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君の僕  作者: 藤
3/12

僕だけがいない

「古い家で驚いたか?……だが丈夫で壊れはせんから安心して入りなさい…今日からここが空色の家なのだから…」


 外門を開けて招き入れてくれる。


「お邪魔します…」


「…何だ、ソナタは家に帰ってきてもお邪魔します等と申すのか?」


 眼差しは優しく諭す様に聞いてくる。

 俺の意見など無かったから存在を認められる事に戸惑ってしまう。


「…………………………ただいま…」


「お帰り…空色」


 初めてのお帰りがこれ程歯痒い物とは思わなかった。


 だだっ広い部屋の一室が俺に与えられた部屋で…そこは月さんの部屋の隣だった。

 寂しくない様にとの配慮で有ることは今の俺には解る。

 当時はただ嬉しいだけだったのだけれど。

 どんなに彼女の心遣いが細やかだったか…何て失って初めて気付くとは…後悔は、本当に先にたってはくれないらしい。

 初めてこの屋敷で迎えた朝、美味しい匂いに釣られて目覚めて、その香りを追い掛けて台所迄たどり着いた。

 卑しいとは思うのだが、美味しい匂い等一体いつ以来嗅いでいないだろうと思うと歯止めなどきかなかった。

 ましてや子供なのだから…尚の事だろう?


 扉から中を除くと底には未だ若い女性がせっせと料理を作っていた。

 包丁の音とはこんなにも人を穏やかにさせてくれるものなのか…。

 この人にこれから俺は料理や武術 を教わる事になるのだから、貴重な初対面だったのかも知れない。

 まあ、間が抜けていたから…忘れたい様な気はするのだけれど。


「どうしたのです?…入って来なさい。…特別に味見をさせて上げますよ…ただ、月様には内緒ですよ?」


 彼女は俺の存在に気付いていて、お母さんの様に語りかけて来た。


「…良いんですか?…」


 何だか照れ臭く…小声になったのを覚えてる。


「子供が遠慮なんかするものじゃ有りません」


 彼女は手を止めて此方に向き直った。

 其だけで自分を認めてくれている様で素直に嬉しい。

 すぐ目の前まで来ると膝をつき目線を合わせてくれる。


 「ほら、口を開けてご覧なさい?…それとも好き嫌いが多いのかしら?」


 いつのまにか彼女の手には先程迄作っていた玉子焼きがあり、言われるまま開いた俺の 口にそれを入れてくれた。


 「甘くて美味しい!!!」


 途端に笑顔になった俺にほぼ笑みが溢れてくる。


 「口にあったのなら良かったわ…」


 彼女は立ち上がるとまた忙しく動き出した。

 この玉子焼きが俺にとって母の味になり、玉子焼きは甘いもの…と言う固定観念が俺に定着した瞬間だった。

 でも、幸せの象徴なのだから変わりようがない。


 「僕もお手伝いさせてください!!!」


 「あら?手伝ってくれるの?…有り難う」


 彼女はじゃあ机を拭いてきてくれる?…と布巾を手渡してくれた。


 「はい!!」


 勢い良く返事をした俺に、


 「おりこうさんね…有り難う、助かるわ」


 と声をかける彼女。

 その瞬間…俺の目からは水滴が意思とは関係なく溢れてくる。


 「あれ?…どうして?」


 何で溢れてくるのか解らない。

 でも、止められない。


 「貴方はよい子よ…」


 撫でられた頭がこんなにも苦しくなる。


 「大丈夫」


 何に対しての大丈夫だったのか…未だに本当には解らないが、でもストンと自分のなかに落ちてきた。


 ああ…大丈夫なんだと…これが…日常になってくる予感が俺にはあった。


 普通とは当然では無くて…平等に有るものでもなくて…掴み取るには…血の滲む努力が必要な事を俺は知っている。

 だからこそ…切に願う…普通が欲しいと。


 その日の食卓は大層賑やかなものになった。


「心……随分張り切ったな!!」


 月さんが驚いた様に声を上げる。

 机には、のりきらない程の家庭料理がところ狭しと並んでいる。

 後から分かったことだが、あくまで家庭料理に拘ってもてなしてくれたのだ。

 家庭料理を知らない俺のために…。

 月さんはその細い身体に似つかわしく無い程大量に食していた、一体何処に入っているのだろうか!?と考えてしまう。


「月様!!…これは空色の為の料理です!!…ちゃんと空色の分を残してください!!」


 怒られているがどこ吹く風と言った様に気にしてはいない。

 諦めたのか、手際よく俺の好きなものを小皿にのせて取ってくれる。

 勿論、俺が言った訳ではない。

 驚いた事に、この食事の間に判別していたのだ。

 俺の好きと嫌いを…。


「お腹は一杯になった?…子供が遠慮なんかしてはダメよ?」


 箸を追いた俺に心さんは語りかける。


「今まで…こんなに食べた事が無かったからもうお腹が一杯になりました、美味しかったです。ご馳走さまでした」


「はい…お粗末様でした」


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