僕の新しい世界
「まあ、そう思うわな」
腕を組ながら、月は言った。
何時もの月の物言いだった。
だけど、何時もと違うのは心なしか少し、何時もの飄々とした表情とは違いその顔には驚きがにじみ出ていた。
「………月さん?……どうかしたんですか?……もしかして僕は何か失敗したんでしょうか?」
空色にとって、今の世界の全ては、月と心のいるこの場所だけなのだから不安に思うのは仕方がない事だろう。
月や心の一挙一動で不安になる。
そのせいか、はたまた持って生まれた能力か?……空色は誰より人の心の動きを察知するのが得意だった。
ちょっとした動揺までも拾い上げる。
だから、空色らしい能力と言えば、能力だった。
月が確認したかったのは、どんな能力を持っているかどうかであり、それにより修行方法は大きく変わってくる。
空色が得意とするのは、ヒーリング。
ズバリ癒しと再生。そして、反対の破壊だ。
ただ、この能力は戦闘とはかけ離れたもので、はっきり言って、役にはたつが、戦いには向かない。
破壊は文字通り、全てを無に帰す行為であり一番使ってはいけないもの。
空色の能力は未数値だが、ハッキリしているのは、人間から妖怪、精霊の類い迄も治す事が出来る能力。
空色がそちらが得意なら、教えるのは武術じゃない。
無論基本的な護身術は教えるが、そこまでだ。
どちらかと言えば、ガチンコの喧嘩が得意な月とは正反対だった。
ああ見えて、心も守りではなく、攻めが得意なのだから、家族以外での空色の先生が必要となってくるだろう。
幸い、空色の通うことになる学校は、専門の先生も多い。 相談するのも悪くは無いだろう。
空色の能力は役にたつ分、回りから狙われやすい。
守る術も考える必要があった。
「空色、今日は私が学校まで送っていくからな」
空色はパアッっと明るい表情を見せる。
「月さんが送ってくれるんですか?……あれ?修行はもう終わりですか?」
「ああ、確認したかった事は概ね解ったから今日は良い。朝御飯を食べたら学校に行くぞ?」
「はい!」
今までで一番素直な返事、それを見ていた月は、空には気付かれない様にホッとしたのだった。
月とやはり心が空色と一緒に学校まで向かった。
自分が行くから良いと言う月の言葉にも、空色との約束だからと言って頑として譲らなかった。
空色にとって今までに味わった事のないむず痒いもそれでいて心がほっこりと温かくなるような感覚。
間違いなく、この時誰よりも空色は幸せだったのだ。
学校までの道のりはまるで親子の様だった。
と言っても、心さんも、月さんも女の人でお父さん役はいないけれど、月さんは見た目とは裏腹に男前な性格をしているからお父さんで正しいのかも知れないけれど。
見た目は16、7歳くらいの美少女で、まるで精巧に造られた人形の様だった。
反対に心さんは長身のスレンダーな美女。
二人とも綺麗だけれど、印象は正反対だった。
空色は女の子の様な容姿だったため、何も知らない他人には年の離れた姉妹の様に見える事だろう。
学校まで近付くと一人のどう見てもガキ大将と言った容姿の少年が話し掛けて来た。
良く見れば端正な顔立ちをしている。
それなりの年齢になれば、ワイルドなイケメンになることは容易に想像が出来た。
「空色!!お前も今、登校か?」
漆黒の綺麗な翼を羽ばたかせ空を飛んできたのであろうが、能力により、力の無い人間には見えない。
この少年は何を隠そう、先生に楯突いてボコられていた鴉天狗の疾風である。
何故自分が声をかけられたのか解らずに一瞬ポカンとしてしまったけれど、そこは適応力の高い空色である。
一つの間を空けたか空けないかで直ぐに感情を仕切り直した。
「疾風………君。おはよう、僕も今登校してきた所だけど疾風君、今空を飛んで来てたよね?」
「君は要らねえ!」
鼻息を荒くして、でも怒っている訳では無いのは解った。
解ったから、取り敢えず言葉を直してみる事にした。
「疾風,空を飛んで来てたよね?」
今度は太陽見たいな笑顔が疾風の顔一面に咲いた。
余程嬉しかったらしい。
「ああ、飛んできたぞ!」
二人のやり取りを見ていた月がニヤニヤして見ていた。
心さんはと言うと、微笑ましい物を見るように優しい笑みを浮かべている。
「チビスケお前は鴉天狗だな?……お母上は息災か?」
「チビズケじゃねー!疾風だ!………あっ!!お前、鬼だな!!…」
疾風は余程月のチビズケ呼びが許せなかったのか、烈火のごとく怒っているが、当の月は何処吹く風だ。
でも空色は許せなかった。
「疾風………お前や鬼じゃない。月さんさんだ」
冷静にかつハッキリと怒っている空色は珍しいが、これこそが空色の本質的な性格だった。
穏和だが、消して弱くはない。自分を持っていて、退かない一線では,けっして退くことはない。
大自然の様に揺るがない。