シーン18
放課後、わたしは一人で廊下を歩いていた……。
晴夜君達はもう帰ったけど、わたしは少し用事があると言って残った。 それは一人でじっくりと考えてみたいからだった。
後から考えたらそれは家でも良かったんだけど、この時のわたしはその発想は思いつかなかった。
一人になれそうな屋上へ行こうと思ったけど、その前に自販機で飲み物を買おうと立ち寄ると……。
「……ん? 春香か? 一人なのか?」
良く知る先客の姿、冬子さんだった。 本人には悪いけどタイミングが悪いなぁ……と思ってしまう。
冬子さんは入れかけてた硬貨を投入すると「何にする?」と聞いてきた。
「……はい?」
「せっかくだ奢ってやろう。 この前は”弟”に奢ってもらったしな、今日は私が”妹”に奢ってやろうという事だな?」
この前というのがいつかは分からないけど、”弟”って言うのは多分……というか、晴夜君のこと以外に考えられない。
つまり、冬子さんにとってはわたし達は妹や弟みたいなものなんだ……確かに冬子さんを中心に考えるとわたし達って”きょうだい”みたいにも見える気がした。
変に遠慮するのも悪いと思ったのでミルクティーを買ってもらった、その後に冬子さんも自分の分のコーヒーを買う。
「さて……屋上にでも行くか?」
「……え?」
驚くわたしに構わずに歩き出したので仕方なくわたしもついていく……。
やって来た屋上は少し前に比べると暖かく過ごしやすくなっていた。冬子さんはわたしを振り返るとコーヒーの缶を開けた。
「立夏が帰って来てからもう一か月は経つ、早いものだな?」
「う、うん……」
「立夏が帰って来たとは言ってもな? 私達自身があの頃と同じに戻れるというわけではない……」
それはそう、人間は常に成長して変化していく……わたし達だっていつまでも小さい子供ではいない。
「だからみんな悩みをいろいろと抱えるようにもなっているだろうな?」
薄々そんな事だろうと思っていたけど……きっと晴夜君達が冬子さんに相談したんだろうな……。 少しお節介だなと迷惑に思う反面、二人に心配させちゃってたんだなと感じる。
冬子さんはそこで缶コーヒーに口を付ける、そうしながらもジッとわたしの方を見てくるのはわたしが答えるのを待っているんだろう。 でも、わたしは何も言う事は出来なかった……。
「……まあ、無理強いは出来んか……」
中身が空になったかなくらいの時間が経ってから肩を竦めた冬子さんに、「……ごめんなさい」とわたしは謝る。
「謝る事じゃない……が、幼なじみというのも難儀なものだな?」
「……え?」
「もしも私がお前の”姉”ではなく、ただの教師だったとしたら、あるいは悩みを相談できていたのではないかと思ってな?」
言われてみて、そうかも知れないと考える。 少なくとも、すべては言えないにしても多少は話を聞いてもらうくらいはしていたかも知れなかった。
「距離が近すぎる故に言えない事もあるというのはな……理解はしていてももどかしいものだよ……」
空になったスチール缶を弄びながら言う。 それが分かっていても何とかわたしから話を聞いて力になってあげたいって考えてるように見えた。
「その……冬子さんは男の子を好きになった事ってありますか……?」
「それは恋人という意味でか?」
わたしが頷くと、しばらく考え込んだ。
「……そうだな、正直に言うとないわけではない……というべきかな? 実のところはそこまではっきりした想いではない、あいつと恋人も悪くはないかな?と思っている程度だ」
あいつ……やっぱり晴夜君の事なのかな?……でも、それを聞くのは怖い気もした。
「だから、あいつから私と恋人になりたいと言うならな、私も一人の女として真剣に考えるだろう……が、まあ……いろんな意味で可能性は低いとは思うがな?」
肩を竦めた冬子さんは、次にわたしの肩をポンと叩いた。
「春香、私はな? 物事というものは変化していくものだと思っている、それは私達自身についてもそうだ。 いつまでもただの幼なじみではいられないだろうし、いてはいけないのだよ?」
「でも……それでわたしの……いえ、みんなの大事なものを壊してしまったら……」
冬子さんは「そうだな……」と目を伏せた。
「すまん……ここまで言っておきながら私にもそれには答えられない……情けない話だ……」
冬子さんはきっともうわたしの悩みをある程度は分かっていると思う、でも……いや、だからこそ答えられないのだ。
だって、”それ”はこの人にとってもとても大事なもので、だからこそ他人事のように軽々しく”何かを得るには何かを失う覚悟が必要だ”なんて言葉を言えるはずがないのだから。
「ううん……何だか少しはすっきりしたし、冬子さんには感謝します」
わたしはお礼を言うと、ずっと手に持ったままのミルクティーのふたを開けて口を付けたのだった。




