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変わらず某所(普通の民家の二階の 飼い主が寝ている隣に置かれた机の上のケースにて)
「とりあえず贋作は置いといて 聞きたいのは例の美術館のこと」
「ワテも飼い主に連れられて何遍か入ったことはある
経営は苦しそうと見て取れたことからして 盗みに走る確率は高かった
だが人間はそう簡単に悪に手を染めない種だ
……だからこそ亡くなった所有者から何も省みずに頂いて行くのは善良な行動だ
どれだけそのカンガルーが自分の母親の形見だと言い張ってもな」
「……そうね そこは生物の違いとして飲み込まないと行けない現実よね」
「人様の作った物は人様がなんとかする 現にそのカンガルーは絵をダメにしようとしたんだろ?」
「……もう十分だわ 約束の向日葵の種25個とプロテインよ」
「解決しなさそうな案件を持ち込んできたなハンネよ 勿論後悔することは理解してるな?」
「……こんなモヤモヤは初めてよ 情報屋として得てはいけないネタだったわ
小さくて脆い乙女のネズミの心にジャッカールの絵は助けてくれるかしら?」
「さぁな その時代は正義がぶつかる戦争の真っ只中
命あっての向日葵の種だ 人間様に楯突いて得はしない」
プロテインをチューチュー両手で啜る知り合いのハムスターは 巣箱に帰っていく
ハンネも外に出て星を眺めていた その場から中々歩き出せずにいたのだから
そして時間は展示再開の美術館へ
ミオ達家族は行列の中にいて 鞄の中にいたアオは仰向けに退屈そうにしていた
チューはアオの腹の上で考え事をしていた あれで良かったのかと
クロは今 動物園で何をしているのかと 省みては罪悪感を無視出来ずにいる
「次のお客様どうぞ!!」
ミオ達が館内に入ると まずは色んな美術品に目を通しながら列に続いて奥に進む
ジャッカールのサムサーラサンサーラに辿り着くまで ゆっくりと他の絵を楽しむようにしているらしい
暫く進むと館長が客達の前に姿を現わし 軽く先日のお詫びと今日という日の感謝の意を述べていた
「ジャッカールというのはご存じの通り戦時中に生を世に授かり
束の間の冷戦時にたった七枚の絵を描き残し 激しい戦場に駆り出されては国の為に有終の美を飾った一人の兵士でした
後に彼の絵は世界中で発見され 内六枚は国立美術館に展示されています
しかし彼が最期に描いたと伝わるサムサーラサンサーラは今日まで姿を見せませんでした
戦争画と言われる絵ばかりを描いてきた彼が 何故に最後は恋人宛ての絵を描かれたのか
恋と一括りに決めつける人もいますが 私はこの絵こそが彼の本性を現わしていると思っています」
館長が悠々と話し続けている中 両親は真面目に聞いてる傍らでミオは他の芸術品に大はしゃぎ
「見てよチュー! アオも! 大きな鳩さんがいるよ!」
「「 …………? 」」
キラキラさせて見ているミオの目には 美術館のホールで一際目立つ大きなノッポのボンボン時計
縦長に伸びる振り子台を見上げていくと その時計の頭に足を置く白く神々しい鳩が留まっていた
「家の鳩時計よりずっと大きくて迫力あるね!!」
「オーク材で作られたアンティークなテイストが美術館に合ってますね」
チャックの隙間から覗くチューとアオも 画期的でサイズが大きい物には興味津々だった
せっかくのお出かけなのだからと いつまでも落ち込んでられないと無理矢理にでも元気を出そうとチューは言い聞かせている
そして時間が進むと共に奥へ奥へと客足は進み
いよいよミオと両親とチューとアオはジャッカールの絵にお目にかかれた
「並んだだけあってオーラがすごいわねぇ……」
「これは鳥人や獣人なんだよなぁ…… 愛ねぇ……」
両親が感想を呟いている中でチューは確信する
ミオの父親は芸術音痴だと アオをパンダと名付ける辺り 薄々感じてはいた
いや もしかしたら独特のセンスをお持ちなだけかもしれないが
「森は納得しなかった戦争という背景を隠し 人々を動物に代えて本来あるべき生活を映し出している
現実逃避かとも思われる画家の自己満足かと思いますが これこそ当時の全人類の真意なのではなかったのだろうか
彼が戦地にて何を思って残したのか 後になって気付けば人々が共感する名作となっております
〝彼の者宛のサムサーラサンサーラ〟 是非心ゆくまで 貴方の感性を求め欲するがままに」
館長の長話も一区切りがつくと スタッフオンリーの扉の向こうへと消えていった
その行動を見逃さなかったチューは単独でその扉が閉まる前に入っていく
アオは「知るもんか」といった態度でミオにも伝えず狸寝入りを決め込んでいた
「いやぁ盛況盛況大繁盛!! ……なんとか首の皮一枚繋がったな」
「ですねー…… 閉館のお達しが下った一時はどうなるかと」
「園長のご厚意には感謝しかない 偽物だったが故に本物と嘘をついて貰ったのは気が引けるが
お陰で幻の名画というまやかし文句で客引きには成功した」
「バレないですよねぇ? 実物のサムサーラサンサーラは今も足取りが掴めていないんですもの」
「そりゃそうだ! 国立美術館の方にはとりあえず伏せて置くが
知られた時は知られたで あちらさんも何も言えまい 何せ現物が見つかっていない幻なんだからなぁ?
ワッハッハッハ!!」
「身寄りの無い飼育員が飾っていた贋作ですか…… 祟られないですよね?」
「贋作に念もクソもあるかよ…… 園長に嘘をついたとはいえ信用を買う為にうん十万くらい払ったんだ
むしろガラクタに価値を見出してやった 世間が見るこの絵は もはやジャッカールが描いた一枚
話題性でゴミを有名にしてやったんだ 感謝して欲しいくらいだぜ」
「ですね!」
観葉植物の鉢の裏で聞いていたチューは腕を組んで全てを把握していた
「……贋作だったとはねぇ しかし美術商側が確信犯だったとは世も末だ」
事の真実を知ったチューはミオのところへ帰ろうとすると
突然館内全域の照明が落とされ 外と変わらぬ闇に包まれた
「なんだ!!?」
館長も慌てふためき出し チューは隙を見て名画が飾られているミオ達のところへ戻ってみる
すると何事も無かったかのように灯りを取り戻し パニックになっていた全員が落ち着きを取り戻した時
「無くなってるぞ?!!」
さっきまで飾られていたサムサーラサンサーラは額縁ごとその場から姿を消した
「館長!! また絵が盗られました!!」
「なんだとーーー?!!! 警備員は何をしているんだ?!!
とりあえず客を一人も外に出すなよ!!? 犯人を見つけるんだ!!」