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膝を抱えて 今日が過ぎるのを待っていた
古いデザイン故に周りの建物から浮いてる美術館の玄関先には 人目を引く看板が置かれていた
〝 世紀の芸術品ジャッカールの絵がやってくる!!
展覧日は○月×日 招待客優先 チケットは前売りのみとさせて頂きます 〟
雨が降りしきる夕暮れに ポケットに手を突っ込んで壁にもたれ掛かる彼は一目を避けていた
運搬業者のトラックが館外の裏手に回るのを確認したその時 折りたたんでいた足は天高く舞い上がり
人間の能力を遙か上回る跳躍力で後を追っていく
「それはウチのもんなんでなぁ…… 返してちょーね!!」
ドアを開けてコンテナから丁重に運び降ろされるシートに包まれた四角い品物に飛びかかった瞬間
「おいカンガルーが美術品持って逃げたぞー!!」
パトカーのサイレン音と共に出払う動物保護の車両が通行人の見世物になっていた
謎に包まれる不穏な夜の始まりが 今回の物語である
一日前 とある少女の家はいつにも増して賑やかだった
鳩時計の裏側で十二回目の鳩のアラームを待っている小さなネズミは堪らず起きあがり
予定外で屋内の光を眩しそうに 目を擦りながら出てきた
「ボンソワール! ……ホワイトレディー ……フワ~~~」
半目でフワフワとたじろいでいる鼠さんは
ごく普通の少女ミオが住んでいる家に勝手気ままに住み着いている居候だ
鳩時計の裏側に現在拠点を置いていて 名をチューと 周りからそう親しまれている
「随分と紳士淑女の皆さんが慌ただしいじゃないか……」
「なんだ起きてきたのかネズミ野郎 寝静まった頃に食い殺してやるからもうちょっと寝てろよ」
「おはようアオ君…… ところでこの状況はどうなっているんだい?」
床より腰を左右に振ってヨダレを垂らす猫の名前はアオ 元々は野良出身の現在はこの家の飼い猫だ
チューとは種の宿命により 明け暮れる日々が続く死闘を繰り広げている
それよりも気になるのはこの家の住人達だ
ミオと両親は 三枚の紙切れを中心に興奮気味に鼻歌をハモらせている
「明日どっかに行くんだとよ」
「お出かけですか…… なら食料を分けて貰うのもそう急ぐ事ではないですね」
「大人もはしゃぐ程に楽しみなもんがあるんだろうな……
どれだけヨダレが垂れる肉を食いに行くんだろうなぁ?」
「名画を見に行くのよバカ……」
二匹の視界に入らない場所からハリネズミが出現した
「ハンネ! ……いつの間に来てたんだい?」
「チャオ! チュー! ……はい 頼まれていた夏物のベスト 通気性良くしといたから」
「ありがとうございます! いつものことながら仕事が早い!」
仕立屋の飼い主のもとにいたハリネズミのハンネ
彼女はさまざまな情報の中枢に入れ込んでいる情報通でもある
「あれは明日オープンの有名画家ジャッカールの愛の黙示録
彼の者宛ての〝サムサーラサンサーラ〟が見れるチケットよ」
「なんだそりゃ南の島の奴か?」
「これだから無頓着は…… 〝別の自分でも生きている、生きていく〟っていうメッセージよ」
「俺は花より団子だからな」
チューを見て舌を舐め回すアオ チューは苦笑しつつもハンネに聞く
「やけに詳しいじゃないか? 君も見に行くつもりかい?」
「えぇ…… 丁度今のあなたからの依頼でお暇を頂くし ネズミは館内の排気口から無料で見れるしね」
「そうかい 絵の感想を楽しみに待ってるよ!」
「……お一人様だけで見るには物足りない代物だから ホントはあなたにデートに付き合って欲しいんだけど
チューは見るからに感受性に乏しそう 芸術品に興味ないでしょ?」
「ハハハ! 痛い話ですな~ まぁご明察と返事しておきましょう」
額に汗を流しながらも会話を受け流すチューにハンネはやれやれと首を横に振っていた
溜息を漏らしながら手を振る彼女はそのまま外に姿を消す
「良かったのか行かせて?」
「絵に頓着が無いのは本当の事だからね 足を引っ張ってデートを最悪にするよりはマシさ」
「フン……」
「でも言われっぱなしは少しばかり癪だったね……」
結局チューは家に帰って二度寝を繰り返していた
チューもアオもハンネのことは特に気にもしないで そのまま夜の眠りに就くのであった
翌朝
鳩時計の向こうより自分を呼びかける声に起こされるチュー
声の主はミオで 肩に大きな鞄を抱えて彼の起床を足踏みしながら待っていた
「モガモガ……!!」
「ちょっとアオ!! 声を出さないで!!」
鞄の中からはアオらしき声が漏れ出ている
時計の奥からやっと現れるチューだが ミオの期待を上回る速さで 出掛ける支度が調えられていた
「チューさんも行きましょう?!」
「えぇ!! いざ芸術の世界を学びに!!」
時間は既に夕方に差し掛かっていた
近場で催される美術館へは徒歩で向かうミオと両親
鞄に猫一匹が入っているのでミオの歩き方は少々ぎこちない
傘を差してミオを濡れないようにしている母親も気になっていたが緊張しているのかなと流していた
やっとの思いで現地に到着した三人
しかし辺りは異様な空気が淀んでいる 館外の玄関前にはパトカーが停まっており
館長が大量の汗を流しながら 警察の聴取に協力していのだから
ミオ達も絵を見に来たであろう野次馬達に紛れてその様子を見ている
鞄の隙間から覗いているチューとアオも目をキョロキョロさせていた