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106.リーテン村の苦悩

 

 温泉から帰り、俺は再びドラセナでのバイト生活へと戻った。


 温泉で起きた、一回限りの体質の変化については結局まだ何も糸口が掴めないままだ。

 リネットちゃんはアリエスさんと一緒に温泉の効能や影響について調査や実験を行ってくれている。

 エレナちゃんとレオンさんもまた、星鏡石について調べておいてくれるとの話だ。

 

 俺も──自分で出来る範囲の調査や研究は継続的に行っている。

 店長、崇影(たかかげ)の協力を得ながらだが、リネットちゃんからもらった薬草ノートも活用しつつ調合や魔道具の実験を繰り返している。

 ただ……確かな変化を感じたのは、やはりあの温泉での一件のみだった。

 

 ちなみに、トーキスさんによる戦闘訓練は終了したが、朝の崇影との筋トレだけは今も継続している。

 なんせ温泉で見た他のメンバー達の体つきと自分の体格に差がありすぎたからな……

 たかだが三ヶ月鍛えただけの俺なんか、まだまだだと思い知らされた。

 さすがに店長クラスには届かないとしても、もう少し自分の体に自信が持てるレベルにしたいところだ。

 

 特訓を始めた時と比べればこなせる量が格段に増えた。

 それに合わせ、行う特訓メニューのレベルも少しずつ上げてもらってはいる。

 けど、これだけじゃ足りないんだろうな……

 今度トーキスさんに狩りに同行させてもらえるよう頼んでみるか……


 そんなことを考えながら店番をしていた時だった。


 カランカラン。


 来店を知らせるベルが鳴った。


「いらっしゃいませ!」


 俺は笑顔を作り、声を張り上げて来店客を迎える。

 我ながら、接客も随分板について来たと思う。

 

 来店したのは立派なシルバーグレーの髭を蓄えた、小柄な年配の男──恐らくドワーフだ。

 身長は俺の腰辺りまでしか無いが、ずんぐりとした貫禄のある体は、相当筋肉質に見える。

 この島の男はムキムキがデフォルトなんだろうか……?


「おや、モルガン村長。お久しぶりだね」


 商品確認を行っていた店長が、そう言葉を掛けながら直々に出迎えた。

 村長ってことは、あのドワーフは偉い人なんだろう。


「タウラスさん、お久しぶりです。実は困りごとがありましてな……聞いていただけませんかね?」


 髭をゆったりと撫でながら眉をへの字に曲げて言うモルガン村長の言葉に、店長は笑顔で頷き「こちらで聞きましょう」と奥の打ち合わせコーナーへと促した。


七戸(ななと)くん、すまないが、飲み物の準備をお願い出来るかな? 村長には濃いめのコーヒーを」

「了解です!」


 俺はすぐさまカウンター奥の給湯コーナーへ行き、二人分のカップを温める。

 店長にはいつもの紅茶、モルガン村長には来客用の上等なコーヒーを濃いめで。

 この島に来る前はせいぜいインスタントコーヒーくらいしか淹れたことが無かったが、接客の一環として紅茶の淹れ方も、コーヒーの淹れ方も店長から教わった。

 生活能力も順調にスキルアップしているぞ、俺!!


 トレイに二人分の飲み物を用意し、茶菓子も添えて打ち合わせスペースへと向かう。


「このままでは我々も仕事が出来んので参っていましてな……何とかしてもらえないでしょうか?」


 モルガン村長が店長にそう頼み込んでいるのが聞こえた。

 俺は話の邪魔にならないようそーっとサイドテーブルにトレイを置き、二人の前にカップとソーサーを並べる。


 ドラセナショップには、たまにこういった困り事の相談も舞い込んでくる。

 俺が初めて店に来た際に店長が『よろずや』だと答えたのは、そういう意味も含めてのことだったのだろう。


 モルガン村長の言葉に少し考えるような仕草をした店長が不意に俺の方へ視線を向けた。


「七戸くん、今回の依頼だが……君に一任してもいいだろうか?」

「へ?」


 突然の指名に、素頓狂な声が出た。

 

「えっと、すみません。話を聞いていなかったんですが……どんな依頼ですか?」


 今までも、迷子になったペットや落とし物の捜索くらいなら手伝ったことはあるが、わざわざ俺に『一任してもいいか』などと確認されるのは初めてだ。


「この島にドワーフの村があるのは知っているね?」


 店長に確認され、俺は脳内に島のマップを思い浮かべた。地理を覚えるために穴が空くほど地図を眺めたため、だいたいの位置関係は頭に入っている。

 俺が前に訪れた図書館の少し東奥にドワーフ族の集落……『リーテン村』があったはずだ。


「はい。リーテン村ですよね」

「うん、しっかり覚えられているね。では、リーテン村の産業といえば何か知っているかい?」

「えっと……」


 俺はもう一度地図を脳内に呼び起こす。確か村の奥に大きな鉱山が描かれていたな……


「炭鉱……ですか?」

「間違ってはいないね。主に掘るのは金属類だが、石炭も採れる」


 俺はホッと胸を撫で下ろした。テストをされている気分だ。


「それが、どうやら現在滞ってしまっているらしくてね。いたくお困りのようなんだ」

「滞ってるって、どうしてですか?」


 俺の問い掛けに、モルガン村長はコーヒーを一口啜ってから口を開いた。


「採掘場に向かうトロッコが動かせない状況なんですわ……」


 はぁ、と大きなため息を吐くモルガン村長。

 疲れの浮かぶ表情。困り果てている様子が見て取れる。


「トロッコの線路上に、どうしたことか数日前から魔族の子供達が居座っちまいましてな」

「魔族の子供!?」

「そうなんですわ。少しすりゃいなくなるだろうと放っておいたんだが、ちっとも居なくなりゃしない」


 魔族の子供……そもそも魔族なんて、まず街では見かけない。

 魔族の住処といえばネブラの洞窟の奥、オスクリタのはずだ。

 それが何でリーテン村の採掘場に居座ってるんだ? 状況がよく見えない。


「下手にトロッコを動かしゃ魔族の子供に直撃だ。そうなったらあいつら逆上して何をしでかすか分からんのでな……怖くて手出しも出来ない」

「退いてもらえるよう説得は出来ないんですか?」


 そう尋ねると、モルガン村長は首を横に振った。


「話はしたさ。だけどこっちの主張を聞いてもくれねぇでよ。堂々巡りさ」

「それは、大変ですね……」


 相手は魔族。下手をすれば戦争になる。

 だから穏便にことを運ぶ必要があるってことか……

 

 けど、こんな責任重大な依頼を何で俺に……? 

 正直──どう解決したら良いのか見当もつかないんだが……


「七戸くん、君には非常に申し訳無いのだが……」


 店長が言い辛そうに俺を見つめた。

 え、何? 何か嫌な予感……


「子どもの姿となって、現地へ赴いて確認して来てもらえないかな?」

「えぇ!?」


 予想外な言葉に、思わず目を瞬かせる。

 わざわざ子どもの姿になって、現地に……? 何で?


「残念ながら、リーテン村はドワーフのための村だ。私が入村するとサイズの違いから迷惑が掛かる。それだけならまだしも……採掘場へ向かうトンネルは、私では入れないんだ」

「あ、なるほど……そういうこと……」


 ドワーフは、身長の低い種族だ。

 リーテン村はドワーフが暮らしやすいように整えられた集落……つまり、建物をはじめとする全ての環境が、小さく作られているということか。

 成人ドワーフの平均的な身長は百三十センチ程度…俺が子供化した時のサイズとあまり変わらない。

 それに対して店長の身長は百八十センチを軽く越えているため、リーテン村では巨人状態だろう。

 ましてや、採掘場へ向かうトンネルとなると、そりゃ入れないよな……

 俺を指名した理由がよく分かった。

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