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意中のあのコに想いを伝えたい少年少女は
告白をする前日に必ず夢を見る 恋が実るご都合の気持ちの良い夢だ
実際は上手く行かない 不思議と夢の中の自分ほど心は正直にいられず
相手を誘い出して 素直に伝えることは叶わないだろう
外野も興奮を抑えきれず ましてや普段と違う自分を弄ばれれば
口から出る言葉も縮こまってしまうだろう
これから登場する 少年がまさにそうであるように
「おいミオ!」
「シルバー君? 帰り道こっちじゃないでしょ?」
お弁当カバンの紐を肩に掛けて
保育園から降園する女の子に声を掛ける同い年の少年
「何か用でもあるの?」
「っ……」
お気に入りのワンピースをふんわり広げて一回転
自分に目を向けてくれるのは意中のあのコなのだが
「お前…… ネズミと仲が良いそうだな?」
「えっ……?」
「クラスの奴がネズミを肩に乗せてお使いしてるミオを見たんだってよ!」
「それは…… その……」
「噂になってるぞ…… ネズミは悪い物を持ってるって母ちゃんが言ってた
だから早く捨てて来た方が良いぞ!!」
「チューさんは呆れるほど潔癖だから違うもん!!」
「チューって…… ネズミに名前付けてるのか?!!!」
シルバーのミオを見る目が変わった
「オエェ……!! 気持ち悪ぃ!!」
少年はベロを出しながらその場から逃げていく
態々帰り道と逆の方向まで来て 自分に伝えたかったのはそんなことなのかと
独りぼっちにされたミオは悲しくなった
だがその場に居座っても仕方無いので 心が寒いまま家へと帰る
それを余所の家の塀の上で うつ伏せになって視察していたのはアオ
一連のやり取りを見て鼻で笑い むしろ猫の心は安堵の気持ちで一杯だった
「フン…… 女の扱いがまるでなってねぇなあのクソガキ」
満足したアオはそのままミオと同じ帰路を辿って塀を歩いて行った
一方シルバーは人気の無いところで項垂れていた
お察しの通り あんな酷い言い草は照れ隠しが生じてのもの
「ハァ…… もとはと言えばクラスの奴等が茶々を入れるからだ……
せっかく放課後にミオと二人っきりになれるチャンスが来たのに……」
それは少し時を遡り
お帰り時刻の降園するタイミングでガランと空いた一室にて
窓から家に帰る子達を机に頬杖を立てて眺めていたシルバーは
忘れ物を取りに来たミオと鉢合わせる
元々ミオに気があるシルバーは何を想ったのか
唐突にミオを止めて告白しようとする 直前に
勘の鋭いミオの友達や 男子達が入って来て茶化したのだ
空気を読んでいたからだのと その質問攻めは容赦ない
しっかりと内容を聞いていなかったミオは
皆の勘違いだと説得し シルバーを庇う感じに終わり
結果的に自分の恋も実りもせず 意中の女の子に守られる形になってしまったことに
底知れぬ恥ずかしさを感じていた
「明日から話し掛け辛いし…… 当分顔を合わせるのも嫌だな……」
道端に転がる空き缶を蹴るシルバー
壁に当たって跳ね返り そばにいる一匹の青紫色の猫に当たってしまった
「痛い!!」
「うわっ…… ドブ猫だ……」
「……」
「こっち見んなよ…… 俺は別に悪くないだろ って猫に言っても通じないか」
故意であっても 八つ当たりもいいところ
そのまま家に帰るシルバーを 鋭い目つきで睨んでいる老いた猫は
「精々…… 悪夢に魘されることの無いよう…… ヒェッヒェ……」
肩に掛けていた鞄から取り出した 黒いローブの切れ端を身に纏う
その怪しい猫は陰気な場所を歩き去り 見知った場所へと駆けていく
鳩時計が12回目の鳴き声を上げてから暫くして 一匹のネズミは帰宅した
今日も今日とて家の微々たる物を拝借して来たのはチューだ
「やぁホワイトレディー! 相も変わらず君の瞳は刺激的だよ」
「おい盲目ネズミ!!」
日常挨拶を済ますチューを 棚に爪を引っかけて足をバタつかせているアオが睨んでいる
「どうしんたんだいアオ君?」
「気付いてやれねぇなら てめぇの紳士振った態度にもカビが生えてるぜチュー」
「失礼な! 僕ほど礼節をわきまえた野良のネズミがおるんかい?!」
「ミオがすっかり寝込んじまってるぜ?」
「……」
「ご飯も半分残して出て行っちまった」
「……よく見てますね~ というより僕はその時間帯は寝てましたよ」
夜更けの静かな台所でいがみ合う二匹
そんな闇の中を音も無く 周りと同化してヒタヒタと侵入してきた一匹の猫に
毛が逆立つアオは瞬時に身構えて威嚇の鳴き声を上げた
「おやおや…… 縄張り意識の強い猫ちゃんだこと」
「誰だてめぇは?」
敵意を向けるアオをチューは宥めつつ 自己紹介を願い出た
「ヒェッヒェ…… 知る人ぞ知る魔女だよあたしゃぁ…… 過去でも現在でも未来でもね」
「まさか…… 貴女は……」
「百万回生きた魔女猫〝レイツェル〟の名を何処かで訊いたかい?
それは勇気を身につけた生き物が 夢に惑わされずに口に出来る名前だよ
ヒェッヒェッヒェッヒェッヒェ!!!!」