僕だけがいない
「晩御飯はいらない…」
「解りました…お気を付けていってらして下さい」
それ以上何も訪ねようとしない心さんに不信感を懐きながらも自分からは訪ねる事が出来なかった。
心さんが聴かないのなら、何も言わない方が良い…そう感じたのだ。
「…………お前は…子供の癖に空気を読みすぎる…」
「…え?」
突然月さんに頭を撫でられる。
「そう思うなら、空色に空気を読ませる行動は慎んで下さいな…」
間髪いれずに心さんが突っ込んだ。
「……空色、月様は、貴方を宜しくと頼みに行くのですよ」
笑顔のまま、シレッと心は教えてくれた。
「!!!お前は…また!!!」
真っ赤になった月とは裏腹に心は終始笑顔のままだった。
「あら?違いましたか?」
「つっ!!!…行ってくる!!」
言葉では勝てないとなると、月は素早く退散した。
「はい…いってらっしゃいませ」
二人のやり取りに、入りがたい雰囲気を感じ取り寂しくなる。
何時かは…俺もこの中に入れるだろうか?
「大丈夫ですよ…時期に慣れます…」
心でも読んだタイミングで フォローしてくれたのは心の底から嬉しいが、同時に怖くもなった。
彼女には隠し事は通用しないだろう。
「さあ…後片付けをしてしまいましょう…空色手伝ってくれますか?」
「はい!!」
直ぐにくみ取ってくれる繊細さと勘の良さには大人になった今でも完敗だ。
言葉通り、その日の月さんの帰りは遅かったがそれでも、寝る前には帰ってくれた事が嬉しかった。
翌日…心さんに連れられて小学校に向かった。
家からもそこまでは遠くなく…ガキの足でも歩けない距離じゃない。
此れなら明日からは、自分一人で行けるな…そんな事を思っていると…
「送り迎えは私の楽しみですからとらないでくださいね?」
笑顔だが有無を言わせない迫力はどこから来るのか?
「………はい…」
小学生でそれしか言えないのも無理は無いだではないか!?
遠慮がちだった俺の性格をよく理解した上で接してくれる…本当の母よりも母に近い存在…俺は幸運なんだろう。
子供心にも…見ず知らずの他人である月さん達が家族として受け入れてくれる事は特別なんだと分かっていた。
実の親でさえ…俺の存在を疎んでいたと言うのに。
小学校に着くと真っ直ぐ理事長室に向かった。
ここは小学校から高校迄の一貫高で、入るには一定の特別なルールがあると心さんは道ながらに教えてくれた。
ノックをした後、理事長室に入るとそこには優しげなおじさんが座っていた。
「君が空色君かな? 話は聞いているよ。 ここは色々な人がタクサン通っているから、きっと君と心から通じ合える友達ができる筈だ」
空色は、普通クラスではなく、特別クラスに入学が決まった。
特別クラス…それは妖怪の子や、人間とのハーフの子供たちが通うクラスだった。
空色事態は普通の人間なのだから、人間のみの通う普通学級でも良さそうな物だが…月さんや心さんがする事なのだから間違いは無いだろう。
まなじ、学校事態に通わせては貰えなかった実の母親より…月さんや心さんの方が信じる事が出来る。
「今は授業中だが…見学していくと良い…明日からは普通に通うのだから」
理事長と呼ばれる優しげなおじさんはそう提案してくれた。
心さん事態その事に同感だったらしく特別学級の一年生の教室に案内された。
特別学級とは何も妖怪が要るからだけでは無くて…ずば抜けて頭がいい人が要るのもその特色で、世間からは優秀者のみの特進クラスだと思われていたとは…後から知った事だった。
クラスの前まで来ると何故か教室の前で足が動かなくなってしまった。
どうして?…そう自分に問うても答えが見つからない。
立ち止まってしまっている空色に心はそっと手をつなぎ微笑んだ。
「心さん……」
「少しの間、手を繋いでいても良いですか?」
それは俺のセリフです。
空色は声に出してしまいそうな言葉を飲み込んだ。
言葉の代わりに心さんの手をぎゅっと強く握る。
すると心さんはにっこりと微笑んでありがとうと言ってくれた。そのおかげもあって、躊躇した心は消えてすんなり教室に入る事が出来た。
担任になるであろう先生には既に話が通じていたらしく、空色を見ると、ざわついた生徒たちに向かって説明した。
「明日から皆さんと一緒に学ぶお友達の空色君です。 皆仲良くしてあげてくださいね」
先生の掛け声に答える様に「はーい」という声がかえってくる。
好奇心旺盛な瞳が俺に向けて押し寄せる中、一つだけ他の視線とは逸する物が含まれていた。
初めて感じる視線にこの時の俺はどうして良いのか解らなくなっていた。