桐沢晶
午後四時。
授業が終わり、クラスメイト達は家に帰る者、街に遊びに行く者、部活に行く者とそれぞれ教室から立ち去っていく。
宏人も部活があるからと言って、早々と教室から立ち去った。
俺は特に部活に所属してない。去年はサッカー部に所属していたけど、医者から退部を勧められ、やめた。
それから、宏人に軽音部に入らないかと勧められたり、他の友人からもいろいろ言われたけど、サッカー以上にやりたい物はなかった。
そして、退部してからの放課後の時間は、ここからサッカー部の活動を眺めるのが日課になっている。
サッカーなんやりたくない。と言ったら、嘘になる。でも、戻れないのだ。
「あ。」
思わず声を出してしまった。
サッカー部入り立ての一年生のシュートは、ゴールにかすりもせず、ボールは上を通り過ぎていった。
「ヘタクソ。誰だあれ。」
その一年生は二年の先輩に呼び出され、注意されている。その一年生は、何処かで見た顔だった。
「あれ・・・佐伯君?」
後ろの方からいきなり俺の名前を呼ぶ声が聞こえて、慌てて振り向いた。後ろのドアの所にいたのは、あの桐沢晶だった。
思わず、手首の方に目がいってしまうが、あの時と同じで、制服に隠れているのだから、リストカットの痕なんか見えるわけなかった。
桐沢晶は、ゆっくり口を開いて話し始めた。
「どうしたの佐伯君。一人で・・・。」
桐沢晶。という人物を初めて見た気がする。こんな風にちゃんと声を聞いたこともないし、こんな風に彼女の姿をよく見た事もなかった。
にしても、よく俺の名前覚えているな。と感心した。(佐伯は俺の名字。)クラス替えしてまだ二週間しか経ってない今の時期、俺は男子の名前さえうろ覚えだ。
「・・・外を見てるだけ。」
俺がそう答えると、
「外?」
と桐沢晶は俺の隣まで来て、窓から外を見た。
「サッカー部を? あっ、佐伯君ってサッカー部だったよね。でも、去年の十二月ぐらいにやめちゃって・・・」
なんで知っているのか気になったけど、平静を装った。
「ああ。」
「なんでやめたの?」
なんでって聞かれても、やめた理由はすぐ答えられる物じゃない。やめた理由を知っているのは、宏人と一部のサッカー部員だけだ。それぐらい、人には話したくない理由。
「別に・・・どうでもいいだろ。」
そう答えると、桐沢晶は、ふーん、とだけ言って、髪を翻し自分の机に行った。机からノートを取り出している。桐沢晶が教室に来たわけは、忘れ物だったのか。となぜか安堵感が俺を包んだ。
そして、なんで部活の事を知っているのか気になって、聞いてみた。
「なぁ。」
彼女は長い髪を耳にかけて、顔を上げた。ノートを抱きかかえている。
「なんで俺が部活やめた事知ってんの?」
桐沢晶は唇に手を当て、悩むような仕草をした。そして、口を開けた。
「・・・街中から少しはずれた所に、建設途中のビルがあるよね。」
ドクンと心臓が鳴った。
「去年の十二月、そこで佐伯君を見たんだ。拳銃を握ってる佐伯君を。それから、君のことが気になって、調べたの。」
空砲の音とほこりっぽい空気と引き金を引いた右手が頭に浮かぶ。
「あの時さ、死んじゃうのかなぁって思ったけど、空砲だったね。良かったよ、目の前で人が死ぬとこを見なくて。・・・でもさ、あれ、本気だったの?」
彼女は、ニッコリと笑っていた。なんて答えれば良いのか分からなくて、その場に立ちつくしてしまう。
どう見ても普通の女子高生である彼女が悪魔のように見えてしまった。
「驚いたよね。んー・・・今はいいや。また今度、話してくれないかな? 安心して、誰にも話してないし、誰にも話す気は無いから。」
桐沢晶はそう言うと、手を振りながら教室から立ち去った。
俺は口に溜まって、飲み込みたくて仕方なかった唾をやっとの思いで飲み込んだ。そしたら、急に足の力が抜けて、椅子に座り込み、ぐっちゃぐちゃになった頭を整理した。息を整える。
桐沢晶はあの時の俺を見ていた。
宏人にも話していないあの時の俺を・・・あいつは見ていた。
追い掛けなければ。と本能がそう言った。
立ち上がり、教室から飛び出した。左に桐沢晶はいない。右に・・・いた。彼女はちょうど、階段を下りようとしている所だった。
病気の事。を忘れて、俺は走って階段の方に向かった。全力で、
「桐沢晶!」
なんとか階段の所まで来て、下を見下げた。桐沢晶はきょとんとした表情で、俺を見上げた。
「桐沢晶・・・・・・お前・・・」
体に違和感を感じて、自分がしたことを後悔した。胸が苦しい
「・・・ぐっ・・・う・・・。」
俺はその場に倒れ込んだ。その後の事はあんまり覚えてない。うっすら覚えていることは、桐沢晶が俺を呼ぶ声。




