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シーン5


 帰宅していく生徒達を見下ろしながら「ふ~……」と息を吐く。

「……さて、どうしたものやらだな……」

 少し時間が空いたので何となく屋上へとやって来た、要するに休憩なのだが仕事で特に問題も生じてなければ、どうしてもあいつらの事を考えてしまう。

「今すぐに解決しなければというものでもないが……いつまでもこのままというわけにもいかんよなぁ……」

 年頃の恋愛問題とはデリケートなものというのは知識としてはあるのだが、それだけなのだ。 何しろ私自身は学生時代に恋愛というものを経験していないのだ。

 男子の友人というものはもちろんいたのだが、恋人として付き合いたいという男子はいなかった。 少しは気になる相手もいたとは思うのだが、弟や妹達の面倒を見る方が大切だったからというのも大きい気がする。

 その事を後悔はしないし、ましてやあいつらのせいにするつもりはない。

「これがただの教師と生徒ならば、当人同士で解決すべき事としてあえて見守るのみという選択肢もあったのだろうが……そうもいかんしな……ん?」

 背後に気配を感じて振り返ったら宝石のように紅い瞳と目が合った。

「……黒猫……アイン?……永遠さんのとこのアインか……?」

 そうだと分かれば、次にはどうしてアインがこの学校の屋上にいるのだろうという疑問がくる。 どこからか敷地に侵入は出来ない事もないだろうが、誰にも見とがめられずにここまで来れるとも思えない。

「まぁ……来れたのだから来れたのだろう、そんな事もあるのかも知れないな……」

 驚かさないようにゆっくりと近づいていく、あまり人懐っこいという印象がないのだが不思議と逃げる様子もなく黒く小さな身体を抱き上げる事が出来た。

 さて、問題はこの後をどうするかだ、このまま校内に放置はしておけないのだが、知り合いの家の猫と分かってしまえば適当校外に放り出すだけというのも気が引けるな。

 永遠さんには私はもちろん弟達も世話になってもいるし、送り届けてやるというのが筋というものだろう。 幸い急ぎの作業はないし、迷い猫を飼い主に返しに行くくらいは問題ないだろう。

「……しかし、本当にお前は何をしに来たのか? まさか私に会いに来たわけでもないだろうがな?」

 冗談めいてそう言ってみると、アインはまるでそうだよとでもいうかのようの小さい声で鳴いた。


                  ――――――



 車でアインを送り届けたらすぐに学校に戻るつもりだったのだが、何故か縁側で永遠さんとお茶会という事になってしまっていた。 お年寄りには少し肌寒い気温だと思うのだが、永遠さんはまったく平気という風だ。

「人生、そう急ぐもんでもないさね?」

 そう言った永遠さんの声と表情は穏やかだったが、同時に有無を言わさない力強さもあった。

「……今年ももう終わりに近づいている、早いものです。 立夏が帰って来たのが昨日の事のようにも思えますよ……」

 永遠さんは「ふふ、そういうもんさね」と笑うと湯呑をお盆の上に戻す。

「ああ、立夏といえば……あの子らはどうなってるんだい?」

「どうなっているとは……?」

「立夏と春香、そして晴夜の事さね?」

 どこか楽しそうな表情は他人の恋話をしてる女子生徒のそれに感じた、皺だらけの老婆の顔が、若々しい少女のように一瞬視えさえもする。

「気づいていたんですか……?」

「ご近所さんだし、伊達に長生きもしちゃいないわよ?」

「そうですか……そうですねぇ……」

 教師として姉として軽々しく他人との話のネタする気はないのだが、永遠さんは信用も出来るし、何より私自身も彼らの事を誰かに相談してみてもいいかも知れないという思いもあった。

 実際、私の話を聞いている永遠さんの様子は真摯なものだった。

「……という感じで……私自身はどうしたらいいものかと思っていますよ」

話し終わると永遠さんは「ふむ?」と思案顔になり庭の桜の木を見つめた。 その間、彼女は沈黙し、私もまた何も言わずに言葉を待つ。

「……あんたがすべきは、あんた自身の答えを春香達に伝える事じゃないのかい?」

 答え……私が晴夜をどう思っているかという事だろう。 確かにまずすべきはそれだろうとは分かる、そうすれば二人は次へと進む事が出来るのだから……。

 しかし……。

「果たしてそれでいいのでしょうか?」

 ……と思う、どう転んだとしても今までとは違う変化が私達の間で起こるだろう。 それが良い結果となるのか悪い結果となるのかという不安があった、そのせいでみんながバラバラになり最悪の結果……そう、限りなくあり得ないのは分かっているのだが、誰かが四季のように失われてしまうのではないか……。

 そう言ってみると、「ふふふ、流石に考えすぎだよ?」と肩を竦めながら苦笑いされた。 

「そうであってほしいですね」

「それよりも問題なのは晴夜の心じゃないのかい?」

「晴夜の? それは……?」

「晴夜のなか・・にはまだ星空 四季がいる……そして、そうである限り晴夜は誰とも恋人になろうとしない……違うかい?」

 私はギョッとなって永遠さんを見返した。

「……あなたはどこまで知っているんですか?」

 この人はいったい何者なのだろう……四季がいなくなった直後に表れて晴夜のお隣さんとなり、私達ともそれなりに付き合いをしてきた。 穏やかで面倒見もよい性格でいろんな事を知っていて、今みたいに良く相談にも乗ってくれる。

「だいたいの事情は知ってるわね……って言ったら信じるかい?」

 四季に関わる出来事は進んで誰かに話したいものではないのは私達全員が同じはずだ、いくら何でも”だいたいの事情”を永遠さんが知っているとはとても思えないが……。

「あなたが言うと冗談にも聞こえない……あなたは何者なのですか?」

 思えば私はこの人の事をあまり知らない、気さくな態度で私達の事をあれこれ聞き出す一方で、自分の事はほとんど語っていないような気がする。

「そうさねぇ……ちょっとお節介な魔女ってとこかな?」

「お節介な魔女とは……妙な表現をしますね……」

 雰囲気としてはおとぎ話に登場するような魔女っぽいとは思う、もちろん悪い魔女ではなく善良な魔女だ。 そんな魔女が私達……いや、晴夜の心を助けるためにやって来たとでも言うのだろうか。

 永遠さんはただ愉快そうな笑みを私に返してきた。

「まあ……そう物事を急ぐ事はないだろうさね……あの子らには恋も大事だけど、学校のテストだって大事だろう?」

「ええ、そうですね」

 答えながら、冗談めかした口調とは逆に永遠さんの瞳は真摯な輝きを放っていると感じていた。

「……そうだ、ひとつ頼みごとがあるんだがいいかい?」

「頼み事ですか……?」


  


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