第3話 廊下を辿ってみました
6歳と半年。まだ、走ることはできませんが、普通に歩けるようになりました。
元気になりました。これには、お父様も周りの女中たちも喜んでくれています。確かに紗耶香は元気な少女だったのですから。
それより、前世の経験や知識をひけらかすことはしません。不気味に思われますし、場合によっては幽閉、或いは亡き者に、なんてこともあり得ますから。慎重に。
精神は16歳の少女なのに、子供の真似をするのも、もどかしいのですが。
一人で遊ぶにしても、何をしようかしら。大分、歩けるようになりましたので、王城のあちこちを見て回ることにしました。というものの、一人で部屋を出ることはできません。必ず侍女のイネが供になります。そして、口うるさいのです。心配性なのです。
私の部屋は、お城の南東にある離れのようです。
中庭の右手から日が差してきて、3時ごろには建物の左の奥に入ってゆきます。だから、縁側に居ると日中は日光浴が楽しめるのです。白と黄色と青の3つの太陽が巴に回っています。巴の周期は1時間ぐらいでしょうか?。
縁側の西を進むと、長い廊下が北の方に続いています。そこをゆっくり、そーっと進みます。イネに見つからないように。両脇には部屋が並んでいますが覗きません。30Mほど先に4つ辻があって、左に行くとお姉さまの部屋があります。今日は、そのまま、まっすぐ進みます。50Mほど、さらに北に進むと大きな中庭が見えてきました。
右手に長い渡り廊下があって、その先がきっとお父様が執務をされている、中央棟なのでしょう。
中央棟への渡り廊下を歩いていると、向こうから女中頭のアネモネがやってきた。
「まあ!!、お嬢様。こちらへ来られてはなりませぬ。さあ、お戻り願います」
「うーん。ちょっと覗くのだ」
ここは、目下にお願いしてはいけません。ちょっと押してみたのですが、とおせんぼされてしまいました。
まあ、今日はあきらめましょう。
ということで、先ほどの中庭ならばよいかと、問うと、しばらくお待ちをと言って、控えていた女中にイネを呼びに行かせたようです。ほどなく、イネがやってきました。
「お嬢様。おひとりで出歩かれると困ります」と言って、私を庇いながら、女中頭のアネモネに謝っていた。
(まあ、今日はおとなしく、部屋に帰ろう)
「サヤカ様、お一人では、あの渡り廊下には、お出でにならないようお願いします」
「あい。わかった」
(イネが叱られるのは、想定外だったよ。気を付けよう)
さて、今日は中庭の東の隅で、木の陰になっている勝手口から、ちょっと冒険してみましよう。
この勝手口は、主に庭師が使用しており、女中たちの死角です。侍女のイネも気に留めていないようです。
抜き足差し足忍び足っと。
木戸の前に立って、後ろを振り返りました。誰も気づいていません。
そーっと、木戸のかんぬきを外します。そして、ギギー!。あっ、やばいかな!。
もう一度振り返って誰も気が付かなかったことを確かめました。
「おぉぉ・・!」
そこから見える田園風景に一時見とれてしまったのです。そして、不覚にも後ろに迫ったイネの気配を感知できなかったのです。
「お嬢様!」
「もう少し、見ていたい。そこで待つように」
私は、イネの主人。お願いではなく指示を出すのです。でも成功率はなぜか低いのです。
大人の知恵とは恐ろしい。なんだかんだと言ってドナドナされるのです。
イネは、半死の私を、かいがいしく面倒を見てくれました。
5歳までのサヤカは、ほとんど立てず、床に座る程度でした。そんな身体を引き継いだ私は、絶望の毎日でした。あの雪山で遭難して、この異世界で生き返ったのはうれしいのだけれども、この不自由な身体から解放されるのは何時のことだろうと苦しい毎日でした。
「サヤカ様。このあたりに少し肉が付いてきましたよ。とか、握る力が強くなりましたね」とか嬉しいことを言いながらリハビリを助けてくれます。時に、負ぶって庭の中を巡ってくれました。
あの、滑落で死んだのは私だけだったのでしょうか?。
ユズキとユズキのお兄さんのアツシさん、無事山を下りられたのでしょうか?。それとも、私と同じように、どこかの世界に、或いは、この世界に転移してきていないでしょうか?。
思い出せば、悲しい。
お父さんもお母さんも、妹のフミもどうしているのでしょう?
あぁ・・、ダメだ、一気に沈んでいきそうです。そういう時は、イネが温かいハチミツ湯を持ってきて、慰めてくれるのです。
「一気には無理です。一歩一歩の先には楽しい明日が待っていますよ」
「うぅ・・・」
(恵さん、あの遭難した時のことが、走馬灯のように思い出して、つらい思いがこみ上げてきます。こんなことなら、転生してこなければと。うつうつする時もありましたが、イネの励ましとアンズちゃんの温かい抱擁で、すこしづつ身体も心もしっかりしてきたのです)