友樹
翌日。
俺はいつもと変わらず、学校での日々を過ごしていた。桐沢晶の事が気になったけど、そう事を急がなくてもいいだろう。
昼休み・・・。いや、昼休みだと宏人に気づかれる。やっぱり、放課後がいいだろう。
「潮!」
「うわっ!」
いつの間にか目の前に宏人がいた。授業が終わったのか・・・。考え事をしていて、全然気づかなかった。
「何か考え事でもしてたのか?」
「・・・宏人には関係ない。」
「なんだそりゃ? 可愛気ねぇー!」
「ちょ、宏人、いたいっつーの!」
宏人は笑いながらチョップをしてきた。少しぐらい手加減しろよな。
「そうだ。次は体育だけど、潮はどうすんの?」
体育だって事、今思い出した。いつもだったら見学しているけど、見学すると雑用とか頼まれるから嫌なんだよな。
「あー、保健室で・・・勉強してる。」
前までは成績が悪くても良かったが、サッカーができなくなった今、本気で勉強しなければならない。
「そっか、じゃあなー。」
「おう。」
俺は苦手科目である世界史の教科書とサブノートと筆箱を持って、保健室へ向かった。
保健室前の廊下。俺はノックして、保健室に入る。消毒液と湿布特有匂いがした。
保健室には保健教諭と緑色のジャージを着た一年生男子いた。その一年男子は足に湿布を貼っている。捻挫でもしたのだろう。
「あら、潮君。体育、見学するの?」
と先生。
「はい。」
「そう、じゃあ好きな所に座って。」
俺はテーブルに教科書などを置いて、長椅子に座った。テーブルの向かい側には一年生がいたが、気にせず、この間の授業の復習をする。
えーと、フランスの革命ね・・・。んー・・・。
「あ、そうだ・・・。潮君、友樹君、先生ちょっと職員室に用事があるから。そうね・・・十分ぐらいで戻ると思う。でも、何かあったら内線から連絡して。」
「あ、はい。」
先生はそう言うと、保健室から出て行った。ちょうど、先生の足音が聞こえなくなったとき、始業のチャイムが鳴った。
俺が黙々とこの前の授業の復習をサブノートにまとめていると、
「あの。佐伯潮先輩ですよね。」
一年生の男子、友樹とかいう奴が話しかけてきて、俺は顔を上げた。
どこかで見たことあるような顔・・・。どこだっけ? つい最近見たような気もするし、ずっと前に見た気をする。
そして、俺は、なんで俺の名前知っているのか気になって、
「そうだけど・・・。ってか、なんで俺の名前知ってんの?」
と聞いた。
「あー、俺の事、覚えてませんか?」
「・・・誰? 同じ中学とか? そんなん?」
「あ、そうです。佐伯先輩と同じ中学・・・というか同じサッカー部でした。」
ああ。だから見覚えがあるのか。「友樹」ね・・・。何回か聞いたことがあるような。でも、顔は知らない、ってか覚えてない。中学のサッカー部は人数が多かったから、部員全員の名前と顔なんて覚えられない。
「俺、今もサッカー部なんっすよ。まぁ、目茶苦茶下手くそで、昨日も先輩に叱られて・・・。」
昨日、叱られてた? もしかして、昨日見たあの一年生か?
「絶好のチャンスの時、ボールがゴールのすごい上を通りすぎていったあれ?」
「見てたんっすか?」
「・・・まぁ、一応。」
「そうっすか・・・。」
それから俺と友樹の両方が黙ってしまい、その沈黙に俺は少し気まずくなって、何か話した方が良いのかと悩んでいると、友樹はいきなり
「佐伯先輩。なんで、サッカーやってないんですか。」
と聞いてきた。
その質問に、俺は教科書を見るふりをして、視線を下に下げた。こいつの顔が見たくなかった。
「どうだっていいだろう・・・そんなこと・・・。」
「どうだってよくないっすよ。」
「お前には関係ないだろ。」
「関係あります。だって、俺、先輩に憧れてサッカー始めたんですから。」
最後の一言に俺は驚いて、次になんて言ったら良いのか分からなくて、必死で言葉を探した。
「・・・はぁ、お前・・・何言ってんの? 俺に憧れてるって・・・冗談?」
「マジっすから。」
「笑えない。」
こんなんだったら、体育見学して、雑用をしてた方がまだマシだった。覚えたはずの世界史の用語が一瞬で頭から抜けちゃったし。
「あのさー・・・友樹君・・・。憧れるならもっとまともな奴に憧れろよ。俺は・・・。」
「だから知りたいんです。なんで、佐伯先輩がサッカーをやめたのか。部活の先輩に聞いても答えてくれないし・・・。」
こいつは俺が答えるまで聞き続けるだろう。他の話に持っていくのも無理そうだった。無視するのも出来ない。本当の事は話したくない。だったら、こいつが失望する答えを言えば良いんだ。
「教えてください。なんでサッカーやってないのか。」
「・・・サッカーが馬鹿らしくなった。」
そう答えると、友樹の表情はみるみる強ばっていった。
「・・・本気で言ってるんっすか。」
「ああ。サッカーなんてつまんねぇだろ。」
「そうっすか・・・。」
そう言うと、友樹は、捻挫した足で立ち上がり、足を引きづりながら、保健室から出て行った。
俺の思惑通り、あいつは俺に失望しただろう。これ以上、詮索してこないだろうし、憧れも抱かないはずだ。
パキ。
「ん?」
何かが折れる音が聞こえて、自分の手の方を見ると、シャーペンの芯が折れていた。勉強をしてたんだと言うこと、すっかり忘れてた。
俺はシャー心を少し出して、勉強を再開する。