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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

S級鑑定士シリーズ

エクストラ・クエスト

作者: 瀬戸夏樹

『追放されたS級鑑定士は最強のギルドを創る』の後日談になります。

 ロランが『冒険者の街』に帰ってきた。


 それまで隊員達の不満が日に日に高まっていた冒険者ギルド『金色の鷹』であったが、ロランとジルが『火竜の島』から『巨大な火竜(グラン・ファフニール)』の鱗と牙、ダブルSの称号を持ち帰ってからは、そのような声は鳴りを潜め、今ではすっかり平穏が取り戻されている。


 執行役のロランが帰ってくることで、執行役の座を狙おうとする輩の策動はとりあえずおさまったというわけだ。


 しかし、ピエールの憂鬱が収まることはなかった。


 彼の所属しているレジナルド部隊は、ギルドからダンジョン内の銀山を攻略して銀鉱石を調達するようにとの指令を受けていたが、探索は一向に捗らない。


 副隊長のマリーは今日も使えない隊員達を叱咤していた。


「あんた達はヌルすぎんのよ。努力が足りない!」


 自分達の努力が足りないのは分かっている。


 部隊の人間は必死に鍛錬に取り組んでいたが、それでも各個人のスキルは一向に伸びなかった。


 むしろ、部隊は謎のステータス低下に悩まされていた。


 原因はよく分からなかったが、とにかく全員のステータスが下がっている。


 ただでさえ、ダンジョンの途中で息切れしてしまうことが課題で、体力(スタミナ)を伸ばさなければならないというのに、部隊員達は鍛錬すればするほど体力(スタミナ)が落ちていく。


 かくいうピエールも副隊長から目をつけられている人間の一人だった。


「ちょっと分かってんのピエール。あんたが前衛で持ち堪えられないせいで後衛が安定して魔法を放てないのよ?」


「うぅ。分かってるよ」


 耐久(タフネス)と『盾防御』スキルにおいて並外れた潜在能力(ポテンシャル)を持っている。


 そう鑑定されたピエールは、将来を嘱望されて『金色の鷹』に加入した。


 実際にCクラスまでは順調に辿り着くことができた。


 だが、そこからピエールの挫折が始まる。


 Cクラスまではとんとん拍子で駆け上ったピエールは、勢いそのままBクラスクエストに挑戦した。


 だが、より強いモンスターと戦う、装備をより高性能なものに変える、トレーニングを重ねてステータスの向上を目指す。


 それら何をやってもBクラスには上がれなかった。


 今も前線の押し上げ、敵の攻撃からの防御、後衛の援護などなど、盾使いとしてあらゆることをやるよう多方面からプレッシャーを受けていたが、どれもまともにこなせずにいた。


 鑑定士からは体重を増やして耐久(タフネス)を上げるようアドバイスを受けたが、ステータスは上がるどころかますます不安定になるばかりだった。


 正直何から手をつけたらいいのか分からない。


 この部隊に所属している人間はピエールに限らずだいたい似たような悩みをもっていた。


 平凡(Cクラス)優秀(Bクラス)の間の壁を突破できない。


 伸び悩んでいる原因がなんなのか分からない。


 自分のことで精一杯なのに、周囲が足を引っ張る。


 そのため、互いに責任を押し付けあう。


 それが常態化していた。


 雰囲気が悪くなればなるほど、ストレスは溜まりステータスは下がる。


 ステータスが下がれば下がるほど、雰囲気は悪くなる。


 その悪循環だった。


 隊長のレジナルドは優柔不断で日々出てくる隊員からの不満にしどろもどろして有効な施策が打てないでいる。


 副隊長のマリーは厳しさ一辺倒でドヤすことしか知らない。


 部隊は明らかに消耗している。


 この部隊は一歩立ち止まって考えるべき時が来たんじゃないか。


 ピエールはそう思うのだが、ノルマと期限がそれを許してくれない。


(どうしたものかな)


「いい? あんた達明日までにステータスを少しでも伸ばすのよ。もし下げたりでもしたら分かってるわね」


 今日も今日とてマリーの怒声が会議室に響き渡るが、彼女が怒れば怒るほど隊員達は悄然とするのであった。




「……と、以上が『巨大な火竜(グラン・ファフニール)』討伐に関する報告になります」


『魔法樹の守人』の本部でロランは、ギルド長リリアンヌを前に報告を終えようとしていた。


「ふむ。わかりました。では、『火竜の島』での任務お疲れさまでした。次の配属に関することは追って指示を出します」


 ギルド長室を出たロランは、控え室で一息ついた。


 すると、リリアンヌも入ってくる。


 リリアンヌはロランの腕に抱きついた。


「『火竜の島』への出張お疲れ様でした。会いたかったですよ、ロランさん」


 リリアンヌはロランに顔を近づけてくる。


 ロランは彼女の頭に乗っているトンガリ帽子を取って、髪を撫でると、唇にキスした。


 2人はしばらくの間そうして楽しんだ。




「次のお仕事なのですが、『金色の鷹』の方をお願いしたいと思っています」


「『金色の鷹』を?」


「はい。1つポテンシャルは高いのに、著しく士気が低く、伸び悩んでいる部隊がありまして」


「なるほど。それは僕にもってこいの仕事だね」


「ええ。ロランさんのお力で助けてあげて下さい」


「うん。それはそうとリリィ」


「なんです?」


「ちょっと……太った?」


 ロランは言った後、ハッとする。


 リリアンヌもハッとしたかと思うと、青ざめて、ワナワナと震え始めた。


「ロランさんのせいですっ」


「いてっ。えっ? 僕?」


「ロランさんがずっと留守にしてるから私はデスクワークばかりになって、ストレスで甘いものにばかり手を出してしまったんです。責任とって私を鍛え直して下さい!」


「いや、甘いものは僕の責任じゃないような……。いてっ。分かった。分かったよ。鍛え直すから」


 ロランはそう言ったものの、リリアンヌは彼の腕をポカポカ叩き続けた。




 レジナルド隊の苦悩は続く。


 マリーは相変わらず会議で怒鳴っていた。


「どうすんのよ。ノルマの期限まであともう2週間もないのよ。それなのに、スキルの向上もステータスの調整も何一つ上手くいってないじゃない。あんた達分かってんの? このままじゃクビよクビ。どうするつもりなのよ」


 マリーがそんな風に発破をかけるものの、会議に参加する隊員達はうなだれるだけで誰も言葉を発しない。


「隊長! 隊長はどう思ってんのよ。今のこいつらのこの体たらくを!」


「えっ? いやぁ。そうだな。まぁ。なんというか」


 レジナルドは優柔不断に言葉を濁すだけだった。


「あー。もうどいつもこいつも! 誰かこの状況を打破する妙案を出せる奴はいないの? もういい。こうなったら私はこのギルドを辞めて……」


 マリーの暴挙をピエールが止めようとした時、会議室の扉が開いた。


 その場にいた者達が何事かと扉の方に目を向けると、一人の鑑定士らしき男が部屋に入ってくる。


「遅れてしまってすまない。鑑定士のロランだ。ギルドから言い渡されてこの部隊を支援することになった」


 その部屋にいた者達はざわめいた。


「ロラン!? あのロランか?」


「『巨大な火竜(グラン・ファフニール)』を討伐したS級鑑定士の?」


「自己紹介は必要なさそうだね。早速、具体的な話に移ろうか」


「おお。ロラン殿。あなたが来てくだされば心強い」


 レジナルドは心底ホッとしたように言った。


 彼はにっちもさっちも行かないこの部隊の指揮を務めるのに内心うんざりしていた。


「レジナルドさんですね。僕が来たからにはもう安心です。スキルとステータス向上はお任せください。さて、君達の報告書を読んでいてまず気になったのが、このトレーニングの多さだ。なぜこんなにも沢山の鍛錬をしているんだい?」


「決まってるでしょ。スキルもステータスも全然足りないからよ! 1つでも多く向上する必要があるの」


 マリーが噛み付くように言った。


「なるほど。足りないものを補うためのトレーニングか。よし。一旦このトレーニング全部やめよう」


「ハァ?」


「闇雲な努力は心身を消耗させるだけだ。ここは一旦すっぱり全部やめて、一から組み直そう」


「なっ、冗談じゃないわよ。ただでさえ、足りないのにこれ以上減らしてどうすんのよ」


「それで今、ステータスが低迷しているんだろう? そしてその原因もよく分からない」


「うぅ。それは……」


「成功するために必要なのは、何をやるかより、何をやらないかだ。余分なトレーニングは全て削ぎ落として、全員一つのことだけに集中して取り組んでみよう」


「……その一つのことは、どうやって決めんのよ」


「それを今から僕のスキル『鑑定』で探るのさ。それじゃ、みんな時間も惜しいし、訓練場に行こうか」


 その場にいた者達はあまりに大胆な方針転換に戸惑ったものの、ロランの颯爽とした雰囲気に流されるようにして、訓練場へと向かった。




 訓練場につくと、ロランは一人一人のスキル・ステータスを鑑定して、それぞれの長所に合った訓練を課していった。


 腕力(パワー)系の弓使い(アーチャー)には強弓を。


 俊敏(アジリティ)系の弓使い(アーチャー)には位置取りを。


 腕力(パワー)系の剣士には重い長剣を。


 俊敏(アジリティ)系の剣士には手数で戦える双剣や刺突剣を。


 腕力(パワー)系の盾使いには突破係を。


 体力(スタミナ)系の盾使いには壁役を。


 その他、支援魔導師、攻撃魔導師、治癒師(ヒーラー)を魔力、指揮能力、多価性(ユーティリティ)によって組み分けし、それぞれに専用の練習メニューと目標を課していった。


【マリー・シャープのスキル・ステータス】

『剣技』:B→A

『爆炎魔法』:C→A

 俊敏(アジリティ):70-80→90-100

 指揮:60ー70→90ー100


「ふむ。マリー、君は『剣技』と『爆炎魔法』がAクラス。君は攻撃に関して複数の役割をこなせるようだね」


「ええ、そうよ」


俊敏(アジリティ)と指揮も高い。よし。それじゃ、君には攻撃の中心を担ってもらおう」


「ただ、耐久(タフネス)が弱いから……」


「壁役のサポートは必須か。オーケー。それはこっちでなんとかしよう。とりあえず君は飛び出しからの剣撃と壁越しに魔法を放つ練習だ」


「分かったわ」


(ちょっと鑑定しただけでここまで私の特性を理解するなんて)


「ふん。言うだけのことはあるじゃない」


 マリーはそう呟いて、大人しくロランの練習メニューに従うのであった。




「さて、あとは……」


 ロランは最後に取っておいた、おそらく最も指導の難しいであろう隊員の元に向かった。


「君がピエールか」


「はい!」


(うぅ。ついに僕の番が来てしまった)


 ピエールは緊張した。


「聞いてるよ。盾使いとして申し分ないポテンシャルを持っているにもかかわらず、伸び悩んでいるんだそうだね」


「う。そうなんです」


「そう落ち込まないで。大丈夫。きっと何か方法を見つけるから」


【ピエール・デュポンのスキル・ステータス】

『盾防御』:C→A

 耐久(タフネス):40ー60→90ー100

 俊敏(アジリティ):30ー50→90ー100


(ほう。俊敏(アジリティ)が90ー100の素質。盾使いにもかかわらず、俊敏(アジリティ)が高いとは。珍しいタイプだな。この素質を活かすには……)


【ピエール・デュポンのスキル】

『柔術』:D→A

『見切り』:D→A


(この2つだな)


 ロランは手元の報告書に目を落とした。


「さて、ピエール。まず、聞きたいことがあるんだが、この報告書によると食事増量中とある。これは一体なぜ?」


「はい。自分は盾使いとしては耐久(タフネス)が足りないため、体重を増やした方がいいとアドバイスされたためです」


「なるほど。それじゃ一旦食事の量を以前の水準に戻そう」


「は。わかりました」


 ピエールは安心した。


 正直なところ、自分でも食事の増量は上手くいっていないような気がしていたのだ。


「で、具体的な訓練の方法だけれど、まずは俊敏(アジリティ)を高めようか」


俊敏(アジリティ)……でありますか? しかし、盾使いにとって重要なのは耐久(タフネス)腕力(パワー)体力(スタミナ)なのでは?」


「うん。けれども君の場合はまず俊敏(アジリティ)を伸ばした方がいいと思う」


「はぁ」


「手始めに、装備する盾を小さくしよう」


 ピエールはロランから渡された盾を身につけた。


(本当に小さいな)


 それはピエールの胴体すら覆い隠せないほど小さい丸盾だった。


「本当にこんなに小さい盾でいくんですか?」


「うん。君の場合、重要なのは敵の攻撃を見切ることと、受け流すことだから」


「はぁ」


「それじゃ、早速、訓練していこうか」


 ロランは訓練用の槍を構えた。


「まずはこの槍を受け流してみて」


「わかりました」


 ピエールは半信半疑ながら腰を落とす。


(軽い。それに視界が広い。少し違和感があるけど、確かにこれなら相手の動きは見やすいな)


 ロランが槍を繰り出してくる。


「うっ」


 ピエールは受け損ねた。


「もっと相手の動きをよく見て」


「は、はい」


「相手が攻撃を繰り出してからじゃ遅い。予備動作の時点で、ある程度予測できるはずだ」


「はい」


 ロランと攻防を繰り返すこと数度、初めはぎこちなかったピエールの動きがだんだん(さま)になってくる。


(うっ、なんだ?)


 ロランが槍を繰り出す寸前。


 敵の攻撃がどこに来るのかピエールの視界にイメージとして浮かび上がったのだ。


 ピエールは槍を受け流すことに成功する。


【ピエールのスキル】

『見切り』:C(↑1)


「いいよ。今の動きを忘れないで」


「は、はい」


「それじゃ、次はフェイントも混ぜるよ」


 こうしてレジナルド隊は、その日いっぱい練習場で汗を流した。


 訓練が終わる頃にはみんなへとへとになっていたが、ここ最近の体も気分も重くなる鬱々とした疲労ではなく、心地よい疲れ方だった。


 隊員達は久しぶりに晴れやかな気持ちで帰宅することができた。




 そうして鍛錬を重ねること数日、いよいよダンジョンへと潜る日がやってくる。


 ダンジョン前に集まったレジナルド隊だったが、そこにはいつも見かけない人物が1人だけいた。


「皆さん、『魔法樹の守人』ギルド長でかつ『金色の鷹』執行役のリリアンヌです。今日は皆さんの支援をさせていただきます」


 リリアンヌがにこやかに挨拶した。


「みんな、リリィはまだステータス調整中の身だ。攻撃面ではほとんど貢献できない」


【リリアンヌ・ルーシェのステータス】

 魔力:60-130


「Aクラス魔導師が来たからもう安心だ、などとは思わず気を引き締めてくれ。それじゃ、行こうか」


 ロラン達はダンジョンへと入っていった。




 部隊はダンジョンへ入ったものの、まだ不安を拭いきれずにいた。


 中には緊張に体を強張らせているものもいる。


 ピエールもその1人だった。


(うぅ。結局、ここ一週間、一つのことしか訓練せずにダンジョンに来てしまった。本当にこれで大丈夫なんだろうか)


 ピエールはこの一週間、ずっと『見切り』と『柔術』の訓練しか受けてこなかった。


 ロランからの槍を受け続け、ロランの槍では物足りなくなると、より『槍術』スキルや『剣技』スキルの高い人間からの攻撃を受け流し続けた。


 訓練中は特に何も考えず『見切り』と『柔術』をこなし続けていたが、はたしてこれでピエールにとって課題とされている防衛ラインの形成、敵陣の突破、後衛との連携などをこなせるのだろうか。


 ピエールの脆弱な耐久(タフネス)体力(スタミナ)で『大鬼(オーク)』の巨体を防ぎ切れるとは到底思えなかった。


 そんなことを思ってるうちにモンスターが現れる。


「皆さん、前方にモンスターです」


 空から周囲を見張っていたリリアンヌが降りて来て言った。


「『小鬼(ゴブリン)』10匹と『大鬼(オーク)』3匹です!」


 レジナルド隊は敵が来る方向に向かって展開する。


 ピエールには槍を持った『大鬼(オーク)』があてがわれた。


 自分よりもはるかにデカくて腕力(パワー)もある大鬼(オーク)


 到底受け止められるとは思えなかった。


(うぅ。いきなり、『大鬼(オーク)』の相手をさせられるとは。しかもリーチの長い槍持ち……)


大鬼(オーク)』はピエールを見るやいなや、物干し竿のように長い槍を構えながら突っ込んできた。


 ピエールも覚悟を決めて受け止めるしかない。


(えーっと、敵が槍を突き出してきたら受け流しつつ右斜め前に踏み込んで、懐に入り……あれっ?)


 ピエールはスルリと槍をかわしてあっさりと『大鬼(オーク)』の懐に入り込む。


(なんだ? 敵の動きが遅い?)


 そのまま敵に密着し、関節を極めて、投げ技をかける。


大鬼(オーク)』は地面に叩きつけられた。


 すぐにマリーが詰めて、『大鬼(オーク)』の喉笛を掻き切った。


「よし。よくやったわピエール。次行くわよ」


「えっ? う、うん」


 余力のあるピエールとマリーは、もうひと仕事しようとしたが、すでに他の隊員によって残りのモンスター達も片付けられていた。


 ロランはマリーとピエールの下にいって労った。


「マリー、ピエール、今の動き良かったよ」


「あ、ロランさん」


「この調子で次も行こう」


「は、はい」


【ピエール・デュポンのスキル・ステータス】

『見切り』:B(↑1)

『柔術』:B(↑2)

 俊敏(アジリティ):80(↑50)-90(↑40)


(ピエールはすでにBクラスの実力だ。『見切り』と『柔術』に絞って鍛錬したのは正解だったな。予想以上に使える盾使いになった。これならこの探索を通してさらに伸びることになるだろう)


 その後もロラン達は探索を進めたが、モンスターが現れる度に難なく倒すことができた。


 ピエールは思わず仲間を見回す。


 もうすでに10回以上戦闘をこなしている。


 いつもならこの辺りで息切れしているはずだが、今回の探索に限っていえば、誰一人として疲れた顔一つ見せなかった。




 モンスターの混成軍が現れた。


小鬼(ゴブリン)』、『鎧をつけた大鬼(アーマード・オーク)』に加え、『ハガネワシ』や『鎧をつけた狼(アーマード・ウルフ)』もいる。


 飛空ユニットの『ハガネワシ』に俊敏(アジリティ)の高い『鎧をつけた狼(アーマード・ウルフ)』。


 加えて、『小鬼(ゴブリン)』と『鎧をつけた大鬼(アーマード・オーク)』には、弓矢など遠距離武器を装備している者と近接武器を装備している者がいる。


 さまざまな特性を持ったモンスターの混成軍。


 部隊の対応力が試される相手である。


「敵は弓矢を持っている。ピエールお前の盾では小さすぎる。下がっていろ」


 レジナルドが言った。


「敵弓使い(アーチャー)には、俺達大楯持ちで対応するぞ!」


 レジナルド達、大楯持ちの戦士(ウォーリアー)が防御線を作る。


弓使い(アーチャー)は敵の飛空ユニットに備えて! 『鎧をつけた狼(アーマード・ウルフ)』は私がやる。ピエール。近接装備の『鎧をつけた大鬼(アーマード・オーク)』をお願い」


 マリーが指示した。


 レジナルドは防御の指揮、マリーは攻撃の指揮と自然と役割分担されている。


「分かった!」


(マリーとレジナルドの指揮がどんどん冴え渡っていく。疲労が軽減されるだけじゃない。連携と戦術も自然と最適化されていく。


 以前までの部隊とはまるで違う。


 自分の長所を集中して鍛えるだけで、こんなにも違うのか?)


 ピエールは弓矢攻撃が来る時は身を隠し、近接戦闘の『鎧をつけた大鬼(アーマード・オーク)』が来れば、スイッチして対応した。




「レジナルド隊はだいぶ小慣れてきましたね」


「ああ。型は作れたって感じだ」


 リリアンヌとロランは少し離れたところから戦いを見守っていた。


 すでにロランが口出ししなくてもレジナルド隊は自律して戦えるようになっていた。


 ロランはリリアンヌが隣でウズウズしているのを感じた。


「リリィ。君もそろそろ戦闘に本格的に参加してみるかい?」


「えっ? いいんですか?」


「うん。君のステータスも大分回復してきた」


【リリアンヌ・ルーシェのステータス】

 魔力:100(↑40)-130


「まだ、不安定だから『雷撃』は一度の戦闘につき、一回までだよ」


「分かりました。それでは行ってきます!」


 リリアンヌは箒に跨ったかと思うと、空に飛び上がった。




 レジナルド達は盾に隠れて敵の矢を受けながら、なかなか進めず足踏みしていた。


(敵の矢がなかなか絶えない。前に進めんな)


 矢を防げてはいるので、こちらの防御を破られることはなかったが、こちらから攻撃を仕掛けることもできなかった。


 このままでは盾使い全員が消耗してしまう。


(どうにかならないものか)


 レジナルドがそんな風に悩んでいると、突如雷鳴が轟き、敵の弓使い(アーチャー)部隊が吹き飛んだ。


(これは! まさかリリアンヌの『雷撃』か!?)


「さあ、皆さん今です。攻勢に出て下さい」


 リリアンヌがそう言うと、防戦一方だったレジナルド達は進み出て白兵戦を仕掛けた。


 リリアンヌがもう一度『雷撃』を加えると、モンスター達は立ち所に崩れて、潰走し始める。


 ピエールはその様を見て、ただただ舌を巻くしなかった。


(凄いな。あれが雷撃の魔女。たった2発で敵の弓隊を無力化した)


 ピエールがそうやって感心していると、突然、リリアンヌが風に吹かれてフラつき始めた。


 このままではまだ踏み止まって戦っている弓矢持ちの『小鬼(ゴブリン)』の近くに着陸してしまう。


(危ない!)


 ピエールは咄嗟に走り出した。


小鬼(ゴブリン)』はピエールに向けて矢を発したが、ピエールは『見切り』で弾いて、『小鬼(ゴブリン)』を『柔術』だけで無力化する。


 どうにかリリアンヌが着陸する前に受け止めることができた。


「大丈夫ですか?」


「ありがとう」


 ピエールはリリアンヌの顔を間近で見てドキリとした。


 遠目に見ても美しい人だと思っていたが、近くで見ると思った以上に美人だった。


「久しぶりの『雷撃』で思った以上に疲れてしまったみたいです。ダメですね。無理をしては。それはそうと……」


 リリアンヌはピエールのことをじっと見つめた。


「あなたの今の動き良かったですよ。助かりました」


「え? は、はい」


 ピエールがドギマギしていると、ロランが駆け寄ってきた。


「リリィ、大丈夫かい?」


「はい。ピエールさんが助けてくださったので」


「ダメじゃないか。『雷撃』は一度に一回までって言っただろう?」


「んふふ。ごめんなさい」


 ピエールはリリアンヌが離れた後も朗らかな声、たなびく長い髪、マントに包まれた肉体の柔らかな感触をしばらく忘れることができなかった。




 その後もレジナルド隊はダンジョンを進んでいった。


 リリアンヌの『雷撃』を得た部隊は、さらに破竹の勢いでダンジョンを進んでいった。


 部隊の士気はすこぶる高く、特にピエールは盾使いとして防御面でも攻撃面でも多大な戦果を上げていった。


 普段おとなしいピエールが獅子奮迅の働きをしているのを見て、驚く隊員が後を絶たなかった。


 やがて部隊は目的地である銀山へと辿り着く。


 ロランは見えてきた銀山を注視する。


(あれが銀山か)


 なるほどそれはいかにも銀の沢山採れそうな崖だった。


 斜面の至る所から露出した銀が鈍い光を放っている。


 そしてそれを守るように『小鬼(ゴブリン)』達が穴を掘ったり、木材を組み合わせたりして巣を作り、その場を行き来していた。


 ロラン達が崖のすぐ近くまで部隊を進めて布陣すると、『小鬼(ゴブリン)』達はすぐさま崖を滑り降りて襲いかかってきた。


 ロラン達はてんでバラバラに襲いかかってくる『小鬼(ゴブリン)』達を迎え撃っていたが、そのうち『小鬼(ゴブリン)』達の方もどんどん集まってきてロラン達を取り囲むようになった。


 崖の穴に潜んでいた『小鬼(ゴブリン)』達は思いの外多く、中には重装備の『鎧をつけた大鬼(アーマード・オーク)』までいたが、これまでの戦闘を通してしっかりとスキルと連携を高めてきたロラン達は、数で押してくる敵の攻撃をうまくいなして戦闘を優位に進めていった。


 そのうち100匹はいたかと思われる鬼族も逃げたり倒れたりして半分ほどに減り、戦いの趨勢は決まったかのように思われた。


(この分ならリリィの『雷撃』を使うまでもないかな)


 ロランがそんな風に思っていると、突然、崖の上から地を揺るがすような雄叫びが聞こえてきて、『巨鬼(オーガ)』が現れた。


巨鬼(オーガ)』は怒り狂ったように地面を叩いたかと思うと、崖から飛び降りて平地に着地し、脇目も振らずロラン達に襲いかかってきた。


「あれは『巨鬼(オーガ)!?」


「こんな階層で『巨鬼(オーガ)が出るなんて、聞いてないぞ」


 思わぬ強敵の登場に部隊の一部が狼狽(うろた)えたが、ロランは慌てずにやるべきことをやった。


「ピエール。君のスキルで『巨鬼(オーガ)』を止めてくれ」


「はい」


 ピエールは突進してくる『巨鬼(オーガ)』の前に立ちはだかった。


巨鬼(オーガ)』はピエールを払い除けようと棍棒を振り回したが、ピエールは棍棒をいなして懐に入り込むばかりか、『巨鬼(オーガ)』の足が地面から離れた一瞬を狙って体をぶつける。


巨鬼(オーガ)』は何かに躓いたかのようにつんのめった末、転んでしまう。


巨鬼(オーガ)』は怒り狂っていたのから一転、キョトンとした。


 自分より遥かに小さい人間(『巨鬼(オーガ)』の身長はピエールの約2倍)に転がされた。


 その事実を理解することができなかった。


 その後も巨鬼(オーガ)は部隊を攻撃するべく前進したが、すべてピエールによって阻止された。


 叩き潰そうとすれば威力を吸収され、なぎ払おうとすればそらされ、捕まえようと距離を詰めれば、一瞬の加速で懐に入り込まれて浮いた足を狙われ転ばされる。


 何をやってもピエールにダメージを与えることができない。


 そのうち『巨鬼(オーガ)』の方も息が切れてくる。


 ピエールはピエールで不思議な気分だった。


 以前まで『大鬼(オーク)』の突撃にもあっさり潰されていた自分が、数分間にわたって『巨鬼(オーガ)』と互角に戦い、攻撃をいなし続けている。


(信じられない。『巨鬼(オーガ)』を相手にしているというのに、まったくやられる気がしない)


【ピエールのスキル・ステータス】

『盾防御』:A(↑2)

『見切り』:A(↑1)

『柔術』:A(↑1)

 耐久(タフネス):90(↑50)ー100(↑40)

 俊敏(アジリティ):90(↑10)ー100(↑10)


(ピエールのスキル『盾防御』、『見切り』、『柔術』がすべてAクラスになった。『柔術』がAクラスになることで、どれほど鍛えても上がらなかった耐久(タフネス)も90ー100になっている。今のピエールなら物理攻撃であればどれほど腕力(パワー)を込められようとも受け流すことができるだろう)


 そうして、『巨鬼(オーガ)』は敵にダメージを与えられないまま棍棒を振り回し続けていたが、ピエールもピエールで『巨鬼(オーガ)』にダメージを与えることができなかった。


 どちらも決定打を与えられないまま、時間だけが過ぎていく。


 しかし、そんな時間もやがて終わる、『巨鬼(オーガ)』の頭の上に小さな影がよぎったかと思うと、その頭に向けて雷が落ちてきた。


 最初の一撃はどうにか耐えるものの、もう一撃受けて流石の『巨鬼(オーガ)』も力尽き、その場に倒れる。


「ピエールさん、ありがとうございます。あなたが『巨鬼(オーガ)』を消耗させたおかげで楽に倒すことができました」


 リリアンヌは箒に跨って空中に浮かびながら、微笑んだ。


「この勝利はあなたのものですよ」


 リリアンヌはそう言ってウィンクした。


「リリアンヌさん」


 ピエールは降りてくるリリアンヌを受け止めようとしたが、リリアンヌは今度は空中でバランスを崩すことなくロランの下まで帰っていく。


「あ……」


 ピエールは掴みかけていたものが手の平からすり抜けていく感覚に襲われて、その場に立ち尽くした。


 そうして呆然としていると、誰かが背中からぶつかってきた。


「ピエール、あんたやるじゃない!」


「ま、マリー!?」


「『巨鬼(オーガ)』を倒すとは。大金星じゃないか」


 レジナルドがピエールの頭をガシガシ掻き回しながら言った。


 そのほかの隊員達もピエールを祝福していった。


 その後、ロラン達は銀山から銀鉱石を調達して、街へと引き上げていった。




 街では住民達が歓呼の声でレジナルド隊を迎えた。


 皆、新たに生まれた勇者を、そしてロランによって育成された冒険者を一目見ようと、ダンジョンからの帰り道の沿道にて待ち構えていた。


 この街の住人はすでにロランが一流の育成者であることを知っていた。


 レジナルド隊の者達は誰もが幸せそうにして住民達からの祝福を受けた。


 そのうち、住民達は『巨鬼(オーガ)』を倒した冒険者は誰かと、その姿を探し求め始める。


 ロランはピエールを手招きした。


「ピエール。みんなが君を探してるよ。一番目立つ場所に来て」


「あ、はい」


 ピエールはロランに誘われて、列の先頭に立つ。


「あの、ロランさん。ありがとうございます。あなたのおかげで僕も部隊も強くなることができて」


「それは違うよ。ピエール」


「えっ?」


「強くなったのは君の力だ。僕は君の中に眠る力を呼び覚ます、その手伝いを少しだけしたに過ぎない」


(なるほど。これがロランか)


 ピエールはなぜロランが執行役まで上り詰めることができたのか分かったような気がした。


「みんな。紹介するよ。彼が今回『巨鬼(オーガ)』を倒した冒険者ピエールだ」


 住民達はピエールに惜しみない拍手を送った。


 ピエールは手を挙げてそれに応える。


 密かに芽生えた淡い恋心は誰にも知られることなく終わったが、ピエールは街の英雄になった。

『追放されたS級鑑定士は最強のギルドを創る』コミックス1巻発売中です。

文庫第6巻は3月25日(金)に発売です。

書店に寄った際はぜひチェックしてみて下さい。


追記

後日談2を投稿しました。

以下のリンクからどうぞ。

https://ncode.syosetu.com/n9358hn/

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文庫第6巻が3月25日(金)に発売です!
ふーろさんが丹精込めてイラスト描いてくださりました。
可愛いピンクのツインテールが目印です。
よければチェックしてあげてください。
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― 新着の感想 ―
[良い点] 後日談が読めて嬉しいです。 メインストーリーは完結ですが、こうやってサイドストーリーがまた、読めるのを楽しみにしています。
[一言] 後日談待ってました!個人的にはエドガー達悪党の末路や火竜の島のその後とか読んでみたいです。
[一言] 更新お疲れ様です。 結婚が重要じゃない世界だとしても、 結婚、子どもエンディングを望んでしまう私は、 結婚イコール幸せという世の中の考え方に 染まっているのだろうか…いや、うーん。 ただ、…
感想一覧
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