103.足湯は脱ぐものではありません
広間での食事の後、店長、アリエスさん、レオンさんは「まだ飲み足りない」と、施設内のバーへと姿を消してしまった。
残されたのは、俺、崇影、リネットちゃん、トーキスさん、エレナちゃん。
「トーキスは飲みに行かなくていいの?」
エレナちゃんが小首を傾げて尋ねると、トーキスさんは「行くかよ」と吐き捨てた。
「アリエスと飲むのなんざ勘弁だ。つーか、別に酒は好きじゃねぇ」
「そっか、トーキスが好きなのはセイロンが作ったお酒だけだったね」
「おい、その言い方はヤメロ」
「セイロンさんってお酒作ったりするんですか?」
俺は思わず二人の会話に割り込んでしまった。
セイロンさんと酒。何となくイメージが一致しなかったのだ。
最終試験で、セイロンさんが実は見た目より怖い人というのは分かったが、それでもあの神々しいまでの清らかな雰囲気に『酒』は合わない。
「もしかして……聖酒、ですか?」
リネットちゃんが珍しく身を乗り出した。
薬師の血が騒ぐ、というやつだろうか……
『聖酒』──なるほど、それなら納得が出来る。
だが、エレナちゃんはニコッと笑ってかぶりを振った。
「違う違う。聖酒はご神木の樹液から作るポーションでしょ? セイロンがいつも作るのは森の熟した木の実を絞った液を発酵させて作った果実酒。あたしが未成体卒業した時にセイロンとソラが振舞ってくれたんだよね。普通の果実酒だよ。採れた果実で作るから、日によって味が違うの」
「へぇ……」
カルムで実った果実で作る果実酒か………美味そうだ。それは是非飲んでみたい。
俺も、数年後には二十歳だ。そうしたら、セイロンさんに頼んでみよう。
そんなことを考えていると、エレナちゃんに「それよりさ!」と声をかけられた。
「皆で足湯行かない? ここ、屋上に足湯があるんだよ!」
言って嬉しそうに笑うエレナちゃん。
皆でってことは、男女一緒に入れるってことだよな?
つまり、足だけとはいえ、リネットちゃんと一緒に湯に浸かれるってことだ!
俺の鼓動が僅かに早まる。
行きたい!!
「あしゆ? ……とは何だ? 飲み物か?」
隣の崇影が大真面目な顔で俺に尋ねる。
コイツは……足湯を「白湯」の親戚だとでも思ってるんだろうな……まぁ、鳥らしい発想と言えなくもない、か?
「足だけ浸かる温泉のことだよ。足を温めるだけでも全身温かくなるらしいぞ」
俺の説明に崇影は「そうなのか……」と驚いた様子だ。
相変わらず無駄に博識な癖にこういう常識の部分だけ抜けてるんだよな、コイツ。
「体が温まるだけでは無いですよ。足の先を温めることで冷え性やむくみの改善、自律神経も整いますし、免疫力も上がります。勿論疲労回復効果もありますし、リラックス効果もありますから」
ずいっと人差し指を立てたリネットちゃんが崇影に向かってやや早口にそう捲し立てる。
完全に仕事スイッチが入ってるな……目がキラキラして自信に満ちている。
その剣幕に、崇影が一歩後ずさった。珍しい構図だな……ちょっと笑える。
「リネット、興奮しすぎだよ! ほら、崇影がびっくりしてるから!」
エレナちゃんがカラカラと笑ってリネットちゃんの肩を叩いた。
その言葉に、リネットちゃんがハッと息を呑んで動きを止める。
「ご、ごめんなさい……!! 私ったら、また……!」
「あはは、ホント面白いよね、リネット!」
エレナちゃんがそう言いながら俺の方を向き、続ける。
「聞いてよ七戸。さっきもお風呂でね……」
「え、エレナさん……それは言わないで下さい……」
リネットちゃんがエレナちゃんを止めようとその腕を掴む。エレナちゃんはその手を両手で握り返した。
「いいじゃん、活き活きと喋るリネット、可愛くてあたしは好きだよ」
「エレナさん……!?」
真っ直ぐなエレナちゃんの言葉に、リネットちゃんの顔が真っ赤に染まる。
何だろう、この癒しの空間は……
風呂上り女子二人の可愛いやり取り、ずっと眺めてられそうだ……
「おい、目的忘れてんだろ……先行くぞ?」
呆れた様子で口を挟んだトーキスさんがさっさと歩き出す。
「ちょっと待ってよ、トーキス!! 皆で一緒に行こってば!」
エレナちゃんが慌ててトーキスさんを追いかけ、残りのメンバーもそれに続いた。
何て言うか……平和だ。
二日前まで死に物狂いで森を駆け回っていたのが噓のようだ。
◇◇◇
屋上にある足湯は、見晴らしの良い公園のような景観だった。
周囲には程よく植物が植えられており『ザ・憩いの場』といった雰囲気だ。
「すげー! めっちゃいい感じだ!!」
「でしょ? 入ろ入ろ!!」
言いながらエレナちゃんは裾をくるくるとたくし上げて軽く縛り、湯の中へと足を踏み入れる。
……ってちょっと待て!!
突然露になった白い太ももから、俺は思わず目を逸らした。
エレナちゃん、それはちょっと裾上げすぎなんじゃないか……? サービスなのか!?
目の保養になる……いや、目のやり場に困るんだが……
だが当の本人は全く気に留めない様子で足湯の淵に座ってこちらへ笑顔を向け「早く早く!」と手招きをしている。
その無邪気さがまた……何て言うか、ずるい。
「はしゃぎすぎだっつーの……」
トーキスさんは溜息を吐きつつも、ごく自然にエレナちゃんの隣に腰を下ろした。
「そういうトーキスだって、何気に楽しんでるんでしょ? さっきだって随分長風呂だったじゃない?」
「あぁ? レオンと戦術について話し込んでたんだよ」
「口実でしょ? だって本当に興味無ければ一緒に足湯なんて来てくれないじゃん?」
「うるせー奴だな、テメェは」
セイロンさんといい、エレナちゃんといい……これだけ可愛い子に近付かれても動じないトーキスさんの感覚が俺には理解出来ない……
「七戸さん、崇影さん、タオルをどうぞ。私たちも入りましょう」
リネットちゃんが、用意してあったタオルを俺と崇影に手渡してくれた。
「あ、ありがとう」
「これが足湯か……」
そう呟き、湯衣の結び紐を解こうとしていた崇影の手を俺は慌てて止めた。
「崇影! ここは、足だけ浸かる湯だ。脱がなくていいから」
「……そうなのか?」
「トーキスさんも脱いでないだろ!」
「……承知した」
リネットちゃんは崇影に背を向け、耳まで真っ赤になっている。
何てことしてくれてんだ崇影の馬鹿野郎……!
まだ未遂で済んだのが救いだけどな……鷹には羞恥心ってもんが備わっていないんだろうか?
それに、コイツのこの傷だらけの体を見たらリネットちゃんもきっと驚くだろう。
「おいでよ、七戸、崇影!」
エレナちゃんに呼ばれ、俺たちは湯に足を浸け……エレナちゃんとトーキスさんの向かい側に腰を下ろした。




