102.青空色の乾杯
皆で食事を、という店長の提案で訪れたのは立食ビュッフェ形式の広間だった。
広い空間を縁取るように周囲に様々な料理が並んでいる。
テーブルや椅子が無いため、好きな物を皿に取って好きな場所で食べろということらしい。
立食ビュッフェなんて初めてだ。
どこぞのお貴族のパーティーにでも来たようでドキドキしてしまう。
並んでいる料理は、パスタやポトフ、ミートローフといった俺でも馴染みのある物から、果物のようなカラフルな具材がどっさり乗ったピザのような物、ワインレッドのスープ、真っ黒なパン……など初めて見る物もたくさんあった。
「お飲み物は何になさいますか?」
ウェイター姿の獣人族のお兄さんがイラスト入りのメニュー表を差し出してくれる。
「えぇと……水……」
「水だって? 何て味気ない。私がキミにぴったりのカクテルを選んであげよう」
どこから現れたのか、アリエスさんが俺の言葉を遮ってウェイターに注文をしようとする。
「ちょ……待って下さい! 俺、未成年なので、お酒飲めないんです」
「ミセイネン? 何だい、それは?」
慌てて止めた俺の言葉にアリエスさんが目を丸くする。
未成年っていう感覚はこの島には無いんだろうか?
「先生、前に説明しましたよ。この島でいう『未成体』のことです。アルコールを飲ませちゃいけないんです」
アリエスさんの後ろから顔を覗かせたリネットちゃんが、そう補足を入れた。
『未成体』……そうか……様々な種族が共に暮らす環境では、年齢で区別すると成長の度合いに大きな差が生まれるよな……
だから『年齢』ではなく体の成長度合いに応じて『成体』『未成体』で分けているのか……
リネットちゃんの言葉を受けて、アリエスさんは俺をまじまじと見つめ……微かに目を細めた。
「あぁ、OK、OK。そうか……君はまだ『少年』なのだね」
「……」
少年。アリエスさんの言葉に悪気が無いことは分かるが、子ども扱いされたことが少し悲しい。
俺はもうすぐ十八。一応成人年齢目前なんだけどな……
てか、医者だろ? 確認もせず酒を進めちゃダメじゃないのか?
何となく面白くなくて顔を背けた俺を、アリエスさんが覗き込んだ。
「つまり君はまだこれから成長する段階にある、と……」
「ま、まぁ……」
アリエスさんは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「それは楽しみだねぇ。イイ男になるんだよ……何なら私が手解きをしようか……」
「え……」
妖しく輝く蒼い瞳に見据えられ、俺は息を呑んだ。
「アリエス、君の好きなステーキがこちらにあるよ」
「何だって? それは見逃せないね」
俺に手を伸ばしかけていたアリエスさんは、後ろから響いた店長の一言で足取り軽く料理の置かれたテーブルへと駆けて行く。
た、助かった……
ふと顔を上げると、店長が俺に軽くウインクを送ったのが目に入った。
店長──!!!
これは……落ちる。
俺が女だったら間違いなくイチコロだろう。
店長は何事も無かったかのように踵を返し、颯爽とアリエスさんとレオンさんの元と歩いて行った。
カッコイすぎるだろ、店長……!!
その向こうでは、珍しく崇影がトーキスさんと並んで食事をしているのが見えた。
あの二人──仲良くなれたのか?
喧嘩が勃発しないか不安になってしまうが、険悪な雰囲気には見えない。
とりあえず、心配は無さそうか……
「七戸さん、あの……先生がすみません」
リネットちゃんの声で俺は我に返る。
振り向くと、申し訳なさそうに俯いているリネットちゃんの姿があった。
リネットちゃんが責任を感じることじゃないのにな……律儀な子だ。
むしろ、普段からあの人の尻拭いのようなことをしているのかと思うと同情さえしてしまう。
苦労が絶えないだろうな……
「いや、俺は全然大丈夫だよ。面白い人だよな、アリエスさん。あれで名医ってんだから、人は見かけに寄らないよな」
努めて明るくそう答えると、リネットちゃんの表情も和らいだ。
「ふふ、そうですね……でも、誰に対しても好意を向けられる先生だからこそ、この島の人達も皆先生に気軽に頼ることが出来るんだと思います」
「なるほど、それは確かにそうかも……」
「七戸さん、お酒は飲めないかもしれませんが、ノンアルコールにも美味しい飲み物はありますよ。一緒に飲みませんか?」
「おぉ、それは是非!!」
リネットちゃんが後ろに控えていたウェイターに何かを伝えると、獣人のウェイターは透き通った水色のサイダーのような液体の入ったグラスを二脚持ってきた。
それを慣れた様子で手に取り、一方を俺に手渡してくれる。
「あ、ありがとう……」
こういうのは俺がリードすべきなのだろうが、如何せんこの場のルールが分からなすぎて何もできない自分が情けない。
「この島のフルーツを使ったノンアルコールカクテルです。飲みやすいですよ」
リネットちゃんが柔らかい声でそう説明し、微笑んで俺の方へグラスを掲げた。
「「乾杯」」
二人の声がピッタリと合い、思わず笑い合う。
俺はそっとその青空を溶かしたような炭酸を口に含んだ。
シュワっと口内で気泡が弾ける。
柑橘系の香りと、果実の甘味が広がった。
「うま……!!」
「お口に合って良かったです」
飲み物が本当に美味しかったというのも勿論あるが、それ以上に……リネットちゃんが俺に対して自然に接してくれていることが嬉しかった。
他愛無い話をしながら、俺とリネットちゃんは並んで料理のテーブルへ向かう。
島での生活がまだ短い俺に、リネットちゃんは料理や飲み物の説明や、食材、薬になる野菜や果物についてあれこれと教えてくれた。
その後、俺たちは他のメンバー達の元へと合流し、先ほど中途半端になってしまっていた俺の体質の変化についてにあれこれと討論を交わした。
……と言っても、確実な治療法へ辿り着くには、状況が不確定すぎる。
現状分かっていることを整頓しただけ、というのが正しいところだ。
天空の湯で水鏡に映り、俺は変化したが、いつもよりも症状が緩和されていた。
だがそれは一度きりだった。
天空の湯は鉱石による治癒効果、水質自体の効能はあれど、今まで体質が変化したという例は無い。
──ここで、行き止まりだ。
レオンさん、エレナちゃんは石のスペシャリストとして、『星鏡石』についてもう少し調査をすると言ってくれた。
アリエスさんとリネットちゃんもまた、医療、薬のスペシャリストとして水質の効能や鉱石との相性、相互効果について実験をしてみると言ってくれた。
こうして多くの仲間が俺の変な体質の事を本気で治そうと協力してくれている。
それはこの上なく有難くて……同時に、お世話になりっぱなしの状況が申し訳なくなってくる。
俺も……自分で色々探ったり実験したり、もっと積極的にしていかないとだな。
「七戸、あまり焦る必要は無い。いずれ答えは出るだろう」
肩に手を置かれて振り向くと、崇影がどこか心配そうに俺を見ていた。
「ありがとう、崇影。そうだよな……いつか絶対解決する。いや、解決させる。変に焦って空回りしないよう気を付けるよ」
「あぁ。俺の事は、いつでも使ってくれ」
「使ってくれ、って。あんたは、俺の執事じゃなくて、相棒で、親友だろ?」
俺の言葉に、崇影は目を細めて微笑んだ。
俺もつられて笑顔になる。
崇影は……日に日に『人間らしく』なっている気がする。
出逢った時はマネキンかと思うほど乏しかった表情が、少しずつだが変化するようになった。
まだ周りから見れば『不愛想な奴』だと言われるが、それでもだいぶ変わったと思う。
多分、俺も変わったんだろう。
まだまだ未熟で周りに助けられてばかりだが、この島に来た時より俺は俺が好きになった気がしている。
体質治療の道のりはまだまだ遠そうだが……
この島に来て良かった。
今俺は心からそう感じていた。




