108.小さな侵略者
俺は子どもの姿をキープしたまま、崇影は鷹の姿のまま……モルガン村長についてリーテン村のさらに奥へ向かって歩いていた。
小道の脇には均等に街路樹が植えられており、綺麗に剪定されている。
サイズもドワーフサイズに整えているのだろう。村の外で見た木々と比べて全体的に低く揃えてある。
その小道から少し外れた場所に、その坑道はあった。
苔生した岩肌にポッカリと穴が開き、その周囲を木材で補強してある。
中を覗くと、壁には等間隔に松明が括り付けられているのが見えた。
天井の高さは、恐らく百五十センチ程度。
子供化した姿なら屈まなくても問題は無さそうだ。
「ここが我がドワーフの誇る『ミタール鉱山』の入り口なのだが……足場があまり良くは無いのでな。注意をしながら着いてくるんだよ」
「分かりました!」
俺は足元と、もう一つ──口元にも注意をすべきだろうな、と考える。
万一くしゃみが出て、こんな狭い場所で元の姿に戻ろうものなら──
狭いトンネル内で姿が戻り、立つことも出来ない自分の姿が脳裏に浮かぶ。
ん? そのシチュエーション、どこかで見たな……
あぁ、アレだ。不思議の国のアリスだっけか?
急に巨大化するシーンがあった気がする。
いやいや、マジでそんなことになったら──モルガン村長に迷惑が掛かる。
何か対策をしておかないとだな……
俺は咄嗟にポケットのハンカチを広げた。鼻と口を覆うようにして後頭部でしっかり縛る。
これでマスク替わりにはなるだろう。
低い階段を五分程度降りていくと、少し開けた場所に出た。
ドワーフ達がこの場所で休憩を取ったりするのだろう。小さなテーブルと椅子が置いてあり、中央にランタンが掛けられている。
周囲にはツルハシやシャベル、斧などが立てかけられているのも見えた。
そして奥には小さなトロッコがあった。
だが、『使用禁止』と貼り紙がしてある。
「この線路の先に、その魔族の子どもがいるんですか?」
「うむ……耳を澄ませてみてごらん」
モルガン村長に言われるままに、俺は奥へと続くトンネルに耳を傾けた。
僅かに空気が震えている。トロッコは動いていないのに、ビリビリと響く微かな音がする。
「この音って……?」
「魔族の笑い声だな」
俺の疑問に、崇影が答えた。
そう言われてみれば確かに、笑っているかのような空気の震え方だ。
「魔族か……」
一応の基礎知識として、この島では魔族がどのような存在なのか程度は調べてある。
陽の光を嫌い、暗い場所を好む種族。
それ故にネブラの洞窟は魔族にとっては快適な環境で、魔族の村『オスクリタ』が洞窟の奥にあるのはそのためだ。
俺はまだそのオスクリタを訪れたことが無いため、何となくのイメージでしか認識をしていないのだが……
ちなみに魔族、と一言に言っても種族は様々で、ネブラに住む闇属性の種族を総称して『魔族』と呼んでいるらしい。
主な種族は「悪魔」「妖」「魔獣」…他にも、俺が襲われたような小型モンスターやゴブリンといった種族も存在しているとか。
悪魔や妖と言った高位種族であれば言葉によるコミュニケーションは可能で、魔族=悪とは限らないが、目的の為には手段を選ばないという特徴があるため、残忍なイメージが定着しているようだ。
そして個々の保有する魔力量が他の種族と比較して多いというのも脅威の一つ。
だからこそ、高度な魔道具のオリジナル品を生み出すことが可能なのだろう。
俺が身に付けているコンパクトと三口銃……これも、魔族が作った物なのかもしれない。
──そんな魔族の、子ども。
しかも説得を既に試みているのであれば、恐らく言葉の通じる高位魔族であることはまず間違い無い。
モルガン村長が頭を抱えるのも無理はない。
子どもと言えど、人間の俺よりはずっと魔力もある。下手に刺激をするのは危険だ。
だがこのまま放置するわけにもいかない。
「とりあえず、話をしてみます」
俺はトロッコを飛び越えて線路に降り立った。
崇影も軽く羽ばたいてトロッコを飛び越え、当然のように同行する姿勢だ。
「ではワタシも……」
「いえ、村長はここにいて下さい。」
俺は崇影に続いてトロッコを飛び越えようとしていた村長を抑止した。
「今は俺も子どもです。コイツは鳥だし……子どもと鳥なら、警戒もされにくいと思うので、一旦俺達だけで様子を見てきます。」
出来るだけ刺激はしたくない。
崇影も俺に同意し小さく頷く。
一人だったら心細くて躊躇ったかもしれない。けど今は崇影が一緒に居てくれる。
だから、俺は大丈夫だ。
「そうかね……すまないね、ではワタシはここで待っているよ」
「はい。行ってきます!」
俺は不安な胸の内をかき消すようにわざと明るく言い、笑顔を作った。
魔族と相見えるのは初めてのことだ。怖くない、と言ったら嘘になる。
けど──相手は子どもだ。
それに、俺はこの島に来て人間以外の様々な種族と関わり学んだ。種族が違っても仲良くなれる可能性は十分あるはず!
俺と崇影は、仄暗いトンネルの中を、線路に沿ってゆっくりと進んで行く。
ジャリ、ジャリ……と線路の周りに敷き詰められた石が音を立てる。
空気を震わせる魔族の子ども達の笑い声が近付いてきた。
遠くからだと空気の振動としてしか伝わらなかったが、近づくにつれ、その音の輪郭がハッキリして来る。
男の笑い声と、女の笑い声、それが重なって聞こえている。
人数は多くない。
俺と崇影は視線を合わせて目で合図をした。
目的地が近いことを肌で感じる。
妙な冷気が肌に張り付くような感触が、じっとりしたネブラの空気感を思い起こさせる。
──ふと、笑い声が止んだ。
空気がピンと張り詰めるのを感じる。
恐らく、向こうもこちらの気配に気付いたのだ。
足音を殺そうにも、これだけ石が敷き詰められていては、音を出さずに移動するのは不可能だ。
灯火の元に、人影が揺らめいているのが確認出来た。
──二人いる。
思っていたよりは少ない。
「おい、誰か来たんじゃね?」
「ドワーフの村長でしょ……どうせ仲間になってくんないんだし、追い返そ」
ひそひそと小声で話しているつもりなのだろうが、トンネルの中では声が反響する。
その内容は俺の耳にまではっきり届いていた。二人はそれに気付いていないのだろう。
俺は、一つ深呼吸をした。
「七戸、大丈夫だ。お前の思うようにやれ」
崇影がさり気なくそう呟いて背中を押してくれる。
俺は小さく頷き、真正面から二人に接近した。
「こんにちは!」
眉間に皺を寄せ、威嚇するようにこちらを伺う、赤い髪の少年。跳ねた短髪の間から、小さな角が覗いている。
……鬼? いや、背中に翼がある。
恐らく悪魔の種だ。
真っ赤な瞳は燃え滾るように俺を睨みつけている。
こりゃ随分警戒されてるな……敵意丸出しだ。
下手に刺激すればすぐに飛び掛かって来るだろう。
俺は隣にいるもう一人の魔族に視線を移した。
長い白髪を後ろで一つに束ねた少女。
肌が透けるように青白く、瞳は銀色。角は無い。
尻尾のような物が背後に見える……こっちは妖か。
俺の脳内の知識ではだいたいの見当しかつけられないが、特徴から推測するに悪魔と妖のペアだと思われた。
妖の少女は赤髪の少年に寄り添いながらも、こちらを睨みつけている。
どっちも簡単に説得出来そうにはない。
確かに厄介な雰囲気だな……
俺は二人に近づき過ぎないよう立ち止まり、敵意が無いことを大袈裟なくらいアピールしながら笑いかけてみた。
「あんたら、ココで何してんだよ?」
「何って、テメェこそ何しに来たんだよ? ここはオレ様達が作る新しい国の拠点だ、邪魔しに来たんならぶっ殺す!」
えええええぇ!?
何て言うかもう……ノリが完全にヤンキーじゃないか。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! ここはドワーフ族の鉱山だぞ? 勝手に新しい国の拠点になんて……」
「煩いわね、力ある者が弱い者から奪うのは当然のことでしょ? ドワーフ達はアタシ達にびびって挑んでも来ないじゃない。 だったらココはアタシ達の物よ。部外者が口出さないでくれる?」
──魔族だ。
何ていうか、考え方が魔族っぽい。
「あんた達にはオスクリタがあるだろ? なんでさわざわざこんな鉱山のトンネルなんかを占拠してんだよ? せめて理由を教えてくれないか?」
俺の必死の問いかけに、二人は顔を見合わせた。




