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ウィーン少年合唱団

作者: 丸子稔

  とある休日の夕方、暇つぶしに雑誌を読んでいたところ、【現在流行っている若者言葉】という見出しが、でかでかと載っていた。


 そこには三つの言葉が書かれていて、最初の言葉は〈平行棒〉だった。


 勘違いしている人のことを指して、『平行棒している』というみたいだ。


 これは体操競技の段違い平行棒が元になっていて、「なに、あの男。ダサダサのくせに、カッコつけちゃって。ホント、平行棒してるよね」という風に使うらしい。


 

 次は〈わかりる〉だ。


 これは、意味としては『わかる』と同じなのだが、『か』と『る』の間に『り』を入れることによって、言葉の響きが良くなるという。


「ねえ、この問題わかりる?」という風に使うみたいだ。



 最後は『男後』で、『おとこうしろ』と読むみたいだ。


 意味は男前の反対で、不細工な男やダサい男などを指すのだという。


「あーあ。昨日の合コン、男後ばかりで、ホント最悪だったよね」という風に使うらしい。


 

 しかし、よくもまあ、こんな言葉を思いつくものだ。


 四十代のしがないサラリーマンの俺としては、最早こんな若者言葉にはついていけない。


 そもそも、このような言葉はどのようにして広がっていくのだろう。


 そんなことを考えているうちに、ふと頭の中にある疑問が浮かんだ。


──中年のサラリーマンが発した言葉が流行ることなんてあるのだろうか。仮にそうなって、『現在流行っている若者言葉の発信源は中年のサラリーマンだった』という見出しで、雑誌に載ったら面白いだろうな。


 想像すると、なんか楽しくなってきた。


 とはいえ、今から新しい言葉を考えるのも無理そうなので、『平行棒』と同じように既にある言葉で、面白い使い方ができるものを探した方がよさそうだ。




 一ヶ月間考えに考えた末、俺はようやくある一つの言葉を思い付いた。


 今日は、それを試す絶好のチャンスだった。


 寿退社する同じ部署の女性社員の送別会を行うため、定時で仕事を終えると、予約している居酒屋へ向かった。


 居酒屋へ着くなり、俺はいち早く部長の隣を確保し、お酌をしながら、その言葉を試す頃合いを見計らっていた。



 そして、部長の呂律(ろれつ)が怪しくなってきたのを機に、俺は「部長、そろそろウィーン少年合唱団してきたんじゃないですか?」と言ってみた。


「ん? なんだね、そのウィーン少年合唱団というのは?」


「えっ、ウィーン少年合唱団をご存じないんですか?」


「いや、それは知っているが、それが私と何の関係があるんだね?」


「えっとですね。バラエティー番組なんかで酔っぱらいが出てくると、皆ウィーって言うじゃないですか。そのウィーとウィーンを掛けてみたのですが」


「ふーん。でも、なんかそれ分かりにくいな。なんで、そんなことをしているのかね?」


「いやあ、実はわたし、この言葉を流行らせようと思いまして。もし流行った時に、その発信源が中年のサラリーマンだったら、面白いと思いませんか?」


「なるほどな。まあ、その言葉が流行るよう、精々頑張りたまえ」




 その後、俺は若手社員が集まっている席へ移動し、「いやあ、君達いい感じでウィーン少年合唱団してきたな」と言ってみた。


 すると、それまで楽しそうに会話していたみんなの動きが一瞬止まった。


「課長、それなんですか?」


 怪訝な顔をした男性社員が訊いてきたので、俺はその経緯を説明した。


 そしたら……




「はははっ! 課長、本気でそんな事考えてるんですか?」


「もちろん本気だよ。どうだい、これが流行るよう、みんな協力してくれないか」


「そんなの無理ですよ。そもそも、ウィーン少年合唱団って長すぎますよ。それなら、『ウィーンしちゃってますね』とかの方がよくないですか?」


「それだと、ありきたりというか、なんか面白みに欠けるんだよな。やっぱり、インパクトがあった方が流行る気がするじゃないか」


「インパクトがあろうがなかろうが、そんなのが流行るわけないんですよ。課長、目を覚ましてください」


「そうか。もしかして、俺が一番ウィーン少年合唱団しちゃってるってか? ぎゃははっ!」




 その後、俺は飲み会の度に、この『ウィーン少年合唱団』を連発したが、一向に流行る気配はなく、俺の野望は海のもくずと消えていった。



 



 


 

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