104.島最強の四天王
「おぉ、気持ちいいぞ……!!」
思わずそう声が漏れた。
浸かっているのが足だけとはいえ、湯の温度が程良くて快適だ。
しかも……何か香料が入っているのだろうか? 先程浸かっていた温泉よりもフルーツのような柑橘系の香りが強い。
「先ほどの湯とは随分違うな……」
崇影もそれを感じ取ったのか、不思議そうに足元を覗き込んでいる。
「ここの足湯はフルーツのオイルを溶かし込んでいるそうです。先ほどの大浴場は鉱石や薬草由来の湯質ですから、性質としては全く別物なんですよ」
「へぇ……! さすがだな、リネットちゃん」
「あ、いえ……すみません、私ったらまた……」
「いや、もっと聞かせてよ。だって、そこに俺の体質に関わるヒントがあるかもしれないんだろ?」
俺の言葉にリネットちゃんは少し目を見開き……嬉しそうに笑った。
それを見た瞬間、俺の心臓がドキンと大きな音を立てる。
リネットちゃんの笑顔が可愛かったから……
それはそうだ。
でも、それだけじゃない……
湯衣姿が色っぽいから?
いや、そうでもなくて……
俺はリネットちゃんの碧の瞳から目が離せなくなっていた。
鼓動だけがドキドキと早まる。
え、何だ? これ……
「じゃあ、少し説明……しますね」
リネットちゃんは湯に視線を移し、掌で軽く掬ってからこの足湯の効能について説明をしてくれた。
けど……何故か全く頭に入ってこない。
チラチラと湯衣の隙間から覗くリネットちゃんの艶やかな素肌が、俺の心を更にかき乱す。
耳は確かにリネットちゃんの声を捉えているのに、まるで何かの旋律を聞いているかのような、そんな気分だった。
「……なるほど、わかりやすいな」
崇影の言葉で俺はようやく我に返った。
ヤバい。全然理解出来なかった!!
けど、聞いてなかったとは言えない。
……こうなったら、後で崇影にこっそり聞くしかない。
「そういえばさ」
俺は話題を変えるために、気になった疑問を口にすることにした。
「店長とアリエスさんとレオンさんって、仲良しなんだな……ちょっと意外だった」
俺がそう言うと、エレナちゃんが大きな目で俺を見つめた。
「あれ? 七戸……もしかして、知らないの?」
「へ? 何を?」
「幸木は島の住人じゃねぇから無理もねぇよ」
「そっかそっか、だからドラセナで住み込みバイトなんてことが出来るわけだね!」
……ん?
それって、どういう意味だ?
俺は思わず崇影を見る。
「店長……タウラスは、この島の守護者の一人だと聞いている」
「守護者?」
「あぁ、やっぱタカは一応知ってんのか……」
「守護者って、何? それと三人の関係にどういう繋がりが……?」
話が全く見えずに俺は首を傾げる。
「守護者。この島を守るに値する力を持つ者に与えられる地位です。そして、アリエス先生、レオンさんも同じく守護者なんです」
「えっと……つまり、強い人に与えられる勲章的な?」
「ま、間違っちゃいねーな。簡単に言やぁ『島最強の四天王』っつーやつだ」
「島最強の四天王!?」
驚いて発した声のデカさに自分で驚いて、俺は思わず口を塞いだ。
そんな話、店長は一言も教えてくれなかったぞ!?
いや……俺が変に気を遣ったり萎縮しないよう、敢えて言わずにいたのかもしれないな。
店長はそういう人だ。
にしても、俺も俺だ……図書館で島についてアレコレ調べて『知った』つもりになっていたが、まだまだ知識が足りないと思い知らされた。
「ん? じゃあもしかして七戸は、タウラスさんの本当の名前、知らないんだ?」
エレナちゃんの言葉に、俺は首を傾げた。
「名前? 店長の名前はタウラス、だろ?」
そう答えた俺の言葉に、隣の崇影が静かに口を開いた。
「第一守護者『タウラス・ファースト・アルデバラン』……だったか?」
崇影が静かに口を開く。
……な、なんだって!?
長すぎて一発では覚えられそうにない。
「店長、名字あったんだ……」
「って言っても、名前の後にサブネームが付くのは一部の権力者だけなんだよね。ちなみにおじいちゃんはレオン・サード・レグルス」
エレナちゃんが続ける。
レオンさんも、そんな長い名前だったのか……
「アリエス先生はアリエス・セカンド・ハマルですね」
リネットちゃんがそれに続く。
「えぇぇぇ……初耳なんだけど」
こんな長い名前三人分一気になんて、どう考えても覚えられないんだが!!
……けど、待てよ。ファースト、セカンド、サードってことは、もしかして強い順とか、権力順になってたりするんだろうか?
だとすれば、店長は……もしかして、島最強の男!?
さっき崇影も『第一守護者』て言ったしな……可能性は高い。
いや、確かに……あの鍛え抜かれた体と、トーキスさん&崇影を同時に一瞬でぶっ飛ばした謎の力。
納得は出来る。
俺……知らなかったとはいえ、すげー人に雇ってもらってたのか……!!!
……ん? ちょっと待て……
「四天王ってことは、もう一人いるんですか? もしかして、トーキスさん……?」
俺の素朴な疑問にトーキスさんが「アホか」と馬鹿にしたような視線を俺に向けた。
「んなわけねーだろが。もう一人はダークエルフのジェミニだよ。ジェミニ・フォース・カストル。あんま姿は見せねぇけどな」
「へぇ……」
つまり、店長達クラスの強い人物がもう一人いるってことか……
何か、カッコいいな……『四天王』!! 響きだけでもう格上の特別感がある。
元々店長に対する憧れはあったが、そんな話を聞いてしまっては、俺の中の厨二心が疼かずにはいられない。
アリエスさんも、ただの変わった女医さんじゃなかったってことが証明された。
そりゃあリネットちゃんも崇拝するわけだ。
レオンさんのあの貫禄と眼力も、説明がつく。
偶然とはいえ……すごいメンバーが集まったものだ。
島に訪れた早々に店長に声を掛けてもらえたのが相当幸運だったんだよな、きっと。
そして店長側からしても俺が『無知』だから声を掛けた。
もし店長がそんな偉大な存在だと知っていたら……とても住み込みバイトなんて引き受けられなかっただろう。恐れ多すぎる。先程のエレナちゃんの言葉の意味がようやく理解出来た。
「あれ? そういえば、その四天王メンバーにセイロンさんは入らないんですか? 森で最強の存在なんですよね?」
俺の素朴な疑問にトーキスさんが「あぁ」と溜息混じりで答えた。
「あいつはあくまで『カルムの森』を守る存在。限定的なモンだ。言うならカルムの森も守護者の守護対象内。背負う規模が違ぇんだよ」
「規模が違う……」
その言葉で、ますます店長たちの存在が偉大なものになった。
あのセイロンさんでさえ、店長達には歯が立たないということなんだろうか……
「って言っても、今はこの島も平和だからね。四天王が駆り出されることなんてまず無いよ。おじいちゃんなんて「早く引退したい」って口癖みたいに言ってるんだから」
とエレナちゃんが笑って言う。
「今は平和ってことは、平和じゃない時があったんですか?」
俺の疑問に、エレナちゃんとトーキスさんが顔を見合わせた。
トーキスさんはすぐにふい、と顔を逸らしたが、エレナちゃんは困ったような笑顔を作って俺を見た。
「まぁ、ね……色々大変な時期もあったんだよ」
「崇影はそれ、知ってるのか?」
「いや……俺も話でしか知らない」
「私も、アリエス先生からの話でしか……エレナさん達は寿命の長い種ですから、私たち短命種よりきっとずっと様々なことを乗り越えて来たのだと思います……」
小さな声でポツリとリネットちゃんが言った。
そうか……寿命が長いということは、それだけ様々な局面に触れるということ。
島の歴史と共に歩んできたということ。
俺が見ているオルタンシアはとても穏やかで平和な島だ。
だが……そこに行きつくまでに壮絶な歴史があったのかもしれない。
俺の暮らしていた日本でさえ、俺が生まれるよりずっと昔には戦争をしていたくらいだ。
それも、同種族同士で……
オルタンシアにはこれだけの他種族が共生しているのだから、戦争が起きてもおかしくないよな、と改めて思う。
エレナちゃんの様子からして、これ以上詳しく追及するべきではないだろう。
今度また、図書館で歴史書を調べるか……
俺はその後他愛無い話題へと話を切り替えて、その場の空気を何とか戻すことに成功した。
疲労回復と懇親のためだけに訪れた温泉だったが……
俺はキャパを越える程の情報を与えられ、正直癒されたのか疲れたのか分からない状況で帰路に着くこととなるのだった……
これにて、第二章が終了となります。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます!!
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第三章も丁寧にゆっくり物語を積み上げて参りますので、引き続きお付き合いいただけますと嬉しいです。




