第二話 サヤカ・ミズホの旅立ち
ものごころが付いた時には、既に床に臥せていました。
お医者さんが、入れ替わり立ち代わりして、あたしを診てゆくのだけれども。また、お薬もたくさん飲んでも、一向に良くならないらしいのです。
時に、侍女のイネに抱えられて、時々縁側で庭を見られれば、調子がいい方です。うつうつと毎日が過ぎてゆくだけ。イネが、読んでくれる物語が唯一楽しみでした。
時々、お父様が来られて、
「サヤカ・・・・、きっと元気になれるよ!」と励ましてくれました。
5歳になったばかりで、中庭の桜がきれいに咲き誇ったを見ながら、あたしは最後の時を迎えたのです。
あたしは小さな光となり身体から離れて、皆の様子を見ていました。お父様もイネも泣いています。あ・・。あたしは死んだんだなと思いました。
と、見ていると、目の前に大きな光があって、そこから声が聞こえてきました。
「サヤカちゃん。これから輪廻の輪に戻る前に、10日間ここに留まって彼女を助けてほしい」と言われました。
そして、別の大きな光が現れて、あたしの身体に吸い込まれていったのです。
続いて、「ここはどこ?。何も見えない!身体が動かない!」と慌てた声が、元のあたしの身体の方から聞こえてきます。
「あなたはだれ? あたしはサヤカ」
「わたしはサヤカ・ミヤノマエよ。あなたはどこにいるの?」
それから、二人のサヤカは、互いに今までの出来事を話し合うのでした。
「ごめんね。あたしの身体がしっかりしていなくて」
「うん。きっと大丈夫。私、もともと元気な子だったから、きっと何とかなると思うわ」
こうして、宮之前・紗耶香は、サヤカ・ミズホの身体を依り代にして、この世界に転生したのです。
通夜が行われ、皆が悲しみに包まれた夜でした。
しかし、翌朝、イネがサヤカの身体にぬくもりが消えていないことに驚いたのです。
「お館様、大変です!」
お父様と医者が駆け付け、検診したところ、息が戻っており、様子をみることになったのです。お父様は、執務もせずに、その日はずっとサヤカの枕元に居ました。
そして、3日目の朝。
「イネ。お父様は?」
サヤカお姉さまは、あたしの言う通り、イネに問うたのです。
それからは、”サヤカが生き返った”と上へ下への大騒ぎとなりました。
あたしは、うれしかった。
サヤカお姉さまは、優しくて、あたしのことを好きと言ってくれました。
そして、毎日楽しくお話をしました。小さい時からのあたしの記憶をすべてあげました。お父様との思い出とか、イネにお願いしたこととか。アンズお姉ちゃんのことなど。お母さまのことも。
いっぱい、いっぱい、お話をしました。
イネが読んでくれる、物語の中でも、『悪役令嬢は追放先で畑仕事』が大好きでした。追放されるも、長い旅路の末に行き着いた村で、畑を耕し家畜を飼い、そして、良き伴侶を得る物語です。サヤカお姉さまは、黙ってこの話を聞いてくれました。
8日目に、アンズちゃんが見舞いに来てくれました。
いつものように、横に座ってあたしを見つめています。
『サヤカちゃん、そこにいるのは誰?』
『神様が、あたしの替わりに、この人を呼んでくれたの。とってもやさしい人よ』
アンズちゃんは、あたしと心で会話ができるの。
今日は、10日目です。もう少ししたら、神様が迎えに来てくれます。
最期にイネにお礼を言いたかった。
「サヤカお姉さま。イネに感謝が言いたいの、ちょっと代わってもらえないかしら?」
寝床を整えていたイネに向かって。
「イネ・・・・。あ・り・が・・・とう」
イネは、ハッと、あたしの顔を見て、その目に映ったのは、あのサヤカ・ミズホでした。
震える手で、あたしの手を握り大粒の涙を流したのです。
あたしは、神様に連れられて、輪廻へと旅立ちました。
どこかで、皆さんに会えるといいな。
(恵さんへ。転生した身体は、こちらの世界では王女でした。身の回りの世話をしてくれる侍女のイネさんは、恵さんのように優しいです。それと、王女様は生前の話をきかせてくれました。ずっと寝たきりで、聞くほどに涙が溢れてきました)