ダメンズウォーカーでチョロインな私による異世界性教育改革
一応R15で投稿してますが、大丈夫……ですよね?
久しぶりの投稿ではっちゃけてすみません。
今振り返っても、私は典型的なダメンズウォーカーというやつだと思う。
そもそも、告白されたら断るということがない。
もちろん不貞は断固拒否ではあるので、想い人や恋人がいない場合限定ではあるものの、そういった相手がいない場合は基本的に断らない。
きっと私は愛されたがり、なのだと思う。
よほど嫌悪感を持つレベルで相手を受け付けないのであれば別だけど、告白して来てくれている以上は少なくとも相手は私を愛してくれる。
だから、私は馬鹿みたいに毎回、相手の良い所を見つけて裏切ることなく相手に愛情を向け続ける。
いっそ献身的なレベルで向き合うので、相手によっては更にダメンズ化していくのだが、私にはどうしようもない。
体を求められれば可能な限り相手の好みに合わせて付き合うし、身の回りの世話だって自分の出来ることはなんでもしようと頑張ってしまう。
付き合うなら結婚さえ見据えて、老後の下のお世話までする覚悟すらする。
重い。
軽く交際を受け入れるくせに、私の愛は実に重いのだ。
こんな私だから別れる理由は二つしかない。
一つは相手が不貞をした場合。
重いほどに愛情を向ける私を蔑ろにして、私を一番にしなくなった『モノ』なんて、私には必要ない。
1度浮気した男は、何度だって浮気すると思っているから、「反省した」「もうしない」「お前が一番」なんてやーーーっすい台詞1ミリも響かない。
だって、私なら浮気誘われたら相手を軽蔑して関わらないようにするし、強行されれば殴ろうが凶器で刺そうが拒否するし、そもそも無理にキスでもされた日にはきっと吐く。
それぐらい私にとっては不貞ってアリエナイ。
だから、不貞をされたら即効別れるし、実際そうして来た。
もう一つは相手が私の考えるタブーを犯した場合。
犯罪行為であったり、生活費に影響するレベルのギャンブルであったり、金銭感覚の致命的な程の相違であったりと様々だけど、金銭面以外はかなり許容範囲は広い方だろう。
現在の犯罪行為は断固拒否だけど、元ヤンや元暴走族とかだろうと今が真面目なら問題ないと思っているし、学歴や仕事に対する貴賎意識だってあまりない。
相手の性癖もNGになりそうなのは、本格的なSとかMとかス○トロや複数や交換のようなかなり際どいプレイぐらいだろうと思っている。
過去にだって、ぺドまでいかないロリコン男やソフトSM好き、野外プレイや玩具好き、超粘着プレイや絶倫系、逆に超淡白系まで色々な男性と交際してきた。
ただ、婚姻前に子供が意図せずできてしまうことに関しては、出来たらもちろん産むし可愛がる自信しかないけど、そもそも合意での行為であるならば、『意図せず子供が出来る』可能性なんてないんじゃないの?と常々思っていた。
そんな真面目だか奔放だか分からない私だったが、ある日あっさりとその生を終えた。
浮気したからと数日前に別れた元恋人に刺されて……。
死ぬ間際に頭に浮かんだのは、なんで別れたぐらいで殺したくなるほど好きなんだったら浮気なんてしたんだよ、というツッコミと、今度こそ死ぬまで誰かに愛されたいということだった。
*****
とまあ、そんな前世の記憶を抱えたまま生まれ変わった私は、デューリンガー辺境伯家の一人娘イデリーナ、19歳だ。
記憶を思い出したのがたった今。
今日は学園の卒業パーティーが開かれていて、ここはその会場の真っ只中。
目の前には、可憐な少女の腰を抱いて私を見下ろすアルドス・ハーン侯爵令息……私の婚約者。
いや、たった今婚約破棄すると宣言されたはずなので、元婚約者か。
ふんふん、婚約破棄ねぇ。
こっちはたった今死んだときのこと思い出して、つい刺された胸を押さえて確認してしまっただけなんですけど、どうやらショックを受けているように見えていたようだ。
「そのようにショックを受けても私の気持ちは変わらないぞ!聞いているのか!イデリーナ!!」
「ええ、聞いておりますわ。婚約破棄?喜んで承りますわ。但し、こちらからの婚約破棄になりますけれど」
「なんだと?!」
え、なんでアルドス様ってば予想外みたいな顔してるんですか?
周囲の痛々しいものを見るような視線とか、ホールの外から駆け込んでいらしたハーン侯爵様の信じられないものを見るような視線にも気付いていないみたいですから、色々気付かない方なのでしょうね。
浮気男と別れるなんて、前世の私にも今世の私にも当然すぎる結論ですが。
「あら、当然じゃございません?そもそもこの婚約は家同士の契約ですのに、社交界で噂になるほどそちらの恋人と不貞を働いていらっしゃったのはアルドス様ですわよね?」
「不貞ではない!これは真実の」
「はいはい、真実の愛でございましょう?耳にタコが出来るほど聞こえてきておりますわ」
「タ、タコ……?わけの分からないことを言って馬鹿にしているのか!」
あら失敗。
そういえばこの世界にタコがいるのかは知らないけど、少なくともこの国でタコを見たことは無かったような気がする。
前世の記憶が戻ったばかりなので、つい前世で使っていた言葉が出てきてしまうようだ。
彼の言葉を聞き流して大きな溜息をつくと、それも彼の怒りに油を注いだようでますます顔を真っ赤に染めて歯をギリリと噛み締めている。
歯が痛むから止めたほうがいいですよ、それ。
茹蛸みたいに赤い顔で怒っているアルドス様の隣に視線を向けると、こちらは周囲の視線が気になるようで目線を泳がせながら小動物みたいにプルプルしている。
「しかも、そちらのホルデ様……既にご懐妊なさっているのでしょう?」
「な、何故…?!」
「今日まで隠蔽しようと思われていたのかもしれませんが、町医者で診断を受けられましたわね?我が家の情報収集力を使うまでもないほど、既に噂になっておりましてよ?」
「そんな馬鹿な…医者にも金も多く払って…」
「口止めなさったと?いかにもお忍び貴族なカップルで町医者を訪ねれば悪目立ちしますわね。多くの目撃者がいるようですわよ?」
「……」
あらあら。
学園にも平民の生徒はいますし、そうでなくとも貴族なのですもの、常に誰かに見られているかもしれないと思って行動するべき立場にありますでしょう?
アルドス様の顔色が今度は赤から青に変わりましたね。
ホルデ嬢の方は涙目になって俯いていて、顔色が無くなってますけど、あまりストレスを感じるとお腹の子供に良くないですわ。
目線で壁際の同僚に合図すれば、ツツツと椅子を持って寄ってきてホルデ嬢だけ椅子に座らせてくれた。
本当ならこんな場所さっさと出て休めばいいのにと思うけど、となりのお馬鹿さんがそれをさせてくれないのだろうなと思う。
壁際で両手で顔を覆って天を仰いでいるハーン侯爵様、ご子息の教育を失敗なさったようで、ご愁傷様でございます。
慰謝料と結納金の返金はお願いしますが、侯爵様にも侯爵領の領民にも特に恨みはございませんから慰謝料は後ほどご本人から返済してもらってくださいませね。
「良かったですわねぇ、アルドス様!愛する方とのお子様ですもの。さぞ愛らしいお子様が産まれますわね。まぁ、私との結婚がなくなりますから、3男で継ぐ爵位のないアルドス様が今後どちらの家門でお世話になるのかは存じませんけれども、まずはおめでとうございますとお伝えしておきますわ」
アルドス様は侯爵令息とはいえ、嫡男でもスペアの次男でもない3男。
侯爵から譲られる爵位ぐらいはあるのかもしれないが、領地の切り売りになるような相続はしないだろう。
一方でホルデ様のシュモルケ男爵家には私と同級だった優秀な嫡男がいて既に跡目として領地経営に勤しんでいると聞いている。
男爵家に婿入りができないということは、自身で身を立てるか、実家であるハーン侯爵家で兄達の補佐をしていくかしか残された道はないだろう。
私と結婚していれば辺境伯家へ婿入りだったのだが、辺境伯の地位より真実の愛が良いのだろうから。
「ですが、そうですわね。せっかく婚約者だった誼で少しばかり忠告させて頂きますわ」
「忠告だと?!偉そうに…」
「偉そうなのではなく、実際現時点では立場的に私の方が偉いのですわ!アルドス様は今日この学園を卒業するとはいえ、今はまだこの学園の生徒。私はまだ3年目の若輩とはいえこの学園の教師ですもの」
「……年増のカタブツがっ!」
「そうですわね。確かに私、アルドス様より年上ですわ。たった一歳ですけど。確かに、貴方の真実の愛のお相手ホルデ様のように幼い愛らしさはございませんわねぇ」
そうなのだ。
アルドスの恋人ホルデ嬢は、なんと今年学園の中等部に入学した男爵家のご令嬢でまだわずか13歳。
しかも学年の中でも小柄で幼く見えるポワポワした雰囲気の可愛らしい少女である。
貴族令嬢は13歳から結婚できるとはいえ、普通は学園卒業後に結婚する。
この世界ですら13歳を孕ませることに良い感情を持たれないのに、前世の記憶が戻った私からしたら『このぺド野郎が!!ちびっこに何しとるんじゃ!』としか思えない。
「ホルデを馬鹿にしているのか!」
「いいえ?ホルデ嬢ではなく、どちらかといえばアルドス様を、ですわね」
「はぁあ!?お前なに…っ?!ん…むぐっ?」
面倒なので魔法でアルドス様の口を開かなくしてみました。
だって話が進みませんもの。
顔を赤くしてモゴモゴしているので、細身のイケメンが残念イケメンになってしまいましたわ。
周りの学生達にもクスクス笑われていますけど、ご自分のせいなので諦めてください。
アルドス様の隣で椅子に座っていたホルデ嬢だけは、心配そうに彼に声をかけて私に懇願するような視線を向けて来ますが、まだ解きませんよ?
怯えたリスみたいで可愛いですけどね。
そりゃこんなタイプが好きなら、お母様譲りのワガママボディで年上の飛び級卒業した優等生然とした教師である私は好みじゃないだろう。
誰にだって好みや性癖はあるから仕方ない。
でも私にだって好みぐらいある。
正直いえば年下で細身イケメンタイプの貴族っぽいアルドスは、全然好みではない。
どちらかといえば長身でガッシリしたイケメンより男前な雄みが強いタイプが好みなのだ。
それでも、政略結婚だからアルドスを支えようと思っていたのだけど、それは相手も同じ気持ちでなければ成り立たないだろう。
前世を思い出した私にしてみたら、浮気をした上政略結婚の契約をこんな形で破棄しようとしているアルドスは、がっつり私の別れる条件を2つ共に満たしている。
「ホルデ嬢、貴女がどういうおつもりでこのような状況になったのかは私の関知するところではございません。もちろん慰謝料請求はさせて頂きますが、過剰にならぬよう家格に応じた請求とさせて頂きますから安心なさって」
「は、はい…」
「貴女が今一番に考えるべきは、貴女とお腹のお子さんの命と健康を守ることよ?それだけは忘れないで」
「イデリーナ先生…」
「それから、一度浮気する男は何度でも浮気するわよ?相手が代わろうが性根は変わらないと思っておかないと泣きを見るわ。特に浮気男は妊娠中に浮気する確率がかなり高いの。休学する前に追跡魔法や浮気防止の魔法をしっかり身につけておきなさい」
「え…あ、はい…浮気……」
こんな好みじゃない浮気男と結婚せずに済んだのはホルデ嬢のおかげでもあるし、彼女自身は可愛い生徒でもある。
せっかく授かった命なら元気に生まれて欲しいし、浮気男のせいで不幸になったりしたらこちらも寝覚めが悪くなる。
せいぜいアルドスの手綱をしっかり握って、幸せになってもらいたい。
ニッコリ笑って見せると、ホルデ嬢はコクコクと頷いてくれた。
となりでモゴモゴしていたアルドスは愕然とした表情で私とホルデ嬢を見比べているけれど、もちろんそんなの無視だ無視。
女は弱し、けれど母は強しだよ?
それにしても……視線を周囲に巡らせれば、賑やかだった会場は、教師まで巻き込んだ婚約破棄騒動に全員注目してしまっている。
ではせっかくこんな良い教材があるのだから、教師として最後の講義をするとしようか。
「それから『淑女科閨知識教育担当教員』として、ここにいる皆さんに覚えておいて欲しいことがありますので、初めて聞く方もこれを機会に是非覚えておいてください!」
そう。
私は淑女科で『閨教育』を知識として教える特別教師として学園で教鞭をとっていた。
男性教員に任せるわけにもいかず、かといって貴族女性は閨事について語ることに極度の羞恥を覚えるものだ。
私が飛び級して学園を卒業した3年前、たまたまその教科を担当していた2人目不妊で悩んでいた女教師が10年ぶりに妊娠したため産休に入ることになり、何故か貴族令嬢にも関わらずこの手の話を淡々とできていた私にピンチヒッターとして白羽の矢が立ったのだった。
「良いですか?壊れた信頼は戻りません。覚えておいてください。双方の合意以外で不貞をする者は相手を蔑ろにする者です。生涯愛すると誓った相手を平気で裏切る者を信頼して取引ができますか?背中を預けて戦えますか?もしも不測の事態でお金や身分を失って身体の自由が利かなくなったとき、裏切った相手が支えてくれますか?不貞というのは、単に愛情が移ることではないのです。相手との信頼関係を蔑ろにしている行為だと自覚してください」
主に女性達や騎士科の生徒がなるほどというように頷いている。
貴族科の男子生徒にはなかなか響かない内容であることは良く分かっている。
貴族であれば、跡継ぎを得る為という名目で妾や愛人を持つ者は少なくない。
最も、それが原因で家庭不和が起きたり場合によっては相続争いによって殺人事件にまで発展するケースもあるのだから、少しは考えて欲しいと思う。
「男性方。男の方は一般的に、一度自分に好意を持った女性はずっと自分を想っているに違いない、という幻想を抱きがちですがはっきり申し上げて女性は男性よりシビアです。どれほど愛した相手でも、一度見切りをつけると気持ちが戻ることはほとんどありえません。信頼や愛情を失ってから大切さに気付いても遅いのです。正に後悔先に立たず。不用意な言動をする前に、一度良く考えてから行動されることをおすすめいたしますわ」
おや、生徒よりも保護者席で気まずそうに視線を逸らしている方が何人もいらっしゃいますわね。
思い当たることでもあったのでしょうか。
あちらの公爵夫人は深い笑みで頷いていらっしゃいますけど、そういえば確かあの方の旦那様は愛人を3人程抱えていらっしゃる方でしたわね。
政略結婚だったのでしょうけれど、きっとご苦労なさっているのでしょうね。
それにしても、隣に愛しいホルデ嬢がいるのですからいい加減アルドスも心外そうにこちらを見るのは止めてほしいのですけど。
「女生徒の皆さんは望まぬ妊娠を避ける為にも避妊魔法を覚えましょう。ホルデ嬢のように社交界デビューを前に妊娠することも、本人が望んでいれば良いですがそうでない場合もありますでしょう。あって欲しくはないですが、高位の者から無理強いされれば命や家門の為に拒否できない場合もないとはいえません。自分の身を守る手段は幾重にも準備なさってください」
生徒1人1人を見つめながら語りかけると、特に下位貴族の令嬢や平民の生徒が真剣な表情で頷いたりしている。
やはり教師には見えないところでそういう行為を行おうとするものは例年いるのだ。
私が生徒の時も教職についてからも、何度か学内でそういう場面に遭遇して女生徒を逃がしたことがあるぐらいなのだから。
同意がないのは犯罪だ!!性犯罪者はもげろ!!!と思う。
何がとははっきり言わないが、もちろんナニである。
「そして、これは性別関係なく知っておいて頂きたいことなのですが、夫婦など『子ができても良い決まった相手』以外と性行為に及ぶ場合は、性感染症のリスクを念頭に置いておくべきです」
こんな魔法のある世界にも関わらず、この世界にも性感染症は存在している。
多少病気は違うものの、やはり命に関わるような病気すらある。
上級回復魔法であれば治癒できるが、初級や中級の回復魔法では応急処置にはなっても完治しない恐ろしい病気である。
感染予防の知識に乏しい回復魔法の使い手のいない地方では、未だにそれが原因での死者が少なくないのが現状だ。
貴族であれば上級回復魔法で治癒することもできるだろうけれど、感染に気付く前に家族などにうつしてしまったり、妊娠中に感染して胎児に影響が出たりすることだってないわけではない。
田舎と違って死ぬことが少ないので、貴族たちには危機感があまりない。
その状況を改善するためにも、各領地の領主夫人となる可能性の高い学院の令嬢達に、閨教育の一環として性感染症予防の知識も教えて来たのだ。
「予防方法は簡単です。淑女科の皆さんは覚えていますかしら?基本的には決まった相手以外とは性交渉を行わない。もしもする場合は相手の経験の有無や性病の有無を確認する。更に性病予防として、避妊魔法だけでなく避妊具も使用してください。避妊具は使用前に必ず両者で穴などないか確認すること。挿入前には装着する。射精時は抜いて膣外に出す。射精が終わったら避妊具を外す。継続する場合も必ず避妊具は交換する。これらをキチンと守るよう心がけてください。合言葉は『入れるなら着けろ!出すなら抜け!』ですわ」
せっかくの機会なので、保護者の皆さんや淑女科以外の生徒達にも聞いてもらいたくて、言いたいことをギュッと詰め込んで一気に言い切った私は、婚約破棄されたばかりだというのにやり切った感満載でいっそ清清しい気分だった。
つい力が入ってしまって、いつもの授業よりも数段言葉選びが直接的過ぎた気はしなくもないが、分かり易く簡潔に伝えるにはこれぐらいでないとダメだろう。
会場はシーンと静まり返っていて、顔を赤くする者、ニヤニヤと下種な笑いを浮かべる者、眉を顰めてこちらを睨む者と反応は様々だ。
おそらく私の発言に呆れているもの7割、聞くべきものとして聞いているもの3割という所だろうなと思っていた。
それでもいい。
一度私の言葉を聞いて心のどこかに覚えていてさえくれれば、助かる命が、助かる心があるのだから。
とはいえ、アルドスとは見事に破談になったし、この調子では婿入り候補もなかなか見つからないかもしれない。
これは父に怒られるだろうなぁと溜息をついていると、突然そんな空気をあっさりとぶち壊す笑い声が会場に響き渡った。
「ぶはっあはははははっ!……ちょ、なんかすっごく卑猥な言葉がバンバン出てくるのに、エロさがないのが凄いね!うん、『合言葉』とか最高!!ねぇ、イデリーナ嬢。良かったら学園ではなく騎士団においで?うちの連中にも今の話聞かせてやって?」
お腹を抱えて大笑いしていたのは、今日のパーティーに騎士科卒業生への激励をもらえるよう来賓として招待されていた王国騎士団の若き団長、デッドリック・ドナート公爵令息であった。
武闘派で知られるドナート公爵家の次男であり、この国に3人いる剣聖の1人でもある。
ちなみにそのうち1人はエドゼル王太子殿下であり、もう1人は私の父イーゴン・デューリンガー辺境伯であった。
ドナート団長様は御歳27歳で、若いご令嬢方からは大柄すぎる体躯が怖いとか、顔立ちが強面だとか言われているみたいだけど、熱烈なファンも多い。
肩より長めの黒髪を後ろで1つに結び、騎士団長の証である青いマントを翻した美丈夫は、本当に可笑しそうに笑って目尻に涙まで浮かべている。
真面目に話していたのに、そんなにウケなくてもいいのにと思うが、性教育改革を学院以外でもできるというのは私にとって喜ばしいことだ。
「デッドリック・ドナート騎士団長様……講演会の打診でしょうか?」
「いや?移籍の話だね。うちの馬鹿団員たちってばさ、離婚率も高いし職業柄任務後に娼館使うことも多いし、イデリーナ嬢って回復魔法も得意でしょ?正直学園で燻ってるより断然うちの方が活躍できるからさ」
「なるほど……そうですね。元々こちらの学園で教鞭をとっておりましたのも、アルドス様と交流を持てるようにとハーン侯爵家からの依頼でしたので、今年度いっぱいで退職予定でしたもの。私はかまいませんわ」
元より春からは産休中だった担当教師が復帰予定であったので、アルドスが卒業したら本来は一緒にデューリンガー領へ戻るはずだった。
もちろん、アルドスの不貞は既に1年以上前から分かっていたので、父には彼との婚約継続については私の気持ち次第だと言われていた。
学院に残った当初の目的であったはずのアルドスとの交流は全くできなかったが、私にとっては国内の性教育改革に着手する良い機会だった。
だから、父に連絡して許可がもらえれば職場が学院から騎士団に変わったところで問題ないと思う。
「本当!?良かったー。じゃあ、早速来週には来てもらえたら嬉しいなぁ」
「かしこまりました。ただ、私現在学園の職員宿舎に住んでいるので、早急に引越し先を決める必要がありまして…」
このパーティーが終わったら、復帰予定の教師に引継ぎをしてから実家へ戻る予定だった為、荷物はあらかた纏めてあるものの寮は数日中に退去しなければならない。
我が家のタウンハウスは辺境を離れることが難しい父がいるため、普段は叔父一家に貸していることもあって急に部屋を準備してもらうのもどうかと思ってしまう。
どこかに小さな部屋でも借りるか、騎士団の寮か下宿があればそれでも良いが、年度の変わり目なので空きがあるかどうかは分からない。
平の騎士団員は大抵は地方出身の平民が多いので、寮はいつも空き待ちであると平民の騎士科の生徒が学食で話していたのを覚えている。
「うーん。それなんだけど、候補が2つあるから良かったらイデリーナ嬢に選んで欲しいんだ」
「2つ、ですか?それは私としても助かりますが…」
「1つは騎士団の寮に引っ越す案。この場合は女性騎士用の宿舎に部屋を用意するけど、あくまでも団員用の部屋だからそれほど良い部屋ではないかな。でもまあ、清潔だし食事もつくよ」
「なるほど。職場に近いでしょうし、食事がつくのであれば食費も抑えられますわね」
女性騎士専用の寮があるのであれば、確かに寮に入るような下位貴族や平民出身の女性騎士はそう多くはないので空きはあるだろう。
もしかしたら空きがある、ではなく空けてくれるつもりなのかもしれないが、部屋が狭いことについては前世の記憶が戻った今となっては大して問題ではないはずだ。
むしろ、もしも私を入寮させるために我慢を強いられるような人がいないかどうかの方が気になってしまう。
「もう1つは俺のタウンハウスに引っ越す案!俺としてはこっちをおススメしたいんだけどね?」
「ドナート団長様の……?どういうことですか?」
「ぶっちゃけちゃうと、さっきの君の見事な叱責?婚約破棄?抗議?まあ、とにかくさっきのめちゃくちゃ堂々としていたイデリーナ嬢に一目惚れ!!イデリーナ嬢、婚約者いなくなったんでしょう?俺と結婚しよう!次男だから婿入りするし、俺、一穴主義だから不貞しないよ!もしも不貞した時は、俺の切り落としていいからさ!」
告白通り越してまさかのプロポーズだった!!!
え、本気ですかドナート団長様。
一穴主義って最高ですけど、それここで言っちゃいますか…?
それに私、記憶思い出す前からかなり気は強いし、父譲りで剣も魔法もそこそこ強いから男性からは敬遠されているお転婆娘ですけど。
しかも今日のコレで確実に縁遠くなること確定してる上に、生徒の母親の中には恥知らず令嬢と呼ぶ人さえいる私に、求婚!?
そりゃあ、浮気男のアルドスに比べたら数千倍もドナート団長様の方が好みですけど!
むしろ好みど真ん中ド直球すぎて、現実とは思えないレベルなんですが……。
「まぁ!ほ、本当にドナート団長様はこんな私で良いのですか?あ……あの、こういう知識を教えておりますけれど、もしも経験豊富な女性だと思われているのであればご期待にはお応えしかねるのですけれど…」
「え?いやいや、むしろ潔癖なぐらいの貞操観念持ってるんだもん。イデリーナ嬢って実際の経験はないんでしょ?それぐらい分かるって。まあ、経験あっても無くても俺は君が、イデリーナ嬢がいいなって思ってるんだけど……ダメかな?」
「父に報告は必要ですし、ハーン家との手続きもございますが……」
待って待って、貴方私を殺す気ですか!!!
経験あっても無くても私がいいとか、キュン死か鼻血で出血死しますけど?!
ふわぁー…予想外もいいとこだけど、もしかしなくてもこれって私的に一生に一度の大当たりでは?
嫁ぎ先なくなったなぁと思った矢先に理想の男性からプロポーズとか!
言い方はすっごく軽いのに、キラキラと真っ直ぐ向けられる目に熱が篭っている…気がする。
すぐさまOKと言いたいけれど、流石に未だに書類上はアルドスの婚約者なのだ。
返答に困っていると、壁際にいたハーン侯爵が私に向けてそっと指でOKだと伝えて来た。
少なくともハーン家側の婚約破棄の諸々は滞りなく進めてもらえそうでほっとする。
「……ああ、ハーン侯爵様はOKだそうですわ。父もドナート団長様がお相手ならば否やはありますまい。ただ、私かなり愛が重い女ですけど、本当に宜しいのですか?」
「愛が重い?むしろ最高でしょ!」
「ふふふ……では、父に承諾を貰いましたら私、ドナート団長様の元へ参りますわね」
重い愛も受け止めてくれるのか!
ドナート団長様こそ最高か!!
あーもう、彼にだったら刺されてもいい気がしてくるわ。
もちろんこれから幸せになろうって時に死ぬのは嫌だけどね。
そんなことを考えてたら、目の前にドナート団長が跪いて私の手を取って優しく微笑んでくれていた。
剣ダコのある大きな手は温かくて、ドキドキと高鳴る心臓が耳にあるんじゃないかと思う程。
平常心、平常心と心の中で唱えて微笑み返すと、指先にチュッと音を立ててキスを落とされた。
ああああ…やっぱり私を萌え殺す気ですね?!
「嬉しいよ、イデリーナ嬢!!ね、俺のことはデアと呼んでくれないか?」
「かしこまりました。では、私のことはリーナとお呼びくださいませ。よろしくお願いいたします……デア様」
「うん!よろしくね、俺の可愛いリーナ」
とっても大柄なのに、大型犬みたいに華やかな笑顔と明るい声。
恥ずかしいけど嬉しいなぁってニヨニヨしそうな口元を引き締めようとした瞬間、思ってもいなかった言葉がスルリと耳から入って来た。
脳味噌にゆっくり届いたそれを理解した瞬間、頭がポンッとはじけたような感覚がした。
頬がジワジワと熱を持ってくる。
「か、可愛…?!」
「あれ?リーナ真っ赤だね?はぁ、かわいー……やばい、今すぐ食べちゃいたい」
可愛いなんて子供の時以来、身内ぐらいからしか言われたことなんてなかった。
背はぐんぐん伸びて他の令嬢たちより10センチ近く高いし、早くから心身共に発育が良かったせいで言い寄ってくる同年代の若者はいなかった。
まあ、私の父があのイーゴン・デューリンガーだということも手伝ってか、恐れられていたように思う。
火遊びに誘う既婚男性は少なくなかったものの、前世を思い出さずとも不貞が大嫌いだった私は断固拒否してきたし、しつこい輩には実力行使も厭わなかった。
それなのに、彼にかかれば私も可愛い女になれるだなんて。
ヒョイと覗き込んで真っ赤に染まっている私を見たデア様は、心から嬉しそうにニッコリ笑うと、スクッと立ち上がってそのまままるでダンスでも踊るかのように私を引き寄せギュウッと抱きしめた。
背の高いデア様の胸に抱き込まれて、ヒュッと呼吸が止まってしまう。
大きい、温かい、いい匂い……って、ダメじゃん!!
今パーティー会場だから!私、今日はまだ教師だから!!
「っ!!デア様は、直接的すぎますっ!あと、こんな所でそのように触れないでくださいませっ!」
「あはは、ゴメンね?リーナも結構直接的だと思ったけど、リーナが嫌なら…善処します」
「え…それ、治す気ないやつじゃないですか…」
「バレた?でも、かわいーリーナのせいだと思うんだけど」
「人のせいにしないでくださいませ!」
胸をポカポカ殴っても全然平気そうにニコニコ笑ってるデア様が、可愛くて素敵で……え、これ私も一目惚れか?!
いや、見たのは初めてじゃないけども、こういう場合はなんていうの?
普段あまり表情を変えない私が子供っぽい言い合いをしているのが珍しいのか、同僚や生徒だけでなく学長達まで驚いたような顔でこっちを見ている。
別に私だって楽しければ笑うし、怒ったり拗ねたりだってするんですよ。
単にそうやって甘えたりする相手がいなかっただけなんです。
「んーじゃあ……愛しいリーナ、一曲ご一緒いただけますか?」
「ダンスでしたら喜んでお受けしますわ、デア様」
気恥ずかしいのに気取って返事を返すと、すっかりバレているらしくクスクスと笑いながらデア様がエスコートしながら楽団へ合図を送った。
流れ出す滑らかな弦楽のリズムに合わせて2人で初めての一歩を踏み出した。
しっかりと力強いリードに身を任せると実力以上にうまく踊れている自分に気付いて、いつのまにか笑顔でステップを踏んでいた。
思っていた以上に巧みなデア様のダンスに惚れ惚れとしながらチラリと視線を会場内に向ければ、いつの間にか他の人たちもダンスをしている。
アルドスも憮然とした表情はしつつも、ホルデ嬢を気遣いながら緩やかにステップを踏んでいる。
そんな2人を見ていると、まるで此方を向けとばかりに腰に回されたデア様の腕に引き寄せられてピタリと身体が触れ合ってしまった。
「リーナ、俺のものになってくれるんでしょ?他の男を見ないで?」
「そんな風に言ってもらえるなんて、私幸せですわ」
頭頂部にチュッとキスをされて、ますます嬉しくて恥ずかしくて。
これも貴方達のおかげかしら、と内心感謝しながらアルドスにかけた魔法を解いてやった。
もう私にはどうでもいい人だもの。
せいぜい私の生徒を幸せにしてあげてくださいな。
私はデア様と幸せになりますから、どうぞお構いなく、と言葉にせずに笑顔で周囲に伝えてしまおう。
「リーナ、この後の時間を頂いても?」
「ええ、もちろんですわ」
浮かれて返事した私は悪くないと思う……多分。
会場を抜け出して、私の荷物の量を確認しておきたいから、なんていわれてホイホイ部屋に入れちゃったのは、多分ちょっと悪いかも。
だけど、まさかそのままペロッと頂かれてしまうとか、次の日の昼まで離してもらえないとかは、絶対私のせいじゃないはず。
「こーんなにかわいーのに、こーんなにエロい身体してて、その上俺の体力にも付き合える俺のリーナに出会えた俺って最高に幸せ者だよね!」
「……私も、幸せですわ」
うん、幸せ。
でも自分の体力とか回復魔法の才能をちょっとだけ恨めしく思う日が来るとは思っていなかっただけなんです。
チョロイン?ええ、私のことでしょう?
知ってたー。
「大丈夫!ほら、避妊具もちゃんとまだまだ持ってるよ!結婚式までは子供できないように気をつけるから!うーん、俺って安心安全な男だね~」
「あははは……回数はちょっと安全ではないかなぁと…」
「リーナ、嫌だった?」
「くっ……嫌では…ないです」
でっかいくせにやったら可愛いってなんなんでしょうね。
大きいくせに、私を胸の上に乗せて上目に見るとかワザとなの?
愛されたがりな私は、求められたら際限なく許可しちゃうって見透かされてましたか?
しっかり昨日の私の言ったことも覚えているようで、収納魔法で持ち歩いてたらしい避妊具がワッサーってベッドサイドに置かれた時は流石に目線が遠くに行ったよね。
なんで持ち歩いてるのか聞いたら、市販品だとサイズが合わないから特注品なんですってよ。
公爵家の特注品とか、ドレスとか美術品とかかと思ってたけど、そんなのもあるのか。
「あー……やっぱリーナ、かっわいー。大好き!愛してるよー」
「わ、私も、デア様が大好きですわ」
「やった!ね、もう一回、いいでしょ?リーナ」
「……」
うん。
流石にもう意識飛ばしていいかな?
いいよね?
私だって大好きだけど、限度ってやっぱりあると思います。
愛はたっぷり、回数控えめで今後はよろしくお願いします。
前世で散々ダメンズを渡り歩いたけど、今世は理想の最愛の人に死ぬまで死ぬほど愛してもらえそうです。
朝チュンですらなく昼チュン…いや継続中?
加減を知らない男、それがデア様です。
人それぞれ好みも性癖もあるので、それを変えるのはなかなか難しいですが、それはそれとして守るべきものはあるのだということを書いてみました。
作中の合言葉は、私が学生時代に何故かクラスメイトのヤンキー君たちに『姐さん』と呼ばれながら彼らに懇々と教え諭していた時に繰り返していた言葉です。
広まれ、合言葉!
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