110.価値観の壁
坑道から出た俺達を、モルガン村長が再びグリフでドラセナショップまで送り届けてくれた。
そして「どうかよろしく頼みます」と深くお辞儀をし、颯爽とグリフォンに跨りリーテン村へと帰って行った。
俺は勇敢なグリフォンの後ろ姿を見送りながら、どうすべきかを考えていた。
主要な産業である鉱山を使えないのは困るだろう……一日でも早く解決したいところだ。
◇◇◇
「なるほどね、魔族の子どもがミタール鉱山を利用して新しい国を作ろうとしている、と……」
カウンターに立ったまま、俺の報告を聞いた店長が腕を組んで呟いた。
ちなみに子供化していた体はモルガン村長と別れてすぐに香辛料で強制的にくしゃみを誘発して元に戻した。
崇影も、ドラセナショップに到着した時点で人間の姿に戻っている。
「ちなみに……魔族って、具体的にはどんな種族なんでしょうか? 基本的な知識としては調べたんですけど、イマイチ理解できなくて……」
俺の問いかけに、店長が微笑んだ。
「そうだね、七戸くんには馴染みの無い種族だろうから、少し説明をしようか」
「はい、お願いします!」
「一言に魔族と言っても色々な種類がいる、ということ程度は知っているかな? 悪魔、アンデッド、ヴァンパイア、妖……この街に様々な種族が暮らしているのと同様に、あちらの村にも色々いるんだ」
「ヴァンパイアにアンデッド……」
様々な種族がいるというのは知っていたが、そんなホラー映画の定番みたいな奴らも存在するのか……名前を聞いただけでも危険な香りがする。
いや、先入観を持つのは良くない。
俺の常識はこの島の非常識だ。
「それってやっぱり……危険な種族なんですか?」
俺が恐る恐る尋ねると店長は少し微笑む。
「危険と言えば危険だが、上手く接すればそうでも無い、という所かな?」
危険だけど、上手く接すれば危険ではない……?
それだけでは全く掴めない。
けど……本当に危険な種族なら、先ほどのミタール鉱山で会った魔族──バルトと雅月も、俺に対して即攻撃を仕掛けていたかもしれない。
話が通じるだけマシなことは間違いない。
それに、オスクリタの住人に内緒で別の国を作ろうとしているということは、バルトと雅月はそもそもオスクリタに馴染めていなかった可能性も考えられる。
「彼らと我々の大きな違いは、価値観にある。オスクリタでは『強さ』が最も強固な基準となり、強いものが権力を持ち、弱い者はそれに仕える」
「強さ……」
俺が調べて得た情報とそこは完全に一致している。
それに、あいつら──バルト達もそんなこと言ってたな……
力の強いものが奪うのは当然のことだとか何とか……
「オスクリタには中心地に闘技場があってね、何か揉め事が起きた際にはそこで決闘が行われる」
「闘技場に決闘……!?」
「あちらの住人は血の気が多い。戦いを好むからな」
隣に立つ崇影がそう口を挟んだ。
強さが基準なだけじゃなく、元々争いが好きなのか……それは厄介だ。
俺はこの先の交渉に不安を覚える。
「崇影は……魔族について、詳しいのか?」
俺が投げかけた質問に、店長も目を細めて崇影をじっと見つめた。
「あぁ……いや、詳しいと言うほどでは……」
珍しく崇影が言葉を濁した。
「接したことはある、という認識で間違いないかな?」
店長が柔らかくそう尋ねると、崇影は微かに頷いた。
「正しくは……主人が魔族と接する所を見ていただけだが……」
「崇光さんが? 崇光さんって……人間なんだよな?」
「あぁ」
人間だけど、魔族と接していた?
この島ではそういう状況も珍しくは無いんだろうか?
俺だったら……何となく積極的に魔族に関わりたいとは思えないんだけどな。
「その崇光という男……恐らく変装をしていたのだろう?」
考え込んでいた俺を導くかのように店長がポツリとそう言った。
「!!」
崇影が驚いて顔を上げる。
変装──なるほど、確かに……崇影が妖だと思い込まれたことでバルト達の警戒が和らいだ。
魔族に見えるよう変装をすれば、問題なく交流が出来るということか。
俺は崇影に視線を向ける。
「そうだ。崇光は魔族に警戒されぬよう姿を変え、オスクリタへ赴いていた」
「けど、何でわざわざ変装してまでオスクリタに? 何か用事があったのか?」
疑問に思って尋ねるが、崇影は俺に視線を合わせたまま、口元を手で覆い、静止した。
話すかどうか、迷っているように見える。
「……まぁ、今はその話は置いておくとしよう。今回の依頼に必要な情報ではないからね」
挟んだ店長の言葉に「それはそうか」と納得した。
今は無駄話をしている場合ではない。
「今回のような状況で、あいつらを説得するには……どうするのがベストなんだろうな」
呟くように言った俺の言葉に、店長は小さく息を吐いてから、俺の目をじっと見た。
「七戸くん。残酷なことを言うようだが……」
その真剣な眼差しに、俺は無意識にごくり、と生唾を飲んだ。
「説得は、諦めた方がいいかもしれない」
「え!?」
諦める? 何で?? それじゃあ解決できないじゃん……
困惑する俺の肩に、崇影の手が置かれた。
「俺も、同感だ」
「崇影……なんで?」
俺は意味が分からず店長と崇影の顔を交互に見る。
「いいかい、七戸くん。先ほど説明した通り……オスクリタの住人にとっては『強さ』が全ての指針なのだよ。話し合いで解決をする、という文化はあまり一般的ではない」
それって……つまり、占領されたミタール鉱山を取り返すためには、あいつらより俺達が『強い』ことを示す必要があるってことか?
強さを示す──つまり戦って勝て、と……
「……」
俺は何と答えたら良いのか分からず、俯いた。
そんなの、めちゃくちゃだ。というのが正直な感想。
けど……それが、オスクリタ流のやり方。
そして恐らく、オルタンシアでは今までもその方法で解決が成されて来たのだろう。
「無論、七戸くんに戦って勝て、と言うつもりは無いよ。必要に応じて護衛隊の派遣を依頼しよう」
微笑んで店長が言う。
護衛隊……俺達がスリに会った時に現れた、あの警察みたいな人達のことだ。
その口ぶりから察するに、魔族の子供を倒せる程度には強いのだろう。
「けど、会話は出来たんです。事情は聞き出せたし、相手は俺と崇影をオスクリタ側の住人だと思い込んでる。だったら、もう少し話せば分かってもらえたりしませんか? それにあいつら、まだ子供なんですよね?」
「……七戸……」
崇影が困ったような顔で俺を見る。
店長は腕を組み、何かを考えているようだ。
「そう、相手は子供だ。と言っても……恐らく生きている年数としては七戸くんや崇影くんの倍以上にはなるだろう。となれば、それなりの魔力を保有している。万一の場合に君たちに被害が及ばないとは言い切れない」
「倍以上、ですか……」
婚姻の話をしていた時点で、見た目通りの年齢ではないだろうということは予測がついたが、俺の倍以上……軽く三十歳は越えているのか……
何と言うか、複雑だ。
見た目は俺よりずっと幼かったのに。




