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一方でチューとミーナは王国の中心地に来ていた
建ち並ぶファッション専門店で買い物に夢中になっているミーナ
それを素直に喜べないチューは 常に彼女の背中を見つめるばかり
「ねぇ次はあの店に行こうよ! ……どうしたの?」
「いや…… 良かったら喫茶店で休憩しないかい?」
「あら! 思ってたよりエスコートが上手いのね」
人間サイズの喫茶の扉前を見てつくづく思う
店内に入っても 普通のネズミでも人間の店員さんからはお客様扱い
あの場所で あの時にもし こんな風に歓迎される生き物になれていたら
「熱狂的なファンさんはちょっぴりだけどイメージが違ったかも」
「ん……??」
テーブルに頬杖をついているミーナは チューの顔をジロジロと観察している
「周囲に取っ付かない 無愛想で気を遣うという言葉を知らない
……そういうの何て言うんだっけ? ……一匹狼?」
「そうだね…… あの頃の僕は周りが見えてなかった
曇っていた真っ白な視界にようやく光が差し込んだと思えば……」
「何々? 昔話? 聞かせてよ!!」
ストローに口をつけるミーナは
これから語られるチューの話に静かに耳を傾けた
「ドブネズミが似合うくらいの やさぐれた時期が僕にあってね
そんな嫌な奴に声を掛けてくれた優しいネズミがいたんだ
丁度…… 君と同じ瞳をしていた素敵な女性だった」
「……」
「ある時…… そのコは花柄の布が欲しいと言ってね
そのコに心を開きかけていた僕は一緒について行ったんだ
それから不幸な出来事が起きてね そのコはヒトに殺されてしまった」
「まぁ……」
「好き…… だったのかな…… あの日ほど泣いたことは無かった
せっかく自分の為に仕立ててくれたチョッキも
ヒトの手に噛みついたことで汚れてしまってね……
自分にとって人生で一番最悪な一日となってしまった」
「……」
「何もしてあげられなかった……
せっかく褪せていた景色がはっきり見えるようになったのに
馬鹿なネズミは…… 日頃の恩返しが叶わなかったんだ」
「チュー……」
窓に張り付く水滴を見つめていたチューは
外では雨が降っていたんだと 結構な時間が経っていたことに気付く
「そろそろ劇場に戻った方がいいのでは?」
「そうね…… あなたの話を聴けて良かった
本番前の良い気分転換になったわ ありがとう」
「退屈な話にそう言って貰えて 僕も嬉しいよ」
お代を払うチューとお店から傘を借りられないか尋ねるミーナ
外に出るとミーナの手元に傘は一本だけ
彼女は傘を広げると持っている手をチューに向けた
「はい相合い傘!! ちゃんと舞台女優を舞台までエスコートしてよね!!」
「……喜んで」
懺悔のつもりだったのだろうか
しかし不思議と チューの胸はスッと軽くなっていた
劇場の中の舞台裏では 劇団ヒスイの団員達がてんやわんやで準備に取り掛かっている
チューと一緒に入場したミーナはさっそく監督に挨拶
「おはようございます監督!! 今日はよろしくお願いします」
「お~~ミ~~ナ~~!! みんなぁ!! 本日の主役がいらっしゃったぞ!!」
拍手と共に迎えられる今宵のプリンセス
そんな彼女の姿を見れたチューは人知れず涙ぐんでいる
しかしすぐにスタッフの報告により 場が凍りつく
「何?!! 主役のハーメルンさんが来られないだとぅ?!!」
ーーハーメルン?!!
「えぇ…… 何でもお城のカワセミ姫が自分の知人だと言い出して
急に助けに行くと置き手紙を残し すぐ姿を消してしまったんです!!」
ーー何をやってるんだアイツは…… まぁ助かるけど
「ハァ…… 当然今夜の劇の脚本を手掛けたカワセミ姫も見に来るんだぞ?
なーにを考えてんだか全く~~…… 代役はいるのか?!!」
「監督がヒロインをネズミにするなら 当然主人公もネズミだと拘って
今回は役者のストックなんて確保してませんよ
ましてやネズミの主人公はハーメルンで決まりだったって……
それ以外有り得ないとワガママ貫いたの監督ですよ?!!」
「じゃぁどうすんじゃい?!! 王族も来賓する今回の舞台を中止せいっちゅうんか?!
どれだけこの日の為に準備を進めて来たっちゅうねん!!」
「しかし今から代えの役者…… ましてや監督のお眼鏡にかなう適任者など……」
その場の一同は照明の当たらぬ隅に居る
濡れた傘を乾かしているチューに注目していた
その間は沈黙を生んでいたが 監督のギラついた眼光が空気を蹴散らす
「おるやないかい!!!!」
演目:氷と炎の使い魔達
ヒロインはミーナ そして主人公にチューが抜擢された
開始時刻 ブザー音と共に満員の客席は静寂に至る
幕が上がりコミカルなbgmと共に物語はスタートを切った
『私はこの森深き要塞に囲まれ 栄華を築いてきた王国の姫です
ですが この国の民は今 炎の怪物なる森の主の被害に悩まされています
畑は荒らされ 家畜は食い荒らされ 民は明日も怯えて暮らさねばなりません
そこで私達は一匹の騎士を玉座に迎え入れました』
ナレーションが終わってステージに照明が入ると
王様役とお妃様役の人間が椅子に座って登場する
そんな二人に囲まれて小さな椅子に座っているのが姫役のミーナだ
「氷の騎士が見えました!!」
レッドカーペットの上を 背筋を伸ばして勇ましく歩いて来るはチュー
これにはホールの特別招待枠の上階に招かれていた
カワセミ姫ことミオも大はしゃぎ
「チューさんだ!! わー! チュ~~~さ~~ん!!!!」
「姫様!? 劇中はお静かになさって下さいませ~!!」