シーン9
――9月15日――
いつも通りに授業が終わり部活へと向かおうとしたところへ冬子姉さんに呼ばれ一緒に屋上に立っていた。
「……それで、何のようなの姉さん?」
姉さんはしばらく迷っていた様子だったが、やがて眼鏡のズレを直してから「千秋の事だがな……」と話し始める。
「……前々から感じてはいたが、あいつは自分が一番年下である事に焦りのようなものを持っているようだ」
「……焦り?」
「ああ。 お前と春香達はいつも一緒だが、千秋の場合は幼稚園の時には一緒にいることが出来ず、小学校では半分の三年間しか一緒にいられなかった」
言っている意味は分かるが、過ごした時間の問題なら立夏も同じはずだ。 それを言ってみると姉さんは頷く。
「……しかしな、立夏は帰ってくると同時にお前の隣に並べた。 一緒に暮らし学校へ行き勉強したり遊んだり出来たのだ、千秋とは違うさ」
考えてみると、確かに春香や立夏に比べて千秋と一緒に過ごしている時間は少ない気がする。 そう考えると、千秋が疎外感みたいなものを感じて少し寂しく思うのも仕方ないか。
「……ん? ひょっとして姉さんが千秋を部活に参加させてるのって……」
「まあ、そういう事だ。 立夏の為になり千秋の為にもいい事だと思ったんでな……だが、あるいはそれが余計に普段のお前達との距離を実感させたのかも知れん……」
少し自虐的な顔をした姉さんは、千秋が昨日”おいて行かないで晴夜兄ぃ”と寝言を言ったのを教えてくれた。
「俺の名前……?」
「そういう事だ晴夜、私達ではない、お前の名前だ。 ひょっとしたらあいつは……」
「待った、そんなのたまたま……って言うか単なる寝言じゃないか!」
姉さんの言葉にゾッとなって思わず大声を上げてしまう。
「ああ、そうだ。 あいつは春香や立夏とは違う……まだな?」
意味深な言い方をする。
「それでもな、千秋にとってお前は他の男子とは違う存在ではあるんだ。 確かに私も春香も立夏も幼なじみで特別な存在だ、だが私達は女であり、お前は男であるのもまた確かだ」
「そんな理屈を言われたって……」
「理屈ではなく感情だ。 我らの関係を幼なじみという単語で表現できてもな、それだけでは表現できない感情はあるものだ、それぞれにな?」
眼鏡越しに見える姉さんの瞳が俺のすべてを見透かしているように感じられて、つい目を逸らしていた。
「俺にとって千秋は”妹”だよ……大事な存在だけど……あいつとは違う」
あいつとはもちろん四季の事だ、千秋は妹であり家族同然ではあっても恋人や婚約者ではない、それは間違いなく俺の本心のはずだ。
「……そうか……まあ、何にしても千秋の事は気にかけてやれ、お前は”お兄ちゃん”なんだろう?」
落胆したようにも見える姉さんに、俺は頷いてみせた。
「……ならさ、姉さんにとっての俺は何?」
言葉にして口に出してから、どうしてこんな事を言ったのだろうと思った。
「ふむ?……何だと思う?」
意地悪そうに俺を見返してきたので少し考えてみる。
別に変な期待はしない、姉さんがどんな男を好きになるのかは想像できないが、普段の俺に対する態度を見てると”男の子”として見ていそうだけど”異性”としてではないだろう。
つまりは、「……手の掛かる弟だろ?」というのだろう。
「ああ、正解だ」
愉快気に答えた姉さんは、次に瞬間に不意に肩を竦める。
「そうだな、お前達は本当に手の掛かる弟であり妹だよ……」
俺は不詳の弟として申し訳なく思いながらも、少し楽しげにも思える姉さんの表情にこの人はやはり俺達の”姉”なんだなと改めて感じて、同時に千秋の”兄”としてしっかりしないとと思ったのだった。
すでに何らかのゲームをみんなでやっているだろうなと思いながら部室に入った俺と姉さんを出迎えたのは、「遅いよ二人共!」という立夏の不機嫌な声だった。
「……ん? 私達を待っていたのか?」
「うん、そうだよ?」
姉さんに答えながら立夏が指さした先にはいつもゲームをしているテーブルの上に十数くらいの箱が置かれていた。 大きさもバラバラなそれはボード・ゲームの箱だ。
「……あ、それってあれか?」
「うん、学園祭で使うゲームだよ……と言ってもまだ暫定の物だけどね?」
立夏が答えると「立夏ちゃんは仕事が早いよね?」と笑う春香。
昨日の今日でってなるとあの後からずっと考えていたんだろう。 それは学園祭に対する立夏のやる気もあるだろうが、俺達がゲームを覚える時間が多い方がいいだろうと気を遣っての事に違いない。
俺も春香もやると言ったら本気でやるという事を分かっているという事だ。
「朝に聞いた件か? 確かに早いな……」
流石の姉さんも驚いていた。
「簡単に話は聞いたんですけど、覚えるのそんなに難しいのはないみたいですよ」
「俺達も覚えれるだけは覚えてみる。 一人で全部を覚えきれなくても互いにフォローし合えば何とかなるだろう」
瑞樹さんと快斗も協力的な事を言ってくれるがありがたい、正直なところどこまで覚えられるかという不安はあったので、快斗の言うように互いにフォローし合えれば安心出来た。
「千秋も!」
明るい声に従妹の少女へと視線を向ける、いつと変わらないその表情に微妙に影があるように感じると同時に「……いや、千秋ちゃんはうちの生徒じゃないしそこまでしなくてもいいんだよ?」という快斗の声を聞く。
「う~~?」
続いて不満げな声を聞きながらみんなを見渡すと瑞樹さんは当然と言いう風だったものの、春香達は何か言おうとして迷っているようだった。
快斗の言いたい事は正論だろうと思う、部員同然とはいえこの学校の生徒でない千秋には学園祭の活動に参加する義務はないし、部外者を参加させる事に問題も生じるだろうし俺達はともかく姉さんが責任を負うような事になるかも知れない。
今更という理屈もあるだろうが、すでに無茶を聞いてもらってだけにこれ以上は……というのもあるだろう。 それに一般の来客として学園祭を楽しんでもらいたいという想いもあるだろう。
俺を含めてそれは全員の共通だろうが、幼なじみとしてはこの一番年下の少女を仲間外れにしたくないのも本音なのだ。
「晴夜兄ぃ……」
「冬子姉さん……ダメかな……?」
この時の俺は千秋の意志を出来るだけ尊重したいと思えていた、例え駄目だとしても”兄”として”妹”の味方をしたい。
少し驚いたような顔で俺を見つめていたが、肩を竦めながら小さく息を吐く。
「……そうだな、千秋を仲間はずれにも出来ないか……」
「でも先生……」
瑞樹さんが抗議しようとしたのは責任問題を心配しての事だろう、見ると当の千秋もまた心配そうに姉さんを見つめている。 全部を分かっているかは不明だが、自分の我儘が冬子姉さんに迷惑を掛ける行為だと雰囲気で察したのだろう。
「学園祭は土日だからな、それに部員の身内が善意で協力するというのならそこまで目くじらを立てられることもあるまいしな?」
千秋の頭を撫でながら言う姉さんの表情は、いつも通りに優しくも頼もしげなものだった。
しかし、俺の心中はいつも通りではなかった。 確かに”兄”としては良かったのかもしれないが、結局は姉さんに迷惑を掛けるかも知れない選択が”弟”として正しかったのだろうかと、そんな想いが湧いていたのだ。




