5.初めてのおつかい②
「して、ユーザーカードは?」
静かにそう聞かれ、焦った。
「ユーザーカード? えっと、ユーザーカードって」
今までの店ではそんなの一言も聞かれなかったぞ。
「出発時に店長から渡されただろう」
焦っている俺に、隣から冷静なツッコミが入る。
おかげで思い出した。
そうだ、確か1軒だけ証明のカードが無いと購入出来ない店があるって言ってたな…
慌ててズボンのポケットから店長に渡されたカードを取り出した。
「大切なカードだから、絶対に無くしてはいけないよ」と念押しまでされて、プレッシャーを与えられた、重いカードだ。
そんな重要な物の存在を何故忘れていたんだ、俺は…
「これですか?」
白髪のエルフに手渡す。
白髪のエルフはじっとカードを見て、カードの上に手をかざした。
すると、一面真っ黒だったカードがポッと光り、タウラス店長の顔とドラセナショップの情報らしき物が映し出された。
…ハイテクだ。どういう仕組みになってるんだ…?
「不思議そうだね。ユーザーカードのことも知らなかったみたいだし…もしかして、七戸はこの島の住人じゃないの?」
横から、エレナちゃんが口を挟む。
島の住人にとっての常識も、来たばかりの俺にしてみたら知らないことだらけだ。
こういう所でも、すぐに島の人間じゃないってバレるんだな…
「はい。俺、まだこの島に来たばっかで…色々分からなくて。迷惑かけます。すみません」
ペコリと頭を下げた俺に、エレナちゃんは笑った。
「堅いよ! 気にしなくても大丈夫! 初めて来た場所なんだし、知らないこといっぱいあるのは当たり前でしょ? そんなんで迷惑なんて思わないから。それに、あたし相手に敬語使わなくってもいいよ。疲れちゃわない?」
元気な声と屈託のない笑顔に癒される。
この子となら、何となくすぐに打ち解けられそうだ。
「ありがとう…エレナちゃん」
「どういたしまして! 仲良くしようよ。ウチもドラセナさんにはいつもお世話になってるからさ。お互い様ってことでね。」
…良い子だな、エレナちゃん…
そんなやり取りをしている間に、白髪のエルフは無駄のない手つきで棚からいくつかの商品を取り出し、カウンターに並べた。
俺も崇影も商品の注文はしていないため、恐らくそのユーザーカードに購入品についての情報も入っていたのだろう。凄い技術だ。
「入り用なのは、これで全部か?」
「えーと…崇影、大丈夫そうか?」
隣の崇影に確認を取る。
なんせ、俺にはこのカウンターの上の物体が一体何なのかがさっぱり分からないからな…
見た感じ、天然石と水晶って感じなんだけど、店長のメモによると、『魔晶石』『炎晶石』『光石』という物らしい。
崇影は出された商品を一通り確認し、頷いた。
「問題無い。これで頼まれた物は全て揃った。」
「良かった! ありがとうございます!」
会計を済ませ、ユーザーカードを受け取ると、エレナちゃんが慣れた手つきで商品を紙袋に入れてくれた。
普段から店の手伝いをしていることが伺い知れる。
「毎度ありがとうございました〜! 気を付けて帰ってね」
エレナちゃんが笑顔で手を振る。
看板娘も伊達じゃないな…あんな笑顔で見送られたら、また足を運びたくなってしまう。
「ありがとう、エレナちゃん。」
「タウラスにもよろしく伝えておいてくれ」
白髪のエルフからもそう声を掛けられ、「分かりました!」と答えて、俺たちは店を後にした。
「なぁ、崇影。何であの店だけはカードが必要だったんだ? 会員しか買えない、みたいな感じなのか?」
来た時と同じように薄暗い路地を歩きながら、隣を歩く崇影に尋ねてみた。
「会員…とは何だ? 今購入したのは、魔力の宿った石だ。魔石類は、資格が無ければ購入が出来ない。使用方法によっては危険が伴ったり、他人に害を与える可能性があるからな」
「そういえば、店長が魔道具を扱う資格を持ってるって言ってたな…」
「あぁ、魔石は魔道具に属性や効果を与えるために使用される物だからな」
「へぇぇ…つまり、悪用されないために資格証があるってことか…」
何となく、分かった気になる。
確かに魔力の込められた石さえあれば、魔力の無い俺みたいな人間でも魔法のような事が出来るのだと考えれば、使いようによっては物凄く危険かもしれない。
それにしても…
「崇影、詳しいな。それって、この島では常識なのか?」
崇影は元々は鷹だ。この島で長く生活をしているとしても、鳥がここまで街の細かいルールを理解している物なのだろうか…と、ふと疑問に思った。
とりあえずコイツが鳥の中でもズバ抜けて知能が高いことは間違い無さそうだ。
崇影は俺の言葉に一瞬動きを止め、考える仕草を見せた。
「常識…かどうかは俺にはよく分からない。」
ポツリとそう呟く。
その雰囲気から、何となくそれ以上詮索すべきではない気がする。
出逢った時の状況から考えても、コイツが訳ありなことはまず間違いないからな…この話題はここまでにしよう…。
そう考え、別の話を振ろうと顔を上げた次の瞬間。
「七戸、避けろ!」
突然、崇影が声を張り上げた。
「え?」
ドンッ!!
右肩に強い衝撃。
何かにぶつかった。
黒い影が、目の前を素早く通過する。
どうやら路地から出た所で、道を走ってきた人物に追突されたらしい。前方を見ると、走り去る男の後ろ姿があった。
いや、ぶつかったんだから何か一言言えよ…
「七戸、大丈夫か?」
「あぁ…って、あれ?」
怪我は何ともないのだが…右手に抱えていた、石の袋が無い。
まさか…!
慌てて逃げ去る男へ視線を向けると、男の脇に見覚えのある紙袋。
「くっそ、スリかよ!! 取り返さねぇと…!」
「承知した」
「え?」
俺が走り出すより早く、何かが視線の端で飛び立った。
バサァッ!!
耳元で響く大きな羽音。目の前を舞う、淡い茶色の鳥の羽根…
鷹だ。
鷹が、ものすごいスピードでスリの男を追っている。
崇影、鷹に戻ったのか―?
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない!
慌てて俺も犯人と崇影の後を追う。
崇影は、数十メートル先であっさり男に追いつき、男の進路を妨害していた。
「何なんだよ、このクソ鳥!!」
男が崇影を追い払おうとするが、崇影は振り回される腕を華麗に避け、紙袋を嘴で捉えた。
「ナイスだ、崇影!」
しかし、次の瞬間。
男は腰の辺りに手を回し、小型のナイフを取り出した。
さすがに、刃物を持った人間が相手では崇影が危険だ。
「崇影、危ない…!」
手を伸ばして届く距離ではない。
声を掛けることしか出来ない。
避けてくれ、崇影―…!
―七戸、受け取れ!―
頭の中に崇影の声が響いた。
と同時に、崇影が嘴に加えていた紙袋をこちらに放り投げたのが目に入った。
「おわっ!!」
咄嗟に飛んできた紙袋を抱き止める。
それから慌てて崇影の安否を確認しようと視線を上げ…
俺は言葉を失った。
「イテテテテテ!!!」
犯人の男が苦しそうに声を上げる。
ナイフを持っていたはずの腕が捻り上げられ、人の姿となった崇影に組み敷かれていた。
いつの間に人の姿に…あれって、自由に姿を変えられるのか…?
「離せ、この妖怪!」
男が喚くが、崇影は手を緩める気配が無い。
駆け寄ってみると、完全に関節技が決まり、見事なまでの崇影の圧勝だ。すげぇ…
「この腕をへし折れば、二度とこのような真似は出来ないだろうな…」
静かに崇影が呟いた。
…え。
ちょ、ちょっと待て。
しれっと物騒なことを言ったな、コイツ。
「待て待て、崇影。それはやり過ぎだって」
慌てて止めたが、鋭い崇影の視線は男を睨みつけ、今にも息の根まで止めてしまいそうな勢いだ。
「しかし、七戸。こいつは罪人だ。」
「それはそうだけど、怪我させたらこっちが罪に問われるだろ?」
「…そうか。」
不服そうに崇影が手を離した。
崇影って…もしかして、実はめちゃくちゃ喧嘩強いのか?
鷹が鳥の中でも強い種類というのは何となく分かるけど…元々狩りの得意な鳥だから、人の姿になった場合でも戦闘力は高いってことなんだろうか…?
とにかく1つ言えることは、今後コイツを敵に回してはいけないということだ。怖すぎる。
「うう…っ」
かなり強く捻られていたのだろう。崇影が解放した男は、すぐには動けない様子だ。
このまま放置していいものか…と悩んでいると、
「泥棒はこっちです!」
後ろから女性の声が聞こえ、そのさらに後ろから、「道を開けて下さい!」という男性の声が聞こえてきた。
「護衛隊が来たな…あとは任せておけばいい。行くぞ、七戸。」
崇影が突然早足で歩き出した。
「え、ちょっと、待てよ、崇影。状況説明とかした方がいいんじゃないのか?」
追いかけつつそう聞いてみたが、「問題無い」とだけ答え、崇影は振り向きもせず帰路を急ぐ。
何なんだ、急に……
崇影に並んで足早に歩きながら後方を確認すると、駆け付けた軍服のような制服姿の護衛隊に犯人の男が連行されて行く所だった。
護衛隊ってのが、警察代わりなのか…それも今初めて知った。
一応治安を守る部隊が存在しているということを知れて、少しホッとする。
あのスリ野郎は何かしらの罰を受けるのだろう。ザマァ見ろだ。
何はともあれ…店長に頼まれた商品は全て無事にゲット出来たことだし、魔石は誰かに狙われる恐れがあるってことも分かった以上、俺達も下手な道草は禁物か。
迷いなくドラセナショップに向かって歩く崇影に遅れを取らないよう、隣に並んで歩く。
一先ず、おつかいは何とか果たせたのだから結果オーライと言うことにしておこう…




