101.距離感崩壊事件
「……星鏡石か。水面が反射したのは鉱石によるものだろうな。しかし体質への影響となると、どのような関連があるものか……」
レオンさんが興味深そうに呟く。
そうか、レオンさんは石の店の店長。
鉱石については誰より詳しいはずだ。
鉱石のスペシャリストと、治療のスペシャリスト、薬のスペシャリストが揃ってるって……もしかしなくてもめちゃくちゃ凄い面子なんじゃないか!?
「何にせよまず、もう一度縮んだ際にどうなるかを確かめたいね」
店長にそう促され、俺は頷いて魔鏡を取り出した。
湯衣姿だが、この魔導具だけは忘れないよう風呂上がりにしっかり身に着けておいて正解だ。
蓋を開いて自分の姿を映し出す。
瞬間、ギュッと潰される感覚……
けど、いつも程は縮んでないはず!!
と思って瞑った目をゆっくり開き……
「あれ……?」
予想したより視界が低かった。見慣れた高さだ。
いや、縮む度合いが軽いなら、視界の高さもいつもよりは高いはず……じゃないのか?
俺は店長たちを見上げる。
「……」
店長、崇影、アリエスさん、リネットちゃん、エレナちゃんの五人は、無言で俺を見つめていた。まるで時が止まったかのように。
え、何? それ、どういう反応??
「何も変わってねーじゃねぇか」
呆れた声でその場の空気を崩したのはトーキスさんだった。
隣に立つレオンさんも首を傾げている。
「変わって、ない……??」
俺は慌てて自分の両手を見る。小さい。
もう何度も見ているサイズだ。
そんな馬鹿な!!
もう一度魔鏡を覗いて確認してみる。
「変わってない……」
映っていたのは、七歳程度の少年──
体の力が抜け、俺はその場に膝をついた。
「そんな……いや、でもさっきは確かに……」
頭が混乱する。
確かに、さっきはもう少しマシだったんだ。
それは俺だけじゃなくて、店長と崇影も見ていた。証人はいるんだ!!
……だよな?
急に自分の直前の記憶が不安になり、崇影を見る。
崇影は難しい顔をして俺を見つめていた。
「一回きりの改善だったということか?」
「もしくは、あの温泉に映った場合のみの反応という可能性もあるね……」
店長もうーん、と腕を組む。
二人の反応を見る限り、やっぱり俺の記憶違いなんかじゃない。
けど、今は元通り……いつもと変わらない小さな子供の姿になってしまったということか……
はぁ、と溜息を吐いた俺の前に、白く細い手が差し出された。
「大丈夫です、きっと……先ほど特異体質が改善されたのは何かしらの理由があるはず。それを探りましょう、一緒に」
柔らかい声が降ってくる。
顔を見上げると、白い湯衣の女神がいた……
「リネットちゃん……」
俺は差し出された手を取り、一先ず立ち上がる。
そうだよな、元よりそんな簡単に治るなんて思っちゃいない。
この程度で気を落としてどうすんだ、俺。
「そうだよ、一瞬とはいえ改善されたって、すごいことじゃん!! とりあえず前進ってことで喜んでいいんじゃない?」
立ち上がった俺に、眩いばかりの笑顔を向けてくれるエレナちゃん。
ポジティブだな……でも、確かにその通りだ。
今までは手がかりゼロ。でも、今回の変化の原因を追究すれば……もしかしたら何か掴めるかもしれない。
そう思うと、そこまで落胆する必要も無いと思える。
「ありがとう、リネットちゃん、エレナちゃん。そうだよな……これって前進だよな。落ち込んでる場合じゃないよな!!」
「その通りだ、七戸少年。それらの要因を探るためにも我々プロという存在がある。なぁ、リネット。ここは医療のプロとしてその腕前を大いに活かすとしようじゃないか!」
アリエスさんがニカッと笑って、俺の肩に手を掛けた。
そのままぐいっと引き寄せられる。
「うわっ!?」
「うんうん、子供化した姿も実に可愛い……リネットが引き寄せられるのもよく分かるねぇ」
「アリエス先生!! 近いです!!」
至近距離で顔をまじまじと見つめられてドキドキしている俺の肩を、リネットちゃんが後ろから引っ張った。
「わっ!?」
子供状態の俺の体は、リネットちゃんの力でも簡単に動かされてしまう。
そのままふわり、と柔らかい感触に背中から受け止められた。
いい匂いが鼻をくすぐる。
え、ちょっと待てよ……この感触って、まさか!?
と状況を理解しかけたところで
「はっくゅん!!!」
タイミング悪くくしゃみを爆発させてしまった……
「きゃっ!!」
リネットちゃんに抱き留められていた俺は、そのまま元の姿へと戻り……
一瞬にしてリネットちゃんが後ろから俺に抱き着いているような悩ましい構図が出来上がった。
「あ……」
リネットちゃんの腕がそっと外れる。
これは……めちゃくちゃ気まずい。
目の前のアリエスさんは楽しくて仕方が無いと言った様子でこちらを眺めている。
そっと背中から離れる温かい感触。
俺は恐る恐る振り返る。
そこには顔を耳まで真っ赤にして俯くリネットちゃんの姿があった。
「あ、あの……ごめん、リネットちゃん……」
「いいえ!! いいえ!!!!」
リネットちゃんは俯いたまま両手を前に出してぶんぶんと左右に振る。
そして……そのまま凄い勢いで後ずさった。
俺から逃げるかのように。
は、早い……
「すみませんでした!! 私……抱き着くつもりじゃ……!!」
「わ、分かってる!! 分かってるから」
慌ててリネットちゃんの言葉を否定するが、リネットちゃんは俺から距離を取って俯いたままだ。
そんなに距離を取られるとちょっと傷つくんだけどな……
「あはははは!!!! 何やってんのリネット、七戸! 二人とも面白いんだけど!!」
気まずい雰囲気を勢いよくぶち壊してくれたのは、エレナちゃんの笑い声だった。
「お、面白いって……」
「オイ、笑いすぎだろ……」
トーキスさんがエレナちゃんを軽く小突いた。
「え〜面白くない? ……てかトーキスはもうちょっと人生楽しんだ方がいいよ?」
何故かエレナちゃんの話の矛先がトーキスさんへ向く。するとアリエスさんもトーキスさんに詰め寄った。
「それは言い得て妙だね。同感だよ! もっと欲に素直になるべきだ!」
「アリエス、お主はもっと理性を持つべきだ」
横から突っ込みを入れたのはレオンさん。
だがアリエスさんは気にも留めない。
「おやおや、欲を抑えて生活するなどごめんだね。我々竜族は自由こそ正義だ」
「お主はそうしてすぐに種族のせいにする」
「あ〜……うっせぇな、てめぇら」
「……七戸、大丈夫か?」
崇影が、俺にだけ聞こえるトーンで声を掛けてくれた。
「あぁ、俺はいいけど、リネットちゃんが……」
「大丈夫です……お見苦しい所をお見せしてすみませんでした」
周りのドタバタで気が紛れたのか、リネットちゃんも冷静さを取り戻したらしい。
こういう時大人数ってのは助かるな……
エレナちゃん達はまだ何やら賑やかにわいのわいの盛り上がっている。
「さて……仕切り直すとしようか」
よく通る店長の一声で皆が静まった。
さすがタウラス店長。相変わらずのカリスマぶりだ。
この協調性の無いメンバーを見事にまとめられる人物は他にいないだろう。
「いつまでもこんな場所で討論を続けたところで意味はない。せっかくの慰労会だからね。皆で美味しい料理でも食べながら楽しく座談会というのはどうかな?」
「おぉ、いいねぇ、タウラス。やはりイイ男というのはよく気が利く。弟くん、君も……そしてそこの崇影青年も、もう少しタウラスを見習うべきだ」
「俺もなのか……?」
不思議そうに首を傾げる崇影に、俺は苦笑いを返すことしか出来なかった。




