シーン9
黒く厚い雲が覆っている空を僕は縁側で見上げていた、天気予報では夕方くらいから雨って言ってたからそろそろ降ってくるかな。
『……ねえ、アインさんは好きな人っているんですか?』
『いいえ、残念ながらいませんよ』
声だけ聞くと全然残念そうじゃないけど……。
『永遠さんはどうなんですか?』
『さあ? あの方も何だかんだで色恋沙汰とは無縁ですからねぇ……』
こんな僕に何年も力を貸してくれいる永遠さんなら、きっと今までにもいろんな人達を助けてきて、それで恋なんてしてる暇なんかないのかも知れない。
『……そういえば、初恋をしたかもという話は聞いた事がありますね』
「したかも……?」
何でも永遠さんがまだ子供だった頃に、こことは違う異世界で出会って一緒に冒険をした男の子がいて、その子がもしかしたら初恋の相手だったのかも知れないという話だった。
異世界とか冒険とかアニメの話にしか聞こえないんだけど、今の僕の存在自体が非現実的なものだし、何より永遠さんなら本当にそんな事もしていそうな気がした。
『その男の子の事は確かに好きではあった……でも、それが友達としての好きなのか別の物なのかは結局分からなかった……らしいです』
それは意外だった、あの何でも知っていそうな永遠さんにも分からない事があるとは想像できない。
「あたしにだってね、分からない事はあるわよ?」
不意に聞こえた永遠さんの声、いつの間にか家の奥から縁側にやって来ていた。
『でも……自分の事なのに……?』
「自分の事でもだよ? あるいは自分の事だからかもねぇ?」
笑いながら僕を見下ろしてくる、もっとも僕の姿は視えてないはずだから実際に視てるのはアインさんなんだろうけど。
『でも……そうかも知れませんね……』
僕も今少し悩んでいる、僕にとって晴夜くんは初恋の相手だったのだろうかと……。
もちろん大好きだったのは間違いないよ、でもそれは恋だったのか友情だったのかが、今は少し分からなくなってきていた。 その事を言ってみたら、永遠さんは最初はキョトンとなって、次に可笑しそうに笑い出した。
『な……何で笑うの!?』
「……ん? ああ、ごめんなさいね? でも、そうかい……」
永遠さんは空を見上げた。
「友達と恋人、言葉にすれば簡単だけどね……じゃあ、その境はどこにあると思うかい?」
『……え? さ、境……?』
友達と恋人は違うものだと思う……でもその境って……考えた事はなかった。
「好きって気持ちには変わりはない……でも、どこで分かれるんだろうねぇ……?」
……というか、それが分からないから困ってるんだよね。
そもそも何でこんなことを考え出したかって言うと、時間を遡ること数時間前……。
永遠さんのアインさんはお昼ご飯を食べながらテレビを見ていた。 ちなみに僕は死んじゃってるからご飯とかは食べないんだけど、やっぱり美味しそうなご飯を前にすると精神的にキツイかなぁ……。
かと言って、アインさんにご飯を食べないでとも言えないし、我慢するしかないんだよね……あ、猫のご飯とか美味しそうに見えるの?と思うかも知れないけど、アインさんの食事は永遠さんとまったく同じものだよ。
大抵のもは猫らしく口だけで食べるけど、時にそれを前足を使って器用に口に運ぶのは最初は奇妙だったね。
で、そこまでいいんだけど、ご飯の後永遠さんはどっかに行っちゃてアインさんはそのままウトウトしちゃったんだ、テレビを付けたままでね。 それでバラエティー番組の後に始まったのが、いわゆる昼ドラだったんだよ、これが。
正直、興味はない……って言うかあんまり好きじゃないんだけど、アインさんを起こすのも悪い気がしてそのまま見てたんだ。 内容自体はほとんど分からなかったんだけど、ドラマの中で婚約者同士の会話……。
――私の事が好きなんでしょ? なら私の事を抱けるわよね?――
――私を抱きたくないって、つまり私の事を愛していないのね?――
……っていうセリフのあったシーンなんだけど……。
この場合の”抱く”っていうのが言葉そのままじゃなくて、その……え、エッチな事をするんだっていうのは分かる。 僕が死んだのは小学三年生だけど、死んでからも知識はいろいろ増えてるからね。
それで、僕って晴夜にそういうエッチな事をしてもらいたいって思わないなぁ……って考えちゃった。
うん、そりゃ僕も晴夜もまだまだ子供だし、そーいう事をしたいって言うのは問題だよ?……って言うかまだキスとかもしてないんだもの。
それで、それからあれこれ考えていて、僕は本当に恋人として晴夜くんの事を好きなのかな?……って思っちゃたんだ。
まあ、こんな理由を話したら僕の事をエッチな女の子だって思われちゃうから言えないけど……。
「……分からないかい?」
『う~ん……分からない……』
僕が正直に答えると、「それで正解だよ?」と永遠さんは優しく笑った。
『……って!? 何ですかそれ!?』
「ヒトの心……ヒトの気持ちにきっちりとした境界線なんてあるわけがないじゃないか。 だからね、そんな事は誰にも分からないって事さね」
もっともなんだけど……何だか釈然としない。
「つまりね、結局は自分が思ったように決めるしかないって事さ。 少なくとも晴夜の婚約者だっていうのは、あんた自身がそうしたいと決めた事……違うかい?」
『うん……僕は晴夜くんが大好きで……だから晴夜くんとずっと一緒にいたいって思ったから……』
晴夜くんだけじゃない、春香ちゃんや立夏ちゃん……みんなの中に僕がいない未来なんて嫌だった。 だから僕は晴夜の”婚約者”になろうって決めたんだ。
「なら自分の心を信じなさいな? 心は誰の目にも視えない、なら信じる事しかできないんだからね?」
そう言いながらも、永遠さんの瞳は僕の心を見通しているように思えた。
僕の心……僕の不安……。
僕が晴夜くんを好きなのは本当、でもそれは春香ちゃん達と変わる事ない友情だとしたら……僕はみんなとずっと一緒にいたいという想いのために晴夜くんの心を利用しようとしたって事になる……。
そしてその結果、僕は晴夜くんに誰とも結ばれる事のない寂しい未来を迎えさせてしまう……このままだと……。
玄関に入った直後に雨音が聞こえ始めた。
「……ギリギリセーフだったねぇ?」
「ああ、日ごろの行いだな?」
そんな事で笑い合っていると、「あら、二人共おかえり」と母さんの声。
「ああ、ただいま……」
「ただいま、おばさん」
靴を脱いで家に上がる。
「それにしても今日は遅かったわね? デートでもしてたのかしら?」
揶揄うように言って来たので、違うと言い返す前に「そ~で~す!」と立夏が答えた。 いや、そうですじゃないだろ……。
「違う違う、部活だよ、ぶ・か。つ!」
「ああ、例のボードゲームの……だったら朝にでも言ってくれれば良かったのに……」
「それがさ、俺達も今日になって知らされたんだ」
俺が言うと、「そうなんだよ~部長のボクも知らなかったんだ」と相槌を打つ立夏。
母さんは少しだけ驚いた様子だったが、「まぁ……冬子ちゃんならねぇ……」と苦笑するあたりは、流石に分かっているなと思う。
「いや……それだけじゃなくてさ……」
千秋の事も言うと、「……そんな事もまでかい……」と、今度こそ母さんは目を丸くした。
「……まあ、そういう事だから、これからは帰りは少し遅くなるから」
分かっているとは思うが、俺は一応そう言っておく。
母さんが頷いて台所へと戻って行ってから、「ところでせーやはこの後は何かするの?」と立夏が聞いてくる。
「この後か……夕飯まで適当に時間を潰そうと思ってるが?」
今日は宿題もないし、現在やっているゲームもなく、この時間は見たいようなテレビ番組もない。 適当に漫画なりライトノベルでも読み返していようかと考えていた。
「だったらさ? 二人でボドゲしない?」
「はぁ? さっきさんざんやっただろ?」
ボードゲームも悪くはないが、部活でやって家に帰ってまたやってまではしたくないのだが、立夏の顔を見ると彼女はまだまだやり足りていないという風に見えるな。
正直に言うと面倒くさいのでがあるが、特にやりたい事もないというのまた本当だ。
ならば立夏に付き合ってやるのもありっちゃありか。
「分かった。 だが、流石に簡単でそんなに時間がかからないやつで頼むぞ?」
「うん! ちょうどいいのがあるんだよ~」
嬉しそうに笑顔を見せる立夏に手を掴まれると、そのまま彼女の部屋まで引っ張られて行ったのだった。




