きみと僕をつなぐ夏色
長い梅雨がようやく明けても、今年の夏はなんにも予定のない夏だったりして——。
「ようちゃん、ペンちゃん動かして?」
ことちゃんがほわわんとこう言うと、僕は今年も夏が来たなって思うんだ。
「ことちゃん、久しぶりに会えて嬉しいよ。ぼくの名前は、ペンギーヌ・エジソン・エリーゼタルト・ホリゾンブルー」
これは、ことちゃんと僕のふたりでつけたペンギンかき氷機の名前。
最初の名前は『ペンギーヌ・エジソン・エリーゼタルト』だったけど。
「ようちゃん、よく長いのにペンちゃんの名前覚えてるよね」
ことちゃんは幸せそうに、くふくふ笑うからきっと僕はどんなに長くなってもペンギンの名前は覚えてる自信があるよ。
小学生のとき、ことちゃんが青色のペンギンのかき氷機にステキな名前をつけようって言い出した。
ペンギーヌだけじゃ、ちょっとステキじゃないよねってほわわんと言うから、僕はエジソンって偉い人の名前をつけたんだ。
本当のことをいうと、エジソンみたいな偉い人になって、ことちゃんにステキだねって言われたいなって思ったから。
ことちゃんはピアノで『エリーゼのために』を練習していたのと、イチゴタルトが大好きだからエリーゼタルトって名前をつけたよね。
「ペンちゃん、お腹あけてくれる?」
「もちろんだよ! ことちゃんに、この夏最高の一杯を作るよ」
やっぱりくふくふ笑って、ことちゃんは、ペンギーヌ・エジソン・エリーゼタルト・ホリゾンブルーにガラガラと氷をたっぷり詰め込んだ。
「ペンちゃん、がんばって」
「まかせておいて!」
ほわわんと応援することちゃん。
あっという間に氷の山がふたつ出来上がると、「ペンちゃん、ありがとう」と言って、ことちゃんはブルーハワイをたっぷりかける。
「青い色で美味しそうにみえるのってステキだね」
ほわわんとこう言うことちゃんは小学生の頃からずっとブルーハワイがお気に入りだ。
「ねえ、ようちゃん、ベランダで食べよう」
「暑くて溶けちゃうよ」
「うん。でもお祭りみたいでステキでしょう?」
近所のお祭りも中止の案内がこの前届いたばかり。
ベランダに出ると夏の日差しが眩しくて、一気に汗が噴き出す。空はスカッと青くて、白い雲が目に鮮やかで、ミンミン蝉が近くで鳴いている。
「やっぱりかき氷溶けちゃうね」
ほわわんとスプーンですくって食べることちゃんの横顔で、ピアスがゆらりと揺れて、夏のかけらみたいにキラキラ光る。
「あのね、下のお庭にひまわりが咲いてるんだよ」
ほらって指差した先に、ひまわりが咲いている。
思い出したみたいに、くふくふ笑うことちゃんは、小学生みたいな顔をしている。
「あの時のお母さん、こわかったよね」
ことちゃんの庭いっぱいに咲くひまわりを全部刈り取って大きなバケツに生けたら、買い物から帰ってきたおばさんに鬼みたいな顔で叱られたんだ。
責任取りなさいって、クレヨンと画用紙をいっぱい渡されて、ふたりでひまわりを描いたんだよね。
僕は一生懸命にひまわりを描くことちゃんの横顔に胸がドキドキした。
大人になったことちゃんは、絵を描いてみんなに幸せを運んでいる。
「ようちゃんのお母さんにも怒られたことあったよね?」
ふたりで大きなしゃぼん玉を作ろうとして、家にあった洗剤をまるまる使って大実験をしたら、家中が泡だらけになって、母さんに大きな雷を落とされたんだ。
責任取りなさいって、バケツとぞうきんを渡されて、ふたりで家の中をぴかぴかに磨いたんだよね。
僕は虹色にきらめくしゃぼん玉の中で、目をキラキラさせることちゃんに恋をした。
大人になった僕は、洗剤メーカーの研究者としてみんなの暮らしをほんの少しだけ支えている。
ことちゃんに恋をした僕とほわわんとしたことちゃんは、なにも変わらないまま過ごしていたけど。
いつもみたいに、ことちゃんが虹が見たいと言いだして、ふたりでホースを引っ張って、光の粒みたいな雨を降らせて夏の眩しい光をキラキラ浴びるような虹を作ったけど、ことちゃんがびしょ濡れになっちゃってから、僕はことちゃんをまっすぐ見れなくなった。
少しずつ気まずくなって中学生になったらよそよそしくなって、別の高校に行ったんだ——。
「ようちゃん、見てみて」
おばけだよって真っ青な舌をべーって出すことちゃんは昔のまま。
ある日突然、ことちゃんが高校の正門で僕を待っていて、『ようちゃん、見てみて』と同じ言葉をほわわんと笑顔で言ったよね。
ドキドキしている僕に『ペンちゃんの色、ホリゾンブルーなんだよ』って色の名前辞典を見せてきて、ずっこけた僕を見て、やっぱりくふくふ笑ったよね。
あれから、ことちゃんは僕の彼女になって、地平線の際の空色みたいに淡い水色のペンギンかき氷機は『ペンギーヌ・エジソン・エリーゼタルト・ホリゾンブルー』になった。
「ねえ、ようちゃん、海みたいになっちゃった」
ことちゃんが氷が溶けた涼しげな青い液体を見てほわわんと言った。
「ハワイの海もこんなにステキなのかな?」
少し寂しそうに目を伏せた、ことちゃんの指には、僕とお揃いの真新しい銀色が夏の太陽に負けないくらいキラキラに光っている。
ことちゃんは僕の彼女から妻になって、新婚旅行はこの夏にハワイに行く予定だった。
「ねえ、ことちゃん、ペンギンかき氷機のもっとステキな名前を思いついたんだけど」
「もっとステキな名前?」
「ペンギーヌ・エジソン・エリーゼタルト・ホリゾンブルー・ブルーハワイなんてどうかな?」
ことちゃんは、くふくふ笑ってきらめくようなハワイの海をぷはっと飲み干して、ほわわんとこう言った。
「それってステキだね」
——ねえ、ことちゃん。
僕は偉大な発明家にはなれなかったけど、ことちゃんが僕の作ったものをステキだねって言ってくれた。
ことちゃんはピアニストにはならなかったけど、エリーゼのためにをすらすら弾けるようになったし、大好きなイチゴタルト特集のページをイラスト担当させてもらったよね。
ホリゾンブルーのかき氷機は、ぼくたちをつないで、僕とことちゃんにとってはじめてのブルーハワイ味のキスも見届けた。
だから、きっと——。
今年の夏はなんにも予定のない夏だけど。
「ようちゃん、ペンちゃん動かして?」
ことちゃんがほわわんとそう言うと、これからも僕は夏だなって思うんだ。
「ことちゃん、また会えて嬉しいよ。ぼくの名前は、ペンギーヌ・エジソン・エリーゼタルト・ホリゾンブルー・ブルーハワイだよ」
「ようちゃん、よく長いのにペンちゃんの名前覚えてるよね」
そう言って、幸せそうにくふくふ笑いながら僕のそばに、ずっとずっといて欲しいーー。
おしまい