シーン12
――8月9日――
分かってはいたけどほんとうに人ごみだな……つか、前にも似たような事なかったか?
俺達は春華市から電車で一時間程度の海水浴場にやって来た。 それはいいのだが、周囲を見渡せば同じ目的の人達で埋め尽くされてて、これではのんびり泳ぐどころでもなさそうだ。
「……とりあえずだ、どこか空いてる場所を探すぞ?」
赤いビキニ姿の冬子姉さんが言う、確かにレジャー・シートを轢いて持っている荷物を降ろすのが先決だ。 荷物と言っても大きなものは旅館の部屋に置いてあるので、クーラー・ボックスに入った飲み物とかそんな程度ではあるが。
「……そんな場所あるかなぁ……?」
……と、不安そうな声を漏らす春香は、薄いピンク色のワンピースの水着だ。
「まあ……何とか見つけない事には始まらないしな……」
言いながら俺は千秋に右手を差し出すと、フリルの付いた可愛らしい水着の千秋はキョトンとなった。
「逸れたら大変だからな、俺と手を繋いでいるといいぞ」
「うん!」
嬉しそうの俺の手を掴んできた、すると「あ~~千秋ちゃんいいな~?」と立夏が言ってきた。
「おいおい……立夏はもう子供じゃないだろう?」
「えへへへ~」
立夏は可愛らしい照れ笑いを浮かべるが、不意に「……でもね? せーやと手を繋ぎたいのは本当だよ?」と言ってきた。 その表情があまりにも真摯なものだったのに、俺はドキッとなってしまう。
「ぶ~~~! 千秋はもう子供じゃないもん!!」
しかし、その雰囲気は最年少の幼なじみの拗ねた声に瞬時に吹き飛んだ。
「あらあら? じゃあ、千秋ちゃんの代わりにわたしが晴夜君と手を繋いでもいい?」
「それはやだ~!」
揶揄うような口調の春香は、しかし一瞬だけ俺を見た時の表情は先の立夏と同様だったように見えた。 何だか今日は二人共様子が変だぞ……?
「ふふふふ、モテモテだな晴夜?」
「揶揄わないでよ姉さん……」
「揶揄っているわけではないさ、見たままの感想を言っただけだ」
絶対に揶揄っているとしか思えないんだけどな……まあ、何も知らない人間が見たら確かにそういう光景なのかも知れないのは認めるけど。
そんな思考は、「兄ちゃん、みせつけるじゃえか?」という男の声に中断させられた。背が高く体格も良いその男は、派手な色のシャツにサングラスといういかにもガラの悪そうなやつだ。
「何だ君は?」
冬子姉さんは臆した様子もなく男に問いかける。
「俺は月田 五郎、彼女と遊びに来たんだが振られちまってな? そんなわけでよ、あんたら俺と遊ばねえか? そんな情けなさそうな子供よりもよ?」
イラっときたがどう考えても喧嘩で勝てそうな相手ではないし、出来ればもめ事も起こしたくない。 だから、この場は教師でもある姉さんの交渉に期待する事にした。
「あいにくだが、私達はこの五人で遊びに来たのだ。 仲間に入れてほしいというなら考えないでもないが、こいつを仲間外れにしようというような者は論外だな?」
「気の強い姉ちゃんだな? 気にいったぜ!」
言うや否た月田は姉さんの腕を掴むと強引に引っ張って行こうとする、当然姉さんも抵抗するが腕力に差があり過ぎた。
「あんた!」
咄嗟に男の手を振りほどこうと割って入るが、逆に「邪魔すんな!」と左腕で簡単に振り払われてしまった。 情けなく尻もちを付いた俺を笑う月田の声と立夏達の心配する声が同時に聞こえた。
「はいはい! そこまでだよ!」
続いて聞こえたのは明るい女の人の声だった、思わずそちらを見ると長い銀髪をした二十歳くらの女性が歩いてくる。 更に彼女を追いかけて短い黒髪の女性もだった、年齢は同じか少し下くらいか。
「何だお前は……!?」
銀髪の女性は男を無視し歩み寄ると、姉さんを掴んでいる腕に軽く触れた……だけだったのだが、次の瞬間「うっ!?」と姉さんから手を放し腕をひっこめたのは、まるで感電でもしたかのようだった。
「てめえ! 何をしたっ!?」
怒声と共に繰り出された拳は、いとも簡単にかわされる。
「大人しくどっかいちゃってくんない? あたしも荒っぽい事はしたくないんだけど?」
それは忠告だったのだろが、どうやら月田には自分が馬鹿にされたとしか聞こえなかったようで、「ざっけんなこらぁぁああ!!!!」と再度鉄拳を繰り出した。
それに対し女性も拳を前に出しぶつけてみせた、明らかに筋力も早さも劣っているはずなのに弾かれたのは月田の拳の方だ。
「うがぁ……!?」
左手で拳を抑えながら数歩下がる月田、「……どういうパワーなの?」という立夏の驚きは俺も含む全員のものだろう。
月田が周囲を見渡しながら「……ち!」と舌打ちしたと思ったら一目散にどこかへと走り去っていく。 気が付けば騒ぎに気が付いた他の海水浴客が何事かとこっちを注目いたのだ……。




