100.湯上がり騒動
「ふむ、なるほどね……」
アリエスさんは俺の話を聞いて腕を組んだ。
温泉から上がった俺たちは、温泉後の集合場所として指定してあった大広間でアリエスさん達女性陣と合流し、事の顛末を説明した。
先に受付にいた施設職員から天光の湯の成分についての情報だけは教えてもらったため、それも含めての報告だ。
「不思議なこともあるんですね……」
リネットちゃんが小さく呟き、チラリと俺を見る。
視線が絡み、ドキリと俺の鼓動が跳ねた。
湯上りのリネットちゃんは格別に……いつもの五割増しで魅力的だった。
施設に用意されていた湯上りの着衣は、浴衣のような前合わせの簡易的な服。
『湯衣』と呼ぶのだと店長が教えてくれた。
男性用はシンプルな甚平のようなツーピース式、素材は柔らかい麻で出来ており、色のバリエーションが豊富に用意されていたため、俺は普段着ているジャケットに近いブルーグレーを選んだ。
置いてあった羽織も念のため羽織って来た。
ちなみにサイズは元々の体に合わせて大きめを選んである。
店長は深い紫、崇影は茶を着用している。
トーキスさんとレオンさんは……まだ姿が見えない。
意外と長風呂なんだな、トーキスさん……
俺はそっとリネットちゃんの姿を盗み見る。
女性用の湯衣はどうやらワンピース型になっているらしい。
リネットちゃんは生成色、アリエスさんはワインレッド、エレナちゃんは桜色の物を身に纏っている。
胸の下あたりで革紐でラフに縛られ、いつもは片側ハーフアップ団子が定番の栗色の髪は、今はサイドでゆるやかな三つ編みにまとめられている。
ほのかに香る石鹸のような香り。まだ乾ききっていない髪が頬や耳にかかる様がどうにも色っぽくて直視できない。
「天光の湯に使用されている鉱石は『星鏡石』ということですが……星鏡石は高い治癒とリラックス効果、血行促進などが主な効能ですね。魔力を持つ種族であれば、魔力の回復といった効果もありますが……他に、体に何か変化はありますか?」
リネットちゃんに顔を覗きこまれ、俺は言葉に詰まる。
「え、えっと……他は……疲れが取れたくらい、かな……」
しどろもどろながらそう答えると「ふーん……」とエレナちゃんが人差し指を自分の顎に当てた。
「まぁ、それは正当な効果ってことだよね。まずは、元に戻ってからもう一回鏡を見てみたらいいんじゃない?」
言いながら、立てた指をピンッと俺に向ける。
「エレナ嬢の言うことも一理あるね。今後縮むたびにこのサイズなのか、それとも毎度サイズが違って来るのか……そのあたりも確認すべきだ」
珍しく落ち着いた口調でアリエスさんがそう続け、俺の目の前に来るとニッと笑った。
「というわけで、七戸少年、鼻を拝借」
「え?」
何を言われたのか理解するより前に、アリエスさんが手に持っていた羽ペンで俺の鼻をくすぐり……
「っくしゅん!!」
俺の体は無事に元に戻った。
「うん、戻るときは今まで通りだね」
店長が安心した様子で頷く。
「ならば次は再び縮んだ際にどうなるか、だな」
と続けたのは崇影。
何か……本人置いてけぼりで話が進んでないか!?
いや、こうして皆が俺のことをあれこれ考えてくれるのは嬉しい。
ものすごく嬉しいが、情報量が多い上に展開が早すぎて付いていけないぞ……
「何やってんだ、オマエら」
背後から呆れたトーンのトーキスさんの声がした。
振り向くと、深緑の湯衣姿のトーキスさんと、ダークグレーの湯衣姿のレオンさんが立っていた。
あまり髪を乾かしていないのだろう。トーキスさんはフェイスタオルを肩にかけ、雑にゴシゴシと髪を拭いている。
「遅いよ、トーキス! 今ね、七戸の体質が……って、ちょっと!」
状況説明をしようと振り向きざま口を開いたエレナちゃんが、トーキスさんの姿を見るなり大きな声を上げた。
「あぁ?」
トーキスさんが怪訝な顔をする。
「ちゃんと髪拭いてこなかったの!? 背中濡れてるって!!」
言いながら小走りにトーキスさんの元へと駆け寄るエレナちゃん。
だがトーキスさんは面倒そうに顔を歪めたままだ。
何て勿体ない……!
あんな可愛い子に「背中濡れてるよ?」なんて言われて駆け寄られた日には……俺だったら即落ちる自信がある。
けど、そこはさすがトーキスさん。可愛い女子相手でもデレる気配がない……
「別にほっときゃ乾くだろ」
「湯上がりに体濡らしたら風邪引くって。ほら、後ろ向いて!」
「おい、エレナ、何……」
「拭いてあげる。ついでに、背中が濡れないように髪束ねるから、じっとしてて」
「余計なお世話だっつーの」
「すぐ終わるから!」
エレナちゃんはトーキスさんの後ろへと回り、慣れた手つきでトーキスさんのウェーブ掛かったラベンダーの髪を丁寧に拭き取る。
そして腕に巻いていたピンクのゴムで素早くトーキスさんの髪を束ねた。
う、羨ましい……!!
俺も髪長いし、やってもらえないだろうか……
ふと隣を見ると、同じようにポカンと二人のやりとりを眺めているリネットちゃんがいた。
俺の視線に気付いてか、こちらを向く。
目と目が合った。
「……な、仲が良いんですね」
「そ、そうみたいだな」
何となく気まずくて視線を逸らしてしまう。
「七戸も髪を束ねた方が良いんじゃないのか?」
後ろから崇影にそう声を掛けられた。
「縛ってやろうか?」と言わんばかりの崇影の視線を、俺は慌てて手で制した。
「俺はいいよ、しっかり乾かして来たし……邪魔になれば自分で出来るから」
「そうか」
崇影は静かに頷いた。
俺は心の中で密かに「お前かよ!」と突っ込みを入れてしまった。
いや、崇影の気遣いは有り難い。けど……わざわざ男に髪を結ってもらっても嬉しくないんだよ。
ちなみに今、俺の髪はすっかり伸びて、鎖骨あたりまで長さがある。
それだけの期間、この島で暮らしているということなんだよな……
「んで、何の話だって?」
エレナちゃんが作業を終えた所でトーキスさんが改めて口を開いた。
「実は……」
俺は後から合流したトーキスさんとレオンさんに分かるよう、状況を説明した。
先程天光の湯に入った際、湯船に映った姿を覗いたが、縮み方がいつもと違っていたこと、もしかしたら温泉の効能に体質治療の手掛かりがあるかもしれないこと。




