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鼠二匹の足で動物園に着く頃には雨がすっかり止んでいた
チューとハンネが封鎖されてる門の隙間を跳び越えると そこには自分達のサイズを遙かに圧倒する園内が広がっている
「こんなところまで来たけど…… ちゃんとアテはあるのチュー?」
「当たり前さ!」
するとチューはさっそく 目の前の壁を駆け上がって柵の奥へ
ハンネはふと このエリアにいる動物の紹介欄に目を通した
「ゾウのタマ子?」
ハンネも壁を駆け上がると
奥の檻の中には象とチューが楽しく会話している光景を目にする
「知り合いなのチュー?」
「随分遅かったですねハンネ
タマちゃん紹介するよ ハリネズミのハンネだ」
寝そべって頭を低くしてやっと視認出来る象は老眼だった
「私ももう体が言うことを聞いてくれないからねぇ~~ 私の足下に気をつけるんだよ?」
「えぇ…… チューとはお知り合いなんですか?」
「元々はサーカスの一員でね 旅をしていた頃のチューとはバッタリ逢っていたのさ」
「そんな経緯が……」
「ここは良くも悪くも訳ありな子達が運ばれてきて 見世物になる場所
目立ちたがり屋なら天職だけど 小心者が人々にジロジロ見られるとストレスで死んでしまう」
「あなたは?」
「私にとってここは…… 老人ホームかな……
ただ日中を歩いて 食べ物を貰って 昔のように大玉の上に乗らなくてもいいからね
老後を過ごすなら動物園とは よく聞いてたものさ」
何気ない雑談で時を過ごす天敵同士の夜は静かなもんだった
年寄り相手にゆっくり話すチュー達もついつい眠気に襲われるかのような
「おっと! いけないいけない! それでさタマちゃん! ここってカンガルーはいるのかい?」
「そうだねぇ…… 確かここから西側にいるコアラと近いところにいたような……
そういえばカンガルーはあまり話を聞かないね…… 言われてみれば一匹しかいなかったような……」
「もっとそのカンガルーについて知りたいのだが……」
「どうだったかねぇ~~……zzzzzzzz」
ウトウトしていた瞼はゆっくり閉じられ タマ子はそのまま深い眠りに就いてしまった
「仕方がない とりあえず西側のコアラを探そう」
「……鼻の穴が程よい大きさよねぇ タマさんの下で暮らそうかしら」
「やめなよ…… 象と鼠の因縁を掘り返さないでおくれ」
柵を跳び越えて二匹は西側エリアへ
木の上に抱きついて寝ているコアラをそっと起こして情報を得る
「こんばんわ~~」
「ムニャ? ったく今何時だと思って…… チューか?!」
「君はコアルスキーか?!!」
「懐かしいな~~チュー~~!! 会ったのは俺の故郷でだったよな!!」
「ユーカリを勧められたけど 煎じて茶を飲んだのは何年前だろうか……
コアルスキーはどうしてこの動物園に??」
「出稼ぎだよ」
「えっ??」
「故郷がさ よくある環境破壊って奴で住み辛くなってな
俺がこの動物園に来れれば俺達を保護してくれた団体に支援が集まり
里の施設で預かってる妻や子供を助けてくれるんだってさ」
「そんな重い事情があったとは」
「俺に比べれば周りはマシさ…… 家から出勤してるパンダもいれば
公園で捕獲されたイタチが餌に目を光らせて 夜は外に出て行く癖に従業員の出勤時間と共に帰ってきてやがんだから」
「……イタチ? それよりコアルスキー カンガルーがいる場所を知っているかい?」
「それなら隣だ」
重い体を起き上がらせて持っていたユーカリを貪りながら指を差す
その方向にチュー達も振り向くと その場所は真っ暗で動物の気配がしない淋しい場所だった
「奥の檻で寝てるのかな?」
「かもな…… だけど見てみろよ その隣の飼育員の事務所に明かりが見えるだろ?」
「……気になるな」
二匹はコアルスキーにお礼を言うと 事務所の天窓に登って室内を見下ろした
「やっとこさの思いで取りゃ返せたーで…… 良かったねぇ母ちゃん やっとかめに会えたわぁ」
「「 こいつだ…… 」」
人の生活感が漂う室内に違和感しかないカンガルーは 壁に絵を立てかけて独り言を呟いていた
暫く様子を見ていると カンガルーはあろう事かケースを外した絵に擦り寄ろうとしている
「ダメ!!」
咄嗟に声が出てしまったのはハンネだった
「おみゃーらは?!!」
「バレてしまったら仕方ない」
チューは器用に書類が置かれている机の上に降りると 手始めにお辞儀する
「僕の名前はチューと言います こちらは知人のハンネ」
「こんばんわぁ……」
「そこで何しようみゃぁ?! 絵なら返さにゃぁよ?」
ボクシングフォームで構えを取る彼は不思議と似合っていた
チューとハンネは顔を合わせてカンガルーに訳を聞いてみると
「その名画はあなたにとって大事な物なんですか?」
「……これはウチの母ちゃんの物だったの 母ちゃんこれをウチに見せて言うてたがねぇ
〝サムサーラサンサーラは自分の最愛の相手を想ってこぎり買った大事なもん〟だってな」
「この絵の所有者が君のお母さん?」
ハンネはここで初めて名画をじっくり見ることが叶う
一枚の絵には 人間の身体で様々な動物の頭をした者達が楽しそうに裸で遊んでいた
翼のある物は遠くへ飛んでいき 賢い物は木の実を食べ 力ある物は取っ組み合っていた
まるで数ある一つの自由 そんな森の中の生活が描かれていたのだ
「母ちゃんこの前 亡くなってまて……
そしたらここに飾ってあった絵がケースごと無くなっててなぁ
ウチは慌てて探しに行ったらないかんなって!!」