シーン11
――4月4日――
すっかり暖かくなった日差しを浴びながら、天野 晴夜は主の居なくなった庭に咲くピンク色の花を眺めた。 四か月ほど前に、この場所で婚約者だった女の子と本当のお別れをした。
ずっと昔に突然に亡くなった少女と再び会い、そしてきちんとお別れをするなどという奇跡めいた事が起こったのは、この家に暮らしていていた魔女のおかげであった。
時坂 永遠とエターナというふたつの名前を持つ彼女は、使い魔である黒猫のアインと共に別れのあいさつの後に姿を消した。 年齢も考えて遠い場所に住む親せきの家に厄介になる事になったというのが、近所の住人の知る表向きの理由だ。
最初で最後となった口づけの感触と、徐々に光の粒子となって消えていくときの満足げな笑顔は今でも強く記憶に刻まれる。 また、自分では気が付かなかったのだが、同時に自分の身体からも天に昇っていく光があふれ出ていたらしい。
それは、自分の中に残っていたもう一人の四季のものだったのだろう。
晴夜とずっと一緒にいる事を望んでいた四季の心は、それでも自分の決断を受け入れてくれたのだと信じている。
「さて……こうしていても仕方ないか……」
明日から高等部での新学期というこの日に晴夜が制服姿なのは、もちろん学校へ行くためではあるが、それは授業を受けるためではない。
四季との別れからしばらくたった頃、晴夜は春香と立夏から告白されたのだ。
驚きはあったものの、意外とは感じなかったのは、漠然としたものを前々から感じ取っていたからだろう。 しかし、だからといって返事を即答できるものではないし、彼女らもそれは求めてはいないようだった。
高校生となる前のこの日、自分の答えを出すと約束したのだ。
「さて……行くとするか」
緊張はするし、多少の迷いもないではないが、素手の答えを決めた以上は男として言葉にして伝えるだけだ。 ゆっくりと深呼吸してから歩き出す晴夜は、自分を見下ろす存在には気が付いていなかった。
「さてさて? 晴夜は誰を選んだのかな?」
瓦屋根の腕で楽しそうに笑うのは銀髪の二十代くらいの女性だ、その足元では紅い目の黒猫が、「あなたもマメですねぇ……」と呆れ語で言う。
「ん~~? だってさ、こっちの答えも気になるじゃん?」
「その気持ちも分からなくはないですが……」
人の色恋沙汰に首を突っ込むのもいいのだが、自分もいい相手を見つける努力をしてほしいものだと、使い魔としては思う。 しかし、彼女にぴったりな相手と言うのがどんなものかというのも、まだいまいち想像出来ないでいる。
「まぁー最後の最後まで見届けるのも責任だよ?」
「もっとらしい言い方ですねぇ……」
適当な出任せではない、こう見えても一度決めたことはやり遂げるし、他人との約束は決して破らない程に責任感はあると知っている。 しかし、やはり女の子としての好奇心の方が大きい気がしていた。
「あははは……さあ、追いかけないとね?」
普段とは違い静まり返った校舎、その屋上に少女たちはいた。
「……晴夜の奴……遅いぞ?」
腕を組んだ冬子が不満気に漏らすのに、「まだ時間じゃないですよ?」と言う春香は、真新しい高等部の制服を身にまとっている。
「……もう少しでってとこかな……とう言うか、やっぱり四人で聞く必要ないんじゃないの?」
同じ制服姿の立夏が言うのは、晴夜が自分達の告白に対する答えを冬子と千秋も見届ける権利があるだろうという事である
また……。
「それに、あいつが決める相手が二人のどっちかとは限らないだろう?」
……というのも理由であった。
「あたしや冬子姉ぇっていうのはない気がするけどなぁ……」
数週間前まで姉達が来ていたのと同じ姿をした千秋が肩を竦めるのに、「あいつがな、誰を選ぶかなんて分らんさ?」と返す冬子は、心の中で「私達四人以外の誰かかも知れんがな……」と付け加えた。
もちろん、そいうであっても冬子は姉として弟を見守っていくつもりである。
「そうだね。 千秋ちゃんもその時の事を考えておいてもいいかもよ?」
言い方こそ冗談めかしたものだったが、立夏の瞳は真剣な色をしていると千秋には分かった。 ちらりと春香を見やれば、穏やかな笑みを千秋に返してくる。
「春香と立夏の告白に対する答えではあるがな、同時に晴夜が誰を好きかと言うものをはっきりさせるというわけだよ」
もちろん晴夜にも伝えてはある、その時には驚きと同時に不満の表情も見せたものだった。 しかし、多少時間は掛かったとはいえこうして答えを出すのだから十分に合格点と言えるだろう。
冬子は、晴夜が自分を選ばなかったら、少しは本気になって結婚相手を探そうかと思っている。
幼なじみとはいえ、いつまでも何の変化がないわけではない。 しかし、変化を受け入れるというのも多少は勇気のいるものであり、そしてきっかけも必要なのだと思う。
弟分が新たな人生のパートナー候補を選ぶという儀式を終えて歩き続けようというなら、自分もまた未来へ向けて進み始めるいいきっかけだろう。
そして、それは妹分達も同じだろう。 春香も立夏も、例え自分が選ばれなくとも、これでケジメとして未来へと進むだろう。
千秋にしても、この先の人生の中で自分が納得するような恋を見つけてくれるに違いないと信じる。
そんな思考は、不意に聞えた扉を開く音に中断された……。
幼なじみの視線が一斉に俺に集中する……。
「……やっぱ緊張するぜ……」
思わず後退りしそうになるのを、どうにか思いとどまる。
四季と別れ、春香と立夏に告白されてから数か月、俺は自分の心と向き合い答えを探していたのだから、この期に及んで逃げ出すわけにはいかないだろう。
小さく深呼吸し心を落ち着かせると、「お待たせ……」と幼なじみの顔を見渡した。
いくぶんか緊張している様子ながらも、穏やかな笑みを浮かべるの春香……。
はっきりと分かるくらいに緊張しているであろう立夏は、その頬が少し赤くなっているように見える……。
中等部の制服のせいもあるのかも知れないが、少し大人びな顔になったように感じる千秋……
どこか挑戦的な表情で俺を見返しながら、「来たか……」と言う冬子姉さん。
俺にとって身近で大事なヒト達の関係は、この後に俺が言う言葉によって少しの変化が訪れる。 それがどんな未来へとなるのかは分からないが、それでも彼女との約束を待るためにも幸福なものへとしなければいけないだろう。
「四季……見ててくれよ……」
男として一世一代の告白……なんて立派なものではないが、それでもそのくらいの覚悟で挑んでいるつもりだ。
俺は数歩進んでから、再び深呼吸をし、そして……。
――俺の答えは…………――
四季編 終




