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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

暁に描いた火輪

作者: 硝子町 玻璃

 何かこれ寄越された、と相方がテーブルに置いたのは銀色の箱だった。魔力の気配が微かに漂う。

 聞けば悪魔を討伐した報酬として、宮廷魔術師が押し付けて来たのだと言う。

 貰い物は素直に貰っておいて損はないと思うのだが。不思議に思いながら箱を開けてみて納得した。


「なるほど、そういうことでしたか」

「ああ。あの女、野郎に何つーもん寄越しやがる」


 相方が忌々しげに舌打ちする。柔らかそうなクッション式の台座で輝く九つの指輪。相方が嫌いそうなものだ。


「ですが、これはあなたにはいい物かと」

「あ?」

「この指輪に使われてるのは魔石です。これを填めて魔力を込めれば魔法を簡単に使えます」


 所謂マジックアイテムだ。使える魔法は初級レベル程度だが、それでも便利であることには変わりない。オーソドックスな火や水の魔石から貴重な癒しの魔石を使った指輪もある。

 剣術ばかり無駄に磨き続けてきたせいで、魔法の腕はからきしの彼にはちょうどいい。


「んなもん、いるかよ」

「あなた魔法使えないでしょう。魔法の才能がなくても、これさえあれば……」

「テメェがいるだろ。自分が魔導師だって忘れたのか?」


 黒髪をがしがし掻きながら、相方がこちらを睨んだ。

 忘れるわけがないだろう。どうやら相方はこちらが言いたいことを理解出来ていない様子だった。


 ただの魔物と違って、悪魔狩りというのは過酷で、生存率も一気に下がる。討伐に挑んで命を落とすケースの方が大半だ。こうして生還して語り合うことなんて非常に稀なことだった。

 パーティーを結成した当初、あんなにたくさんいた仲間はもういない。皆死んだ。酷い死に方をした。その中で自分たちだけが未だに生き残っている。


「私もいつか死にますよ」


 死に対する恐怖はとうの昔に消え去ってしまったが、一つだけ気がかりなことがある。この相方のことだ。どこまでも悪運の強い彼は、私が死んだとしても生き続けるだろう。いや、生きていて欲しい。

 だから、私がいなくても困らないよう、今のうちに準備をさせておきたい。


「死なねぇよ。俺がいる」

「答えになっていませんね」

「これが答えみてーなもんだろ。テメェ賢いくせに、こういう時に限って馬鹿なんだな」


 相方は鼻で笑ってから安物のワインを呷った。いつも馬鹿な頭を持つ彼には言われたくはない。そう思いながら指輪を眺めていて、ある疑問が浮かんだ。


「あなた、もう一つ指輪があったんじゃないですか?」


 不自然に空いているスペースがあった。宮廷魔術師のくせにこんな中途半端な状態で渡したのか。呆れていると、相方が苦虫を噛み潰したような顔をした。


「「最後の指輪は私の手で』つって無理矢理付けさせようとしやがった」

「……それはもしかして左の薬指でしたか?」


 左手の薬指に填めさせると、その相手を隷属させることが出来るマジックアイテムの指輪がある。半年前に死んだ弓使いがそんなことを言っていた。

 相方はそれなりに整った外見をしている。宮廷魔術師に恋心を芽生えさせるには十分かもしれない。

 マジックアイテムのことを話すと、相方はワインを軽く噴き出した。


「最悪じゃねぇか」

「最悪ですよ。ちゃんと逃げられてよかったですね」

「……おい、明日になったらこんな国さっさと出んぞ」

「……宮廷魔術師が伴侶なら、それなりに裕福に暮らせると思いますが」


 悪魔討伐数の多い彼を英雄視する者は少なくはない。けれど、仲間もたくさん失った。死ぬような思いもたくさんした。

 もういいんじゃないかと、たまに思う時がある。誰かが死ぬ度に度数の強い酒を飲んで、吐瀉物を撒き散らすような生活から離れても。


「バーカ。惚れてもいねぇ女と結婚するくらいなら悪魔に頭から喰われたほうがマシだ」

「そうですか……」

「つーわけで、この指輪もテメェにくれてやる」


 指輪を箱から取り出した相方が、私の指に一つずつ填めていく。指のサイズに合わせて輪が収縮する。金属の冷たさに手が一瞬震えた。

 私が持っていても意味がないのに。相方の奇行を眺めながら、派手な見た目に変わりゆく自分の手に嘆息する。

 右手五本が終わり、左指の親指、人差し指、中指……小指。


「いいですよ、薬指に填めても」

「そういうわけにはいかねぇだろうが」

「この先、他から貰う予定もありませんよ」

「俺が買ってやるから待ってろ」


 驚いて相方を見ると、目尻が赤く染まっていた。先程まで私に向けられていた視線も、今は気まずそうに逸らされている。


「……いつ死ぬか分からない人間に貢ぐんですか?」

「だから死なせねぇって言ってんだろ。俺が生きてる限りは俺が守ってやる」

「それは……長生き出来そうで何より」

「おーおー、皺くちゃのババァになったテメェを見るのが楽しみだよ」


 ようやく視線を合わせてくれた相方は、柔らかに目を細めていた。何だか堪らなくなって左手を伸ばすと、向こうから伸びて来た手に掴まれた。アルコールのせいで上昇した体温が、かさついた皮膚から伝わって来る。

 彼の人差し指に薬指の付け根を強めに引っ掻かれる。その痛みがとても愛おしかった。

 

「私」がいなければ仲間を救えなかった後悔でとっくに自分の命を絶っていた相方と、相方が悪魔狩り続ける限り死ぬまで側で支えるつもりの「私」のお話。

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