1。
「ちぃーす! 瑞穂。アッチぃな、ダッリーな。けど、お前は可愛いよな? へへ……」
「や、やめてよ。朝からセクハラ? マジキモいんだけど? 訴えて良い?」
朝のホームルーム前。
遅刻魔で、ピンクのモジャモジャ頭の与太郎が、私に話し掛ける。ウザい朝。
珍しく遅刻しなかった与太郎には誰も話掛けない。
ケンカ魔で超不良で、入学早々、高1にしてこの高校の最強伝説と名高い高3の番長先輩をぶっ飛ばしたから。
なに、番長って? 昭和? キモ。令和だよ? けど、一番キモいのは与太郎。
高1にして、既に身長190㎝以上の筋肉の塊。バケモノかよ? 先生でもビビるっつーの。本当ウザい。
そんな与太郎と私は、何故か幼馴染み。マジあり得ない。神様を呪う。それは冗談だけど、与太郎のお陰で、ほぼほぼ誰も私には近づかない。私の世話焼き相棒のチーコを除いて。
「お、おはよ。瑞穂」
「おう! チーコちゃん、今日も可愛いね!」
「お、おはよ。与太郎、くん……。今日も元気だね。アハハ……」
「コラ! 与太郎! チーコは私に言ってんの! アンタじゃない!」
「良いじゃねぇかよ? 朝の挨拶は基本だろ?」
「アハハ……」
「チッ!!」
こんな風に。毎朝続くルーティン。やんなっちゃう。お陰さまで誰も寄り付かない三人だけのスクールライフ。まだ始まったばかりの一学期なのに、もう夏だ。
夏休み前にして、教室がザワつく。今日は終業式。気になる通知簿は、怖くて見れない。成績悪かったら、与太郎のせいだ。鬱陶しいラインをブロックし無かったのは、私の情け。やんなっちゃう。
「あー。俺、1か2。アヒルが行進してるわ。ギャハハハハハ!!」
「ウッサい! 黙れ! 与太郎!!」
こんな風に。いつもの日常が過ぎてく。
私は、ほぼほぼ3の時折、4。神様の後押しのような数字。けれど、その下に──。
「マジ?! 国語5? 美術5?! 光るわー! アタクシって、天才!!」
「お? スゲェじゃん! 瑞穂。流石は俺の嫁!!」
「ウッサい。誰が承諾したよ? 死ね」
「み、瑞穂? 口、言葉……」
「あ、悪い悪い! ゴメンね。チーコ。つい。アハハ……」
なんか、知らないけど。
私たち三人は、大抵一緒だった。保育園の頃から。
私らの親は、みんな企業の社長で。お金持ちだから、地元の中高一貫の有名私立校に通うことになった。
もちろん、与太郎は、親の金で。私とチーコは、実力で。かな?
「あ。俺、体育だけ5。ギャハハハハハ!!」
「フン! 良かったじゃん」
窓辺の風が流れる。一学期の終わり。
私の長い黒髪が背中に靡いて、チーコの髪が肩に揺れる。
──与太郎の高校総体が気になる。
モジャモジャのピンク頭な与太郎だけど、あぁ見えてバスケ部の1年にしてエース。プロのスカウトも見に来る地元の県予選。
アイツは──、独りでもポイント決めてダンク決めて。パスワーク重視の中学高校のバスケじゃ、いつも監督から怒られてヘラヘラしてた。小学校のミニバスじゃ、チビで泣き虫だったくせに。
「あ。明日、中央体育館来いよな? 海王高との決勝! チーコと瑞穂は、俺のファンだから来るよな?」
「あ、うん。い、行くよ? 与太郎くん。頑張ってね」
「ハッ! 誰が?! なに? 私が居なきゃ、勝てないってワケ?」
「ハァッ?! んなワケねーだろ? 俺一人……いや、チーコが居りゃ充分だっつーの!」
「へー。あ、そう」
ここだけの話。与太郎は、モテる。いや、本人もそれを知ってか意識してか、なんか張り切ってる。
確かに与太郎に話掛けれるのは、学校じゃ、チーコと私だけ。
けど、総体だ何だと大会の度に、『与太郎横断幕』が観覧席に掲げられ、他校の女子とかも集まる声援には正直、ウザい。アイツ、調子乗るから。
◇
「ピピー!!」
ホイッスルの音とともに、電光掲示板に示される数字。体育館が響めいてる。
「与太郎くん、ダンク決めたよ! それも、連続!! キャー!!」
「ハァハァ……。そうなの、チーコ。遅れて、ゴメン。けど、アイツにしたら、フツーだよ」
「そうだね……。それより、瑞穂、大丈夫? 息上がってるよ?」
「ハァハァ……。ゴクン。へーき。中央体育館まで自転車、かっ飛ばして来たからね」
アイツがダンク決める度に湧き上がる蒸し暑い体育館。高校総体決勝。ワンサイドゲーム。プロも注目してる。なんてったって、体格だけなら、アイツはNBAの黒人選手なみ。誰も勝てるワケない。
心配には、及ばない。
けど、朝から変な夢見て魘されてた私は、チーコとの待ち合わせ時間に間に合わなかった。それは──。
「キャー!! 与太郎くん、最高!! ダンク最高!! また、決めたよ!?」
「ハハハ。そうだね……」
響めく体育館を他所に、鮮明なまま覚えてる私の今朝の夢が、信じがたくて。
何て言うか、その──。
ハァ……。それは……。
──チーコが、私のお母さんで、与太郎が私のお兄ちゃんって設定の過去世の夢。
想い出しただけで、ゲボ吐きそう。なんで……? チーコは、良いとして。
与太郎が、人差し指出してナンバーワンみたいなポーズして、ガッツポーズしてる。調子こいてる。
クールにすました顔してりゃ、カッコイイのに。
「バカ……」
どうせ、見に来たって意味ない。アイツはアイツ。いつもどおり。けど──。
「瑞穂!!」
──アイツの声が聞こえた。体育館に響いてた。恥ずかし……。
「ウン……」
横目で逸らしながら、アイツにダルそうに手を上げた私。観覧席の柵にチーコともたれ掛かりながら。
「あ、与太郎くん、こっち気づいたよ?」
「だね……」
キャーキャー!と、他校の女子生徒交えた与太郎の横断幕掲げる応援席。
ひときわ、バカみたいにテンション上がるアイツを見て、溜息。
「あー。アイツが、私のアニキで生まれ変わり? マジ最悪。本当、認めなくない」
「え? 何の話?」
「あ、いやいやいや! 何でもない。アハハ……。ちょっとね」
アイツが私のアニキで、チーコが、私のお母さん。
なんか──夢にしては、出来過ぎてて、説得力ある夢だった。
それはそうと、与太郎が、また得点決めるワンサイドゲーム。その度に、観覧席や体育館が歓声に揺れた。
高校総体の決勝──体育館は、蒸し暑くて、倒れそうで。
まあ、そんな中、アイツは倒れずにプレーしてるワケで。
与太郎には悪いけど、チーコを少し誘って、自販機のあるロビーで紙パックのイチゴオレを飲んだ。
遅刻のお詫びに、チーコにも買って上げた。
「え?」
「お詫び」
「あ、ありがとう。瑞穂。えと、──私ね?」
「な、なに? チーコ。改まって……」
なんだが、チーコの言葉の後。
その続きを、聞きたくなかった。
また、与太郎が得点を決めたのか、館内が私たちの後ろで響めいてる。
「あのね、瑞穂」
「やだ。聞きたくない」
「え?」
「嘘。冗談……」
別に。良いじゃん。
チーコが、与太郎と私のお母さんで。そんな設定。変な夢。
好きとか嫌いとか関係ないし。
なのに──、なんでだろ。
チーコにも、取られたくないって思った。与太郎なのに。ただの、与太郎なのに……。なんでだろ。
拙作をお読みいただき、感謝申し上げます。有難う御座います。m(_ _)m