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ラタトゥイユは早速 二匹を連れて酒場の地下へと案内する
鉄製のエレベーターでさらに深く潜っていく中でチューは質問する
「何処に向かっているんですか?」
「……そもそも俺達は何故にここいるのか」
歴戦の剣闘士は腕を組んで語り始める
「夢を叶える為だ それ即ち冒険を意味する
冒険とは人生という名のゲーム
この夢の世界がゲームの形式になっているのならば必ず
何かを成さねばならない 目的を達成しなければならないということだ」
「はぁ……」
真面目に聞いているチューに アオから肉球を押し付けられ耳打ちされる
「こいつも結局はNPCかもしれねぇぞ……
夢を見ている奴かもしれねぇが
どっちにしろ この世界にはガキしか来れねぇ
つまりこのおっさんもどっかの少年が抱いている仮の姿に過ぎないんだよ
話を真面目に聞いてんじゃねぇ」
「幼い心を持っている者は なにも子供だけじゃないだろ?
それに情報が手に入らないとは限らないよ」
そうこうしている内に エレベーターは一番下まで降りて停止する
何重もの鉄柵の扉が鈍い音を響かせながら開き
そこには露店が通路の両端を占める大きな街へと出た
「ここって……」
「ヘヘ……! 汚ぇだろ?
ある意味では中間層から富裕層家庭の子供にとっては試練だろうな
下水の臭いは耐えられるもんじゃねぇし まずここに辿り着かなければ先にも進めない」
「……」
チューはラタトゥイユの話も聞かずに前へ前へと街中に溶け込んでいった
無視された歴戦の剣闘士は頭にクエスチョンマークを浮かばせながら
隣で毛繕いをしているアオに問う
「どうしたんだチューさんは?」
「さぁね それより今日は疲れた……
宿を取ろうぜ 俺とチューの分のお代はあとで返す」
野良育ちのアオにとっては 鼻を刺激する地下街など朝飯前
それはチューにとっても同じ事だ
しかし彼にとってこの場所は そんなのは些細な話であって
彼の歩くスピードは徐々に駆け足に
ーーあの路地を曲がれば 本の切れ端が並べられているネズミのお爺さんの店
その向かい側は いつもどこからか持ってくる泥まみれの食材で最高の料理を作るお婆さんの店
十字路を左折してまだまだ走る
ーー謎の運び屋で噂された巨大な粗大ゴミの電器屋……
何かしら欠けていて全く便利じゃない小売り雑貨店……
地上の居酒屋から酒を大量に盗んでは
帰って来るまでにその殆どを飲み干す飲んだくれスナック……
そしてアイツが舞台で働いていたちょっと危ないお店が……
その小さな足は止まり キラキラ光る看板を見上げた
「【クラブ:マウストゥーマウス】
間違いない…… ミーナが働いていた店だ この街は……」
「いよっ! お兄さん一人? ここは夢が見れる極楽浄土!!
ちょっとしたピンクでグレーな部分は下水に流して忘れちゃいな!!
色と食と欲と! 地上でモンスターを狩ったならばぁ~
その夜はここで豪遊しちゃってください!
ここは地下街!! その名も~~」
「【下水道】……」
「おっと……」
「この街に名前なんか無い そこに住み着く俺達はいつの日からか
こんな吐き気のする居場所をそう呼び合っていた」
「チッ…… 地元の奴かよ」
豹変した態度で立ち去っていった呼び込みネズミ
改めて店を眺めていると 不意に懐かしい香りがチューの鼻を通過した
さらに奥へ奥へと人気の無い場所へ
自分でもその場所を通る毎に思い起こされる
身に覚えのある真っ暗な通路 チューはかつての自分の家へと向かっていたのだ
寝床にしていた下水管の前に到着
もしかしてらそこには かつての自分が居るのではないかと思っていたのだが
思わぬ形で期待は裏切ってくれた
「……ん~~? オーナー?? まだ出勤時間じゃないでしょ?!」
「……ミーナ」
身体が固まる されどあちらは不審がって近付いてくる
まさか自分が寝ていた場所に彼女が住んでいたとは
夢にも思うまい 今は夢の世界だからなんだろうけど
「どちら様ですか? もしかしてオーナーの使いのネズミさん?」
「いや…… 俺は……」
「私はこれから仕事があるの お時間取らせないでくれる?」
威圧的な態度のミーナ
自分が知ってるあのコのネズミ像とはえらく違ったことで
チューはここが夢の世界だったと思い出す
「ここはさ…… 遠い昔に僕が住んでいた場所なんだ」
「ヘェ~~ あまり年も変わらないけど どれくらい昔なの?」
「そ…… それは……」
突然ミーナに腕を捕まれるチュー
完全に不審者扱いされたと思いきや
カーテンに隠された なけなしの食料が収納されている場所へ
そしてコッペパンの欠片を手渡された
「腹減ってるならそう言いなよ!! だけど一回きりだからね!?」
「いや…… 僕は……」
「ほら貰ったらすぐ食べて帰る!!
ここは〝窮鼠、何でも噛む〟でお馴染みの地下街だよ!!」
ゆっくりと話す時間は与えてくれなかった
取り敢えず離れてしまったアオと合流しようと思ったチューに
「今夜さ 舞台で踊るの
……スタッフオンリーの扉から二階の映写室に忍び込めば
そこに張られている天窓から無料で見られるわ」
「そう…… なのかい?」
「バレバレなんだからね あなたの正体は熱狂的なファン…… でしょ?
舞台壁のスクリーンを使わないときは大抵無人になるから!」
そう言い残して ミーナは二度寝する為に姿を消した
チューは自分達がやってきた地下街の入り口に戻りがてら
当時の事を思い返してた
ーーそういえば…… ミーナが普段何をしているか全然知らなかったな
あの頃の僕は捻くれてて 自分のことしか頭になかったから
……変わろうとした瞬間には 何もかも手遅れだった