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君の僕  作者: 藤
1/12

僕だけがいない

 あれは…雨が強く降った夜だった。

 何時もの様に母親が知らない人を家に連れてきて……その間家を追い出される。

 そう、俺にとっては何時もと何ら変わらない日の出来事だったんだ………彼女に出逢ったのは…。



 その日の夜は運悪く雨が降っていた。

 例え夜でも其なりに暖かいのならまだ凌げるのだが。

 雨の水が日頃母親の鬱憤晴らしに殴られた身体の傷を容赦なく痛め付けてくれた。

 勿論傘なんて無くて…寒くて…とにかく雨だけでも凌ごうと幼いながらに公園の遊具の中に身を隠した。


 休憩所のベンチにいたのではもしかしたら警察官に見つかるかも知れない。

 前に一度補導されて迎えに来た母親に動けなくなるほど殴られた。

 一度味わった事を二度やれば、もっと酷い殴られ方をするのは…経験上解っていた事だから…。


 だから、隠れた…隠れたのに。

 いつのまにか…うとうととしていた間に雨が止んでいた様だが、そんな事で目覚めたのでは、勿論ない。


 強く腕を引っ張られる。

 その衝撃で目覚めた。

 辺りを充満する酒の匂い…。


「なあ~んでこんな時間に子供がこんな所にいるんだあ~」


 方膝をつくような形で立たされ…腕は強く捕まれたままだった。


「んー~ん?…そうか…これは夢か…俺は夢を見てるのか!?」


 酒で浸された頭は、真実を確認すること何て出来ない。

 年の頃…30代後半から40代と言った所か…スーツにネクタイ…サラリーマンであろうこの男は俺をじっと見詰めた。


「可愛い顔した嬢ちゃんだなあ~」


 この頃の俺の容姿は少女と間違われる程中性的だった。

 だから………慣れているけど、気持ち悪い。


「夢なら…悪戯したって…捕まったりしねえよな…」


 唾を飲む嫌な音が嫌悪感を増幅させた。


「放せよ!!」


 咄嗟に言った言葉が余計に男の征服欲を掻き立ててしまったらしい。


「………一度……嫌がる…少女をいたぶって見たかったんだよなあ…」


 ヤバイ…そう直感したが…振り払う事も出来ない。

 この時の俺は未だ小学一年のガキだった。


 服を剥ぎ取られそうになった瞬間にその出来事は起きた。

 余りにも最悪過ぎて目の前の男とは違う意味で夢じゃないかって…思っていたから…余計に信じる事ができなかった。


 そう男の腕が曲がってはいけない方向に曲げられていた。


「うぎゃああああああああ!!」


 絶叫と共に俺の腕は放された。

 何があった!?状況を確認しようとした俺の目の前には、見たことが無いほど美しい…この世の者とは思えない…鬼が立っていた。

 鬼で合っているのかも定かでは無いが…何せ空想上の存在だから、鬼などと言う存在は。

 絹のような美しい髪を束ねる事なくそのままの姿のまま風に遊ばせ…頭から生えた角は鹿のそれを思わせた。

 深紅の着物に白い肌をした女鬼は男の首を片手で掴むと軽く上に持ち上げる。


「…私の目の前で…見たくないものを見せるな…腹立たしい…」


 調度首を絞める形になっていて…男は泡をふいていた。


「小僧…そなたもこの様な時間にこの様な場所にいるでない…ゲスな存在は何処に居るとも解らねのだからな…」


 それだけ言うと女鬼は男から手を放した。

 …殺してはいないようだ。

 未だ息がある。


「なんだ?……仕留めた方が良かったか?」


 黙って男を見つめる俺に女は声をかけてきた。


「いえ…殺しても…仕方がないから…」


 それは幼いながらの本心だった。

 そう……こいつを殺しても、俺の苦痛が消える訳じゃないのだから。

 だが、俺の返答が気になったのか女鬼は興味を示して尚も聞いてくる。


「面白い物言いをする……見た目と年齢は比例しない事も有るが…そなたがそうか…」


「空色だよ………僕の名前は空色だ、ソナタじゃない…」


「あははは!!……そうか空色か、それは失礼をした…では空色、私は月と言う。これも何かの縁…名を交換しても良いだろう…無論忘れてくれても構わぬが…」


 その女鬼は俺に笑いかけてくれた。

 それだけの事だけど…それだけじゃなくて…初めてだったんだ。

 俺を見て憎悪以外の感情を向けてくれたのは…。


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