだ。


「そういうことって、どういうことだ?」


 俺はイマイチ話についていけずに首を傾げる。


「今もし、彼らとの約束を破りオスクリタの住民に報告をして強制送還したとする。彼らの中には七戸くんに対する不信感が生まれるだろう。今は君たちの事を魔族だと勘違いをしているようだが、同族でないと分かれば……報復に訪れるやもしれない」

「先を見据えるって、そういうことか……」


 確かに、あいつらの怒りを買えば後々何事も起きないとは言い切れないよな……

 魔族は血の気が多いとのことだ。都合の良い争いの口実になりかねない。


「それにね、彼らは『強さ』に従う。恐らく彼らは、今君たちの事を自分たちより下だと考えているだろう。自分より弱い者に計られたとなれば……彼らはそれを許さない」


 淡々と語る店長の言葉に息を呑んだ。

 そうだ、あいつらは俺達を『同胞』だと勘違いして、俺達の言葉に答えた。

 実は同胞ですらなくて、信頼を踏み躙る、自分より弱い人間……そんな認識をされれば、まず間違いなく殺されるだろう。

 いくら修行をしたと言っても、俺は所詮弱い人間。魔力を持ち、生まれながらの戦闘種である魔族に勝てるはずもない。


 振り出しに戻ってしまった。


「じゃあ、解決する方法は……」


「やはり武力で捻じ伏せる、か……」


 崇影が静かに呟いた。

 強さが正義なら、その答えに行き着くのはごく自然だ。けど……


「オスクリタからわざわざ逃げて、他の国を作ろうとしてるんだろ? それに対してオスクリタ流のやり方で強制退去させるってのはちょっとどうかと思うって言うか……」

「甘いな……七戸」


 にべもなく崇影にそう突っ込まれる。

 甘いよな……自覚はある。


「そうだね、七戸くんの考えは甘い。相変わらず君は優しすぎる」


 店長からもそう指摘され、俺は何も言えなくなった。

 俺はこの島の人間じゃない。俺のいた日本は……世界的に見ても、かなり平和な国だ。

 俺みたいな甘っちょろい奴は、この島では生き残れないのかもしれない。


「けれど、それこそが七戸くんの良さでもある」


 店長はそう続けて俺の肩に優しく手を置いた。

 俺は店長の顔を見上げる。深い群青の瞳が真っ直ぐに俺を見つめていた。


「オスクリタの考え方に嫌気がさして逃げて来た子らにオスクリタのやり方で制裁を加えたとしても、彼らの中の不満は消えない。再び同じことを繰り返す可能性はある」


 店長の言葉に俺は頷く。

 

「あいつらは、ミタール鉱山を占拠してはいますが、現状ドワーフに直接の危害を加えてはいません」


「なるほど、確かにね。力で制圧するのなら……すでにリーテン村に被害が出ているはずだ」


 そこで言葉を区切り、店長は顎に手を当てて目を瞑り、何かを思案し……

 一つ、溜め息をついた。


「よし、ここは七戸くんの勘を信じて、もう少し説得を試みるとしようか」


「説得など……出来るとは思えないが」


 崇影はあくまで『戦って倒す』方向で考えているらしい。

 この島に馴染んでいるからこその発想なのだろうが、相変わらず物騒なやつだ……


 「崇影くんの感覚は私も理解出来る。島の者であればそうなるのが当然だ。だからこそ、この島の常識を覆すことは七戸くんにしか出来ないだろう。それに……魔族の子らには何かまだ他の理由もあるのかもしれない……七戸くん、申し訳無いのだが、引き続き調査をお願いしてもいいだろうか?」


 店長に遠慮気味にそう投げられ、俺は「はい!」としっかり頷いた。

 俺としても気になる点がいくつかある。

 バルトと雅月は現状俺と崇影を仲間だと認識しているため、上手くやればもう少し詳しい情報を聞き出せるかもしれない。

 必要な情報は全て集める。

 その上でベストな解決法を見つけ出したい。

 被害を最小限に抑えるためにも。


 そうして俺と崇影は、その翌日からリーテン村の奥、ミタール鉱山へ通い詰めることとなった。

 

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